開幕 さえずりの食卓のマナー、あるいは誰も教えてくれなかった話
勇者の仕事は社交界勤務、合法賭博、あるいは子取り箱とエレガンス労災対応
〈新参者が古参に尋ねた〉
「ねえ、この社交場って、何かルールがあるの?」
古参は少し考えてから言った。
「あるわよ」
「教えてもらえる?」
「教えてもらうものじゃないのよ、本来は」
「じゃあどうやって知るの?」
「失敗して知るか、見ていて気づくか」
新参者は少し困った顔をした。
「それは厳しいわね」
「ええ。でも今日は特別に」
古参はワインを一口飲んでから続けた。
「一番大事なことだけ教えてあげる」
「まず言葉のことよ」
「言葉?」
「この社交場では、借り物の言葉は通用しない」
「借り物?」
「どこかで読んだ言葉、誰かから聞いた言葉、綺麗だからという理由で選んだ言葉」
「それの何がいけないの?」
「すぐわかるのよ」
「どうして?」
「借り物の言葉には、その人が見たものが入っていないから」
新参者は少し考えてから言った。
「じゃあどんな言葉が通用するの?」
「自分で見て、自分で定義した言葉」
「難しいわね」
「ええ。だから月のお題で『銀円の貴婦人』と言った人が黙らされた」
「あれ、借り物だったの?」
「綺麗だったけど、その人の月じゃなかった」
〈別卓では、情報の話になっていた〉
「この場で一番価値があるものって何?」
「情報よ」
「お金じゃないの?」
「ここにいる人間はみんなそれなりに裕福だから、お金では差がつかない」
「じゃあ情報って具体的に?」
「誰が何を知っているか、が力になる」
「でも情報なんて、調べればわかるんじゃない?」
古参は少し笑ってから言った。
「調べてもわからない情報がある」
「たとえば?」
「ご婦人が夜に何を飲むか」
「それが情報なの?」
「ご婦人について何かを知っている人間は、それだけでこの場での価値が上がる」
「なんで?」
「ご婦人は情報を出さない方だから」
新参者は少し止まってから言った。
「……だから『夜の頭痛薬』があんなに話題になったの?」
「ええ。あの夜に居合わせた人間は、全員価値が上がった」
「情報が通貨なのね」
「そうよ。しかも」
「しかも?」
「誰も知らない情報が、一番高値がつく」
〈また別の卓では、場のルールの話になっていた〉
「この場って、失態したらどうなるんだ?」
「致命的よ」
「どういう意味?」
「この場での失態は、噂として流通する」
「それだけか?」
「噂が流通する、ということは」
「情報になるってことか」
「ええ。しかも悪い情報ほど広まりやすい」
「じゃあ失態しなければいいんだな」
古参の女性が静かに言った。
「でも皿に乗せられたら、失態しないようにするのが難しくなる」
「皿に乗せられる?」
「この場では、誰かがお題を出して、答えさせることがある」
「断れないのか?」
「断ること自体が情報になるから」
男は少し考えてから言った。
「……断っても乗っても、情報になるのか」
「ええ。だからこの場は」
「炙り出しの舞台」
「そう。誰が何者かが、自然に見えてくる」
〈ゼロメンバーがその話を聞いていた〉
「でも俺たち、何度も失態してますよね」
「ええ」
「でも価値が上がったって言われたし」
「そうね」
「矛盾してませんか?」
古参はしばらく考えてから言った。
「失態の種類による」
「どういう意味ですか?」
「借り物の言葉で失敗するのは、ただの失態よ」
「じゃあ俺たちは?」
「自分で見た言葉で失敗した」
「……それは違うんすか?」
「方向性があったから、及第点が出た」
ゼロメンバーは少し考えてから言った。
「じゃあこの場のルールって、結局」
「結局?」
「自分で見て、自分で定義できるかどうか、ってことですか?」
古参は少し頷いてから言った。
「そうね。それだけよ、本質は」
〈新参者が最後に尋ねた〉
「でも一番強い人間って、どんな人なの?」
古参は一拍、黙ってから答えた。
「ノーガードの人間よ」
「ノーガード?」
「守るものがない人間、という意味じゃなくて」
「じゃあ?」
「ガードを張る必要がない人間」
「どういう意味?」
「借り物の言葉を使わないから、守るものがない。自分で見たものを言葉にするだけだから、失態がない」
「でもそれって、情報が全部出てしまうんじゃない?」
「ええ。でも」
「でも?」
「情報量が多すぎると、受け取る側がフリーズする」
「……それが一番強いのね」
「ええ。しかもその人たちは」
「しかも?」
「強くなろうとしていない」
「どういう意味?」
「ただ存在しているだけで、場がフリーズ……いえ沈黙する」
しばらく誰も何も言わなかった。
それから新参者が静かに言った。
「……あの二人のことね」
古参は答えなかった。
ただワインを一口飲んだ。
バロックパールが、静かに揺れた。




