明華高校ダンジョン《3》
「言ってることとやってることが何一つ合ってねぇとか、大百足は『脅威度:Ⅳ』なのにとか、そんなアホみたいな魔力量してて、よく自分が一般人だとか言えたもんだなとか、その刀やっぱ絶対におかしいとか、言いたいことはもう腐る程あるが、今はそれどころじゃねぇから言わねぇでおく」
「いや言ってる言ってる」
全部言ってる。
「んなことより! これで、ボスは倒せたんだろうが……異変は解決、って、判断してもいいのか?」
「ダンジョンはな。あとは核を探して潰せば、終わりだ」
そう言って俺は、腰裏から『RSー10』を引き抜くと――何もない空間に向かって、撃った。
銃声。
腕に掛かる途轍もない反動。
硝煙が立ち上る中、ソレが、ボワリと現れる。
「――怖や怖や。妾の気配に気付くか」
そこにいたのは、『RSー10』で胴体に風穴が開きながらも、ピンピンした様子で立っている少女の獣人――いや、精霊種か。
狐耳と、狐尻尾。
リンと同じ、お狐様と呼ぶべきなのかもしれないが……彼女とは、明確に違うところが一つ。
尾の数だ。
「九尾……っ!」
隣で、キョウが息を呑む音。
そう、目の前にいる少女には、尾が九つあった。
切れ長の瞳と、蠱惑的な口元の微笑み。
無垢で純真そのものであるリンとは違い、この少女から感じるのは、もっと複雑な、善とも悪とも言い表せぬ、妖艶で、引き込まれるような色気。
――魔性。
その言葉が、最もしっくり来ることだろう。
「面妖な武器よ。ただの鉄砲程度ならば効かんが……見よ、妾の美しい腹に風穴が開いてしもうたろう? 酷いことをする」
「そういう戯れ言はな、本体で俺の前にいる時に言いな」
この世界なら、『式神術』とでも言うべきだろうか?
魔力の流れ方や、零れ出る気配からして、どう見ても生身ではない。そもそも傷から血も出てないし。
「くふ、ま、気付くか。全く、恐ろしいものよ。大百足を子供扱いする男子が現れるとは。これだから人間は面白い。時折貴様のようなものが現れよる」
「とりあえずその口調やめてくんない? キャラ被りしてんだけど」
のじゃロリ枠はもうウチにいるんで。
まあ、こっちの狐は「のじゃ」言ってないけど。
「キャラ……? くふ、妾にそのような口を利く者など、そうはおらぬぞ? 隣の童女のように恐れ戦くばかりよ」
「お前が分身だろうが、本体だろうが、斬れる相手を不必要に恐れるつもりはないな」
「ほう、言うではないか」
「出来ないと思うか?」
――瞬間、俺はその場で緋月を斬り上げた。
斬ったのは……これも式神か?
俺のすぐ真横に突如として出現し、迫って来ていた犬っぽい狼っぽいものを斬ったが、感触が変だ。明らかに生物じゃないな。
そして、横の犬っころに意識を割かれた次の瞬間、四方から襲ってきたのは、紙吹雪。
当然、ただの紙吹雪ではない。
一枚一枚に大量の魔力が浸透しており、まるでそれ自体が意思を持つかのようにうねり、大本の一本の流れから四つに分かたれ、襲い来る。食らったら風穴くらいは軽く開くだろうな。
物が紙吹雪であるため、一枚一枚を斬ったところで意味はなく、なかなか厄介な攻撃だ――普通ならば。
一枚一枚と言っても、こんな数千枚はあろうかという紙吹雪を、術者が個々で制御している訳がなく、こういうのは大体群で捉えて操っている。
見た目が紙なだけで、水を操ったり、火を操ったりするのと、根本的に差はないのだ。
だから、その群として存在している魔力の繋がりを見抜き、緋月で斬ってやれば、制御は途切れる。
俺は、二歩を踏み込んだ。
四方に分かたれた紙吹雪の内側に入り込み、こちらに攻撃が届く前に、刃を振り抜く。
刀身が触れたことで、非実体である魔力を、緋月が食らう。
繋がりが絶たれ、それによってただの紙吹雪へと戻り、四方の全てが同時にヒラヒラと舞い落ちていく。
肩に落ちた紙片をパッパと払い、そんな俺の様子を見た九尾は意味ありげに笑うと、何事もなかったかのように言葉を続ける。
