その1
その大きなホールは、王国で最も格式の高いホールとして知られた場所だった。高い天井からは幾重にも連なる巨大なシャンデリアが吊るされ、無数の魔晶が光を受けて星屑のように瞬いていた。
壁には色とりどりの諸侯の紋章とそれを統合する象徴である国旗が整然と掲げられ、長い歴史と誇りを静かに語っている。磨き上げられた大理石の床は鏡のように周囲の風景を写しだし、この場の荘厳さをさらに高める演出を果たしている。
ホールの周囲には礼装に身を包んだ騎士たちが等間隔で立ち、その鋭さを抑えた眼差しで華やかな宴を穏やかに守護している。その存在が、この場に確かな安心感をもたらしていた。
ホールの中を満たすのは、国中から集まったこの国で最上位の選ばれた人々――貴族や、その令嬢たち。彼らが身にまとう絹やサテンに仕立てられた衣装には大ぶりの宝石や精緻な刺繍が惜しみなく施され、手を揺らすだけでまるで光が散るようだった。
談笑の輪が重なるほど、人そのものが装飾であるかのように、ホール全体の輝きが増していく。
社交界ではお決まりの噂話や色恋沙汰、陰謀などはなりをひそめ、今宵のホールを満たしているのは朗らかな笑い声と祝祭の空気だけだった。その温かな雰囲気は、城そのものを優しく包み込んでいるかのようだった。
この日のために用意された香ばしく焼き上げられた肉料理、繊細に盛り付けられた前菜、宝石細工のような菓子――贅を尽くした料理や酒。それらを皿やグラスに載せ、メイドやウェイターたちは熟練の舞踏のごとき動きで人々の間をすり抜けていく。
そんな豪華な料理や酒も、ましてや貴族も令嬢たちもこの場の主役ではなかった。人々はこの夜の主役の登場を今か今かと待ちわびながら会話に色を咲かせている。
「ほほう、卿の領地も殿下に救われたと? 実は私の所もそうなのですよ」
「ああ、殿下……。まだいらっしゃらないのかしら。わたくし、一目でいいからお目にかかりたくて」
「ほっほっほ。わしは最初から殿下であればやり遂げてくれると信じておったわ」
「聞くところによると、殿下はこの場で伴侶を選ぶらしいですぞ」
「共に魔王を討った殿下の仲間たちにはどのような褒賞が与えられるのでしょうな」
「何を隠そう、一行の魔法使いはわが領地の出身なのですぞ」
等々、各々勝手なことを話している。
そんな少々浮かれていたホールの雰囲気も少しずつ弛緩し始めた頃、上手の方で動きがあった。王家の紋章がしつらえられた扉が大きく開かれ、中から同じ紋章をしつらえた礼装を身にまとった騎士が扉の左右に立った。王国で最も権威のある騎士――親衛隊だ。
扉の右側に立った騎士が手に持った槍斧の柄を大理石の床にたたきつけると、カチンという乾いた音がホール全体に響き渡った。しんと静まりかえるホール。
衆目の先に現れたのは、この場の誰よりも贅を尽くした最上級のローブに身をまとい、その頭上に大ぶりの宝石が散りばめられたこの国の頂であることを示す冠を被った壮年の男性。さらにその後ろに続いて――
その人物の登場に男たちのどよめきと、女たちの黄色い歓声がホールを包み込んだ。
青年がゆっくり歩いてくると、人々は彼を中心に集まり始めた。口々に祝福の言葉を投げかける。
この国の王子にして魔王を討伐した勇者アレス――今日の主役である。
「ありがとう。ありがとう。いや、私だけで成し遂げたわけではありませんよ。仲間と、何よりも各地で惜しみない協力をしてくれた皆さまのおかげです」
幾重にも重なる人々の渦の中心で、彼は朗らかにそう答えると、周囲の人々からは歓声、あるいは賞賛の言葉が返ってくる。




