一日目 止まった世界
2070年7月20日
あれから今日で50年、長いようであっという間だった。
今日、久しぶりにあの場所へ行く。
願わくば今日であの事件が終わってほしいものだ。
そう、あの時私は・・・
「・・・う~~~~ん。・・・よく寝た~」
お約束のような起床のセリフを言いながら、
私、九戸 寿美香はベッドから体を起こした。
着替えを済まし、朝食を用意してテレビの前に座り、リモコンを操作する。
「・・・あれ?・・・付かない・・・リモコン電池切れ?」
本体のほうで操作するが、一瞬付いてやはり消える。壊れた?
とある、ブラック企業を辞めて現在失業中の身、新しいテレビを買う余裕など無い。
参ったな、こりゃ再就職するまでテレビはお預けか・・・、
などと考えながら朝食のシリアルを口に運ぶ。
その時、ふと違和感を感じて何となくあたりを見回した。
壁に掛けているアナログ時計が止まっている。
「うえ?こんどこそ電池切れ??・・・予備あったっけ?
・・・あれ?ベッドサイドの目覚ましも止まってる」
そこで決定的な異常に気付く、目覚ましはデジタルなのだ。
電池切れで表示は止まらない、表示が消えるはずなのだ。
「まさかこれも壊れたの~?最悪~」
なんで余裕のない時に限って物って壊れるのだろうか?。
だが壊れたものは仕方がない、余裕ができたら新しく買い直すとしよう。
そう思い、出かける用意をした。ハローワークに行くためだ。
住まいのアパートを出て、通りに出る。そこで目の前の光景に驚いた。
「な・・・なにこれ~~~!!どうなってんの!?」
道行く人や自転車・車に空を飛ぶ鳥すらその場に止まっている。
私は思考を巡らせる、自慢ではないがこれでも工大出身なのだ、
自分の知りうる限りの知識で状況を分析した。そして浮かんだ一つの答え。
「いやいやまって、まさか・・・そんな事あり得ないでしょ?」
独り言をつぶやき、その答えを否定する。
とにかく情報が少なすぎる。そう感じた私は自転車に乗り、街を見て回ることにした。
しばらく走って見て回る、そして解ること。やはりすべての物がその動きを止めている。
人も、動物も、機械も。
そしてさらに驚くことがあった。一度、塀に飛び上がろうとしていた猫に触れてみたのだ。
すると驚くことに動き出したのだ!だが、ほんの一瞬。私の手を離れると途端にその動きを止める。
「どうなってるの?」
訳が分からない、すべてが止まった世界で私だけが動いてる。
「そんな・・・、やっぱり時間が止まってるっていうの?でもなんで私は動けるの?」
[時間停止]
そんなSFドラマじゃあるまいし・・・と。だが、夢を見ているわけではない、現実なの?
自問するが答えは出ない。いつの間にか私は街はずれまで来ていた。
そこでさらに驚くことが。
道路上の車が歪に破壊されていた。丁度、前後で真っ二つになったようになっており、
前部は分断面を除き傷一つない状態 ―分断面も奇麗だったが―
後部はまるでそこに突然壁が出現したかのように分断され、運動エネルギーそのままに壁に激突したかのように分断面が変形していたのだ。
だが、ついに動いている人を発見した。分断された車の後部に人だかりができていた。
自衛隊員の姿まで見える。確かにただの事故じゃなさそうだもんね。
そして、人だかりに近づく。皆こちらを見る。まるでお化けでも見るかのような目で。
「え?・・・なに??・・・何なの?」
人々の反応に戸惑い、頭を?で一杯にしていると、一人の男性がこちらにやってきた。
「失礼します、貴方は今そちらからいらっしゃいましたよね?。
そのことについてお話を伺いたいので、すみませんがご足労願えますか?」
そして、現在街を見えない壁が覆っておりそこから侵入不可な事、私が侵入不可な所から現れた事、そしてこの異常に対して調査団が出来ている事を聞かされた。
その上でもう一度問われる。「ご足労願えますよね?」と。いや、それ・・・断るなって言ってるようなものじゃん。
仕方なくその男性 ―調査団長― について行く事にしたのだ。
車に案内され乗りこむ。調査団長の運転で10分ほど走ると、町外れの雑居ビルの駐車場に止まった。
そしてビルの一室に通された。ドアの横には[不可視壁対策本部]と書かれた紙が貼られていた。
中には数人。その内の一人、私の正面に座っている男性に声を掛けられた。
「お呼び立てして済まない。私は時田 進士、黒野市市長です。この対策本部長でもあります。貴女のお名前をお聞かせ願えますか?」
「九戸 寿美香です。」
「では九戸さん、早速で申し訳ないが、貴女の知っていることを話していただけますか?なにぶん、あの見えない壁の向こう側の調査が全く出来ていませんので、壁から出てきた貴女のお話だけが頼りなのです。」
私は自分の体験をすべて話した。その場の一同は皆、信じられないと言った表情をしていた。
私だって同じだ。自分で体験して尚、信じられないのだ。今でも質の悪い悪戯、ドッキリかなにかだと思ってるのだから。
その場に居た一人の男性、某大学の物理学教授と名乗っていた、が
「信じられないことですが、話を聞く限り時間が止まってるとしか思えません」と。
沈黙が辺りを包む。そう言った教授本人でさえ、(私は何を言っているんだ?)といった顔をしている。
「ふむ・・・なにか案のある方は?」市長が問う。その言葉にモスグリーンの制服姿の男性、陸上自衛隊の一佐と名乗った方が「苦肉の策ではありますが、そちらの女性・・・九戸さんでしたか?・・・に調査をお願いするのが適当かと。」
ち・・・ちょっと?何を言い出すんだ、この人は。
「現状、それしかないでしょうな。すべてが止まっている世界で、何事もなく活動できたようですし」とは先程の教授。って、おいおい。
「ふむ、九戸さん。心苦しいですが、お願いできませんか?」と、市長。
冗談じゃない私は忙しいんだ、再就職に。
だが、まてよ。その時ひとつの考えが頭をよぎった。
「じゃあ、調査団員として私を雇っていただけますか?丁度今失業中なんですよね。」
暫しの沈黙の後、市長が笑いだした。そして・・・。
「良いでしょう。対策本部長権限で貴女を雇用しましょう。期間は問題が解決するまで。宜しいですか?」
「それだけですか?」と、私は問う。
折角市長なんて偉い人とお知り合いになれたのだ。私の今の立場を利用して少々吹っ掛けてみた。
「はっはっは、参りました。宜しい、その後の就職先も私がお世話しましょう。ですがそれは、問題解決と引き換えです。ちゃんと契約書も交わしましょう」
「解りました、有難う御座います。」と、一礼する。
「いやいや、こちらこそお願いするよ。早速だが貴女には[調査団・団長]に就いていただきたい。それ相応の報酬も用意しますよ」
かくして私、九戸 寿美香は[不可視壁対策本部・調査団長]に就職することになったのだ。