「いいや。確かにその刀ならば可能であろう。妾の本体そのものを斬ることもの。名だたる名刀は妾も知っておるつもりであったが、それは知らぬ。誰それが新たに打った名刀にしては、年季が感じられる。おかしなものよ。そして、そんな恐ろしい刀を十全に扱う技量。いやはや、いったい貴様は、何者ぞ?」
警戒してくれているようで何よりだ。
大百足から、見せ付けるように倒した甲斐があったな。
「何者か、って問われたら、まあ……いつもならただの一般人だって言うところだがな。今日だけは、別の答えを言ってやる。――魔王を倒す、勇者さ」
九尾は、何も言わない。
俺の答えを吟味するように、妖艶な笑みでこちらを見続ける。
「……勇者、のう? それはそれは、興味深いものよ。妾も『勇者』と言うべき剛の者は幾人か見たことがあるが……ふむ、貴様のような独特の気配を纏う者を見るのは、初めてぞ」
「御託はいい。俺はお前と長話をする程仲良くなったつもりも、仲良くなるつもりもない。――いったい、何が目的だ?」
「くふふ、せっかちな男子よ。妾は少々、貴様に興味が湧いたぞ」
「…………」
俺の無言をどう受け取ったのか、少女は色気を感じさせる動作で肩を竦め、言葉を続ける。
「まあ良い。話してやろう。と言うても、こんなのはただの遊びよ。暇潰しであるな。目的と言われても、のう?」
「遊びで学校を襲うのか?」
「何を言う。しかと妾も、子らがいなくなるまで待ってやったであろ? 本来は夜まで待つつもりであったが、ちょうど良く貴様らが来たでな」
……やっぱ、そうだったか。
コイツは、放課後までダンジョン化を行わず、避難が完了したのを見て取ってからそれを行った。
そう、学校全体を巻き込むつもりなら、授業が行われている時間帯を選べば良かったはずなのだ。
本当に子供を巻き込むつもりはなかったと見るべきか、それとも何か別の理由があったのか。
ただ、少なくとも学校を標的にした時点で、敵として見るべきだろうがな。
「貴様ら、国の者であろ? ならば あの狐めに言うておけ。そろそろ針を動かせ、とな」
狐?
リン、のことじゃあ……当然ないだろうな。また別のお狐様がいるのか。
チラリと隣のキョウを見ると、彼女は冷や汗を流しながら、こちらを見返してくる。
……この様子からすると、心当たりがありそうだ。
「では、妾は帰るとするかの。暇潰しのつもりであったが、なかなか楽しかったぞ」
「おい、その前にこのダンジョンどうにかしろよ」
「ダンジョン? ……あぁ、この異界のことか。ほれ」
そう言って少女は、こちらにポンとソレを放ってくる。
思わずキャッチしてしまったのは、気色の悪い魔力を垂れ流している、何か鏡らしきものだ。
「……おい、これ、呪いの品じゃねぇか。そんなもん投げて寄越すんじゃねぇ」
「くふふ、そのような品を素手で触って、平然としておる者が言う言葉ではないな」
……そりゃ、状態異常系の攻撃は何も効かないからな、俺には。
それくらいの耐性を持っていなければ、魔王軍とは戦えなかったとも言える。
「解呪するか、それこそ斬るか、好きにするがよい。――妾の名は、白。覚えてくれると嬉しいの? ではの、ユウゴとやら。また会おう」
そして、流し目をこちらに送る九尾の肉体が、溶けて消えて行く。
ヒラリと宙を舞い、最後にその場に残るのは、腹の辺りに穴の開いた形代。
……名乗ってないはずだがな。
道中の、俺とキョウの会話も聞いてやがったのか。
◇ ◇ ◇
九尾――ツクモの言葉通り、この鏡がこのダンジョンの核であったようだ。
貴重な品かもしれないが、面倒なので斬って壊すと、その瞬間に空間が崩壊を開始。
ここに入った時と同じように、気持ち悪い風が過ぎ去ったかと思いきや、数秒後には俺達は、ただの体育館に立っていた。
破壊の痕などどこにも存在しない、工事用の足場が組まれた、少し大きめのただの体育館。
窓から外を確認すると、夜の闇などどこにもなく、そこには西日が輝くオレンジ色の空が広がっていた。
そして、俺達がダンジョン攻略をしている間に、学校の方の対応はちゃんとやってくれていたようだ。
玄関の方に戻ると、そこには警察の機動隊らしき者達と完全武装の自衛隊の者達がおり、大分物々しい様子で道路が封鎖されていて、数人教師の姿はあったものの生徒達の姿は完全に無く、どうやら家に帰されたようだ。
