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前夜 微睡、あるいは終わりに入る話

 私の家はね、農家だったの。

 中規模農家ってやつね。


 畜産から出た堆肥を農地に使って循環させることで、生産を安定させてた。

 もちろん収入のリスクヘッジにもなった。


 でも子供は私ひとりしかいなくてね。

 とにかく人手が足りない。


 大規模農家だったら、設備投資を回収できたかもしれない。

 小規模だったら、観光農園やレストランに舵を切る選択肢もあった。


 でも、うちはそのどちらにも振り切れなかった。

 設備投資には規模が足りないし、人を呼び込むには場所が悪かった。


 私はね、お手伝い、嫌じゃなかった。

 両親と一緒にいられたしね。


 でも両親は、私が野生動物に襲われたことを気にしてた。

 家族旅行に一度もいけなかったこともね。


 それに私やっぱり料理人でしょ。

 それは両親が一番わかってたみたい。

 二人が死んだ時には、すべて準備が終わっていたわ。




「一番、詰んでるやつだな」


 と彼は言った。

 夜、眠る前の滲んだ時間。

 肌とシーツの温度が同じになる頃。

 いつもどことなく危うい空気があるけれど、抗うにはちょっと惜しい感覚が満ちている。


 だからだろうか、彼の声には同情もなく、そして正直だ。

 その言葉がどこへ落ちるかまで、考えが及んでいない感じ。


 彼女は笑って頷いた。


「そうそう。構造的に寿命ってやつね」

「それ理想だな」

「やっぱり、そう思う?」

「ああ」


 彼がゆっくり、目を閉じる。


「俺は終わらせないと、いけないからな」


 終わらせないといけない。

 これで最後。

 俺がしないといけない。

 血が濃いから。

 比喩じゃないから。


 最後は、ほとんど吐息だけ。


 そうそう、いい子だからそのまま寝ちゃいなさいよ。

 と彼女は思う。


 彼が息をはききって一拍。

 彼女がベッドサイドの明かりを消そうとした時、彼の肩が跳ねて目が開く。


 眠ったと思っても、しゃっくりをするように起きる。

 最近はこんな感じだ。


 彼女と目が合って、彼がうめく。


「気持ち悪い」

「吐き気は?」

「多分、ない」

「いつもの落ちる感じ?」


 彼は頷いてから、気持ち悪い、ともう一度言った。

 内側とか、血とか色々。


 どうもまだ、さっきの寝入りの話が続いているようだ。

 それなら、かけたい言葉があった。


 たまたまよ、と言って、背中を撫でる。


「たまたまあなたで、たまたま最後だったってだけ」


 彼は黙る。

 かなり黙る。


 でも、何言ってんだこいつ、と心の声が聞こえてきたような気がして、彼女は笑ってしまった。


「きっといつもの、ヤバい現場よ」




 彼はすっかり目が覚めてしまったようでため息。

 途方に暮れて、さらに不機嫌。


 逆に彼女に睡魔が近づいている。

 あくびを噛み殺して思い出す。

 聞きたいことがあったんだった。


 ねぇ、最初の私の家の話なんだけど、と話しかけた。


「寿命で理想的だって言ったわよね」

「ああ」

「じゃあ、こっちの終わりに入る?」


 私の家はもう遠い親戚と、お墓くらいしかない。

 もうずいぶんとお墓参りに行ってないし、ちょうどいい。

 家の終わりを見に行こう。

 彼と一緒に――。




 彼は相変わらず眉間に皺を寄せてはいるが、困惑の色に変化している。

 こちらの方が柔らかい。


「どうして、そうなる?」

「別々にしておくより楽じゃない?」

「いや、籍のこととか、名義変更とか手間はある」

「まぁ、そのへんの書類関係はお任せします」


 今ここで返事はなくても良いけれど、と続けたが彼は答えた。


「……やる」

「私、字が下手だから、覚悟しといて」

「それは、枠内にちゃんと書いてくれたら、いい」

「うーん。住所はちょっと自信ないかな」


 いつも思うんだけど、ああいう役所書類の住所の欄、小さいよね?


「あと、印鑑もないかも」

「……必要か確認しておく」

「……頼りにしております」


 今度こそあくびが出た。

 目を閉じたら、おそらく朝まで起きない。


 だから彼の頭をわしゃわしゃと撫でて、おやすみ、と言った。




 脱力した彼女の手が、頬のあたりに落ちてきた。

 彼女が眠って、良かったと思う。

 料理人が眠れなくて、その後に厨房に立つのは違う。


 そのまま手を握って微睡んだと思う。

 腹が減っていた。

 味がしないのは、わかってる。

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