第81話 種明かしの時間ですよ?
ダンジョン庁へとやって来たのは、姉御に今回の出来事について詳しく説明をして欲しいからだ。
正直、何処から何処までが――姉御の仕込みなのか、俺にはまだ分からない。
未だ憶測の域を出ていないことばかりだ。
「種明かし? なんの事だ?」
姉御は、この期に及んで恍けようとしている。
俺だって――考えなしに教えてくれと来た訳じゃない。
「姉御、メッセージで言ってましたよね? 俺と美尊がコラボする準備が整ったって。――おかしくないですか? 普通なら、準備が整ったなんて言いません。準備が整ったと口にすると言うことは――裏で何か準備や、工作を仕込み続けていたからでしょう?」
「……深読みのし過ぎだろう。単に事務所の配信予定やスタッフの準備だ」
「――有り得ません。もし姉御の言う通りだとしたら――今日の配信の流れは、異常過ぎますよ。明らかに、今日のコメント内容も数もおかしかったです。美尊のファンが俺たちの仲に反対するのは分かりますよ? でも俺たちの仲を擁護するコメント数が――不自然な迄に多かった。それに、示し合わせたようなタイミングで――姉御が嘘ばかり吐いているインタビュー記事の情報が流れました。姉御の個人SNS開設の情報も、ね」
「…………」
「そこからは皆して、姉御が全て悪い。姉御を叩け。俺たちは被害者で、幸せになるべきだってコメントばかりが異常に溢れ、反対意見は姉御と同類の悪だという風潮になりました。……俺は確かにバカです。でもね、当事者の癖に、筋書きがある異様な状況にも気が付かない程の――大バカじゃないんですよッ!」
姉御と睨め合うような視線の交錯を続け――やがて姉御は、スッと目を逸らした。
「……大量の信用が置けるサクラ――のような者の動員には、大金と法を犯さない為の入念な下準備が要る」
「サクラ……」
確かサクラって――大人数を置くことで流行ってない店を流行っているように見せたり、偏った意見を言う人を配置して思考を誘導するような手口じゃなかったか?
姉御が『サクラのようなもの』って言ってるから、厳密には違うんだろうけど……。
「……ネット記事ライターは、そのPV数で収入が変わる者も多い。ただでさえ世間から大バッシングを集めるインタビュー内容だ。世間が最も2人と1人の大罪人へ関心が高まるタイミング――私が望むタイミングでの記事公開も、交渉は楽だった」
交渉……。
そもそも俺と美尊の事をインタビュー記事にする程、世間が大注目を始めたタイミングなんて……。
まさか――打ち合わせの後か!?
涙を流して縋る川鶴さんを、大事な仕事の予定があると姉御が置き去りにした後!?
大切な仕事って、ネット記事のインタビューだったのか!?
「向琉が地上へ戻れた当初は――大神向琉の底知れない戦闘力、不明の倫理観から官民問わずに脅威論が巻き起こっていた。……しかし、今や世間は向琉を人類に対する脅威だと思っていない。それどころか、私による詐欺被害に遭った被害者として、同情的かつ擁護の声に包まれている。不憫過ぎる、可哀想過ぎる、応援したい、とな。……最後にして最大の壁だった美尊との仲も、今回の件で認められた。間違いなく向琉は――人の世に認められた」
「……姉御が絶対悪になり続ける代わりに、ですか? 姉御が生きている限り、永遠に悪として叩かれ続けるのを代償に?」
「兵器にしろ開拓者にしろ、強大な力を持つ恐怖対象には、その手綱を握る者がいる安心が必要だ。不満には、吐口が。怒りを沈めるには、矛先が必要だ。それは古来より変わらぬ人の感情である。兵器の使用判断には幾重もの枷をつけ、天災が起きれば人柱に責任を押しつけ、政治や戦の怒りはさらし首や公開火炙りで目線を逸らす事により、その怒りを収めてきた。かつての姉弟子に、理不尽に使われても尚、反逆しない温厚で応援したくなる、安心が出来る人間性。……更に妹と別れて暮らさざるを得なくなった元凶の詐欺師という分かりやすい悪が居れば、お前ら被害者を叩こうなどという輩は激減する。未だやりようのない蟠りを抱く者も、怒りを向けるべき元凶があれば――矛先は叩きやすく分かりやすい悪へと流れる」
姉御は淡々《たんたん》と語っているけど……。
なんて悲しい事を言っているんだろう。
「――現に今、そうなっている。……全て私の思い描いた願い通りだ。私が先ほど開設したSNSアカウントに『おやすみ』と投稿すれば、直ぐに『2度と目覚めるな』と言った趣旨のコメントが山ほど付く。これを狙い通りと言わずして、なんと言うのだ?」
俺には否定ができない。
俺だって――先ほどまで、救いようがない人の悪意に晒されていたんだから。
素直に『俺は人に危害を加えません』、『妹と、兄として仲良く過ごしたいです』。
声高にそう叫び続けたとしても、それが如何に無意味な主張に終わるかというのは……身に染みて理解している。
「これで2人のダンジョン配信コラボも、日常コラボ配信ですら叩く者は激減する。2人は互いに更なる収益を生む、オーナーである私にとっても最高じゃないか。……それに多少の脚色こそ加えたが、私も天心無影流の後継ぎの為に、勝手な都合で家族から向琉を引き裂いた一員だ。間違いなく――私こそが断罪されるべき、悪だ」
「……これが、姉御が本当に望む結果なんですか? 自分が悪役を演じる事が、本当に望みなんですか?」
「演じるも何もない。私こそが、金と権力で思う通りに操っている諸悪の根源――」
「――もう良い!」
「…………」
「もう、そういう偽悪的な嘘は十分です!」
この期に及んで姉御は――オーナーである自分が利益を得る為に、自分が悪となった。
そう主張しようとしている。
そんなの……もう無理だって。
もう本音が、彼方此方で見え隠れしてるじゃないか……。
「この場での会話は、俺たち以外に誰も聞いてない!――姉御の本音を、いい加減に聞かせてください!」
数秒の重苦しい沈黙が室内を満たす。
そして……ふぅ~、と大きく息を吐き――姉御は天を仰ぎながら口を開いた。
「……あの御神刀――白星の事だけは、本当に想定外だった。まさか神通力での制御が甘ければ、低ランクのドロップアイテム、それを加工した装備品まで破壊し尽くすとはな……。大妖を封じ、生半可な神通力の持ち主では扱う事さえ適わない、との伝承しか残ってなかったからな。……まさかその副作用で世界一の大企業、マルチバース社とのスポンサー契約が流れてしまうとは……。折角、変人だが人間性には信用が置ける者に諸々の話をつけたというのに……。そこだけは、計画が狂った」
そのぼやきは、今日1番感情が乗っている声色に感じられた。
やっぱり……。
俺は人の悪意が飛び交うと予想されるコラボ配信の打ち合わせで、いの一番に独立すら出来るスポンサー契約の話について姉御が切り出した真意に思い至る。
「姉御は……直々《じきじき》に交渉して得たスポンサー契約で、俺に選択肢を用意したんじゃないですか? 姉御という悪意の受け皿を用意して、このまま日本で生きるか。それとも、姉御も日本人も見限って――金も権力も併せ持つマルチバース社による庇護と監視の元、別国の人の世で生きるか」
俺がそう予想を口にした時――まるで図星を突かれたかのように、姉御は口元をへの字に歪ませた。
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