ただ、こんな大事になっているのにマスコミやら一般人やらは完全にシャットアウトされているようで、関係者の姿しか見当たらなかった。徹底されてるな。
一瞬、出て来た俺達に対し強い警戒が集まったが、自衛隊の中にキョウの顔見知り――というか、ウチの局のバックアップチームの面々がいたようで、逆にすぐに手厚く保護され、別に怪我などしていないのだがその場でメディカルチームの健診を受けることになった。
まあ、キョウは見てもらうべきかもな。訓練がてら、かなり連戦させたし。
また、今回の事態に関しては、やはりこの人も現場に出て来たようだ。
「清水君、海凪君。詳しい報告は後程聞かせてもらうが、先に一つ。異界化は、解決したと判断してもいいのかね?」
俺達のところへとやって来たのは、現在進行形であちらこちらに指示を出し続け、現場を完全に取り仕切っている様子の田中のおっさん。
「えぇ。これが原因で空間が変異したようです」
そう言って、斬って真っ二つにした鏡を彼に渡す。
斬ると同時に、緋月が呪いを生み出している魔力を吸い取ったため、今はもうただの壊れた鏡だ。
「これは……銅鏡の類か。祭祀用のものだな。魔力は感じられんが……」
「吸いました」
「吸った?」
「えぇ、吸いました」
「……そうか。身体を壊さんようにな」
いや俺自身が吸った訳じゃないが。
もしかすると、冷静そうな顔をしているが、この人はこの人で焦りがあったのだろうか。そりゃあるか。
と、微妙にアホな会話を交わしていると、キョウが深刻そうな表情で報告を行う。
「……支部長。この異界化を仕掛けた者と遭遇しました。敵は、九尾の狐でした」
「……九尾、だと?」
「はい。『ツクモ』と名乗る、例の九尾です。形代による式神術での降臨でしたが、『巫女様』への伝言を残し、消えました。また、今回の目的は暇潰しだと言っていました」
「……そうか。ご苦労だった。とにかく、今は身体を休めたまえ」
ここでようやく、俺はキョウへと事情を聞く。
「キョウ、有名なのか、あの狐?」
「……あぁ。アンタは景気良く『斬るぞ』なんて脅してたが、ツクモって九尾は、少なくとも七百年前には実在が確認されている大妖怪だ。人間の敵に回ることもあれば、味方をすることもあるらしいが……今じゃあ、特級テロリストとしてしっかり指名手配されてるよ」
七百年か。
ウタよりも倍くらい年上だな。
というか別に、そんな直接的には脅してないぞ。「やるならやるぞ」って言っただけで。
「……待て、脅したのか。あの九尾を」
「はい。『お前が分身だろうが、本体だろうが、斬れる相手を不必要に恐れるつもりはないな』とか言って、脅してました」
「九尾の反応は?」
「優護の戦闘ぶりを見て警戒したのか、特に大きな反応をすることはなく、そのまま引いて行きました。それだけの戦いぶりを、大百足を相手に見せていましたから」
「大百足、だと?」
「はい、優護が斬りました。魔石は後程提出します。いっぱいあるので」
「……わかった。どうやら相当な修羅場を潜ってきたようだな」
「いえ、大変ではありましたが……優護がいましたので。命懸けには、程遠い状況でした。ずっと守ってくれていましたから」
そう言ってキョウは、俺を見る。
「優護」
「あぁ」
「近い内、アンタの家にお邪魔させてもらってもいいか」
「いいぞ。ウタに教えを請いたいんだな?」
「とんでもない後輩を持っちまったからな。先輩として……アンタの足を引っ張らねぇ程度にはならねぇと」
「はは、おう、そうか。応援してるよ、先輩」
本当にな。
「ところで、優護」
「おう」
「道中で言ってたし、ツクモにも言ってたが……勇者って、何だ?」
「……の、ノーコメントで」
「ふーん?」
ス、と顔を逸らす俺を、キョウは意味ありげな視線で見ていたが、ただそれ以上を聞いてくることはなかった。
セーフ。
――なお、予想以上に長丁場となってしまったせいで、帰ったら空腹でウタが死んでいた。
すまん。
次回一章エピローグ!




