その9
「でも、どうやって出てきたの?」
アサヒの匂い問題はリアが洗浄魔法をかけることで決着がついた。ぶるぶるっとアサヒが頭を振ると、水しぶきが散った。
「ああ、あれだよ」
言って、アサヒは少し離れた場所を見る。
そこには、アサヒの一抱えよりも大きな白い塊が落ちていた。
「…………なに、あれ?」
リアはそれを見て怪訝そうにする。
「歯だよ、歯」
アサヒが自分の歯をむき出しにして指差す。
「ベヒーモスの口の中に入った時、なんとか出られないかって攻撃してみたんだよ。そしたら出られた」
「ベヒーモスの歯を吹き飛ばすなんて、あんた、どんだけ――あーっ!」
抜けた歯を観察しに行っていたリアが声を出した。
「どうしたの?」
「これ、見てよ」
リアはしゃがみ込んで転がっているベヒーモスの歯を剣の鞘でつついている。
「え、なになに?」
アサヒがリアの隣までやってきてそれを見ると、アサヒもベヒーモスの歯がどうしてそんなに簡単に抜けたのか理解できた。
「虫歯だったのよ」
その歯は黒く蝕まれ、中が空洞になっていた。典型的な虫歯である。
「もしかして、これが痛くて暴れてたのかしら、こいつ?」
「となると、このベヒーモスもやっぱりあの人の家畜だった……ってこと?」
「そうなるわね。まったく、人騒がせな」
リアが頭上を見上げると、痛みが取れてすっかり大人しくなった魔獣――もとい巨大な牛は自分のことが話題になっているとも知らず、呑気に草を反芻していた。
二人が街に戻ってきたのは日もすっかり暮れたあとだった。
全ての家畜を取り戻した男性は泣いてアサヒとリアに感謝し、お礼に何でもすると言って二人を困らせた。
「タロウ〜、ハナコ〜」
「太郎? 花子?」
聞き覚えのある名前だと思っていると、男性が頷いた。
「んだ。こっちのちっこいのがタロウ」
と、普通サイズの牛を指さし、
「んで、こっちのがハナコ」
と、ベヒーモスを指さした。
「普段は仲のいい夫婦だけんど、今回は怖かっただなぁ。無事に戻って何よりだ」
男性がタロウと呼んだ牛の首筋を撫でると、「んもぉぉぉぉぉ〜」と気持ちよさそうに啼いていた。
「残り一頭だと思ってたから数が合わなくてびっくりしましたよ」
「あんれ、そうだべか? おら、算数苦手だもんで、間違ったかもしれんな。すまんこってす」
「ねえ、やっぱりあのでっかいの、殺さなくてよかったわね」
リアが耳打ちしてきた。
殺さなくてというか、殺せなくてだったかもしれないが、とにかく八方まるく収まったようで何よりだ。
「あれ、でもなにか忘れているような……」
「ぎゃああああああああああ! ばけものぉぉぉぉぉ!」
翌朝、アサヒとリアはその絶叫で目が覚めた。
慌てて声のした場所へと行ってみると、そこには白目をむいて倒れている男性と、困った様子でそこに佇むスケルトンの姿があった。
そしてその絶叫に驚いた家畜たちはすでにその場におらず、ふたたびアサヒたちが探しに行く羽目になった。
その後しばらく、男性がコッパを始めとする町のスケルトンたちを見かけるたびに卒倒した(そして、そのたびに家畜たちが行方不明になった)のだが、それはまた別の話。




