明華高校ダンジョン《2》
「さて、ここまで歩いてわかったことだが……どうやら迷路になっていても、ゴールまで続いてる訳じゃなさそうだな」
「優護、一ついいか」
「おう」
「あたし、さっき同じこと言ったよな? これ、同じところグルグルしてるだけになってねぇかって、ちゃんと言ったよな?」
「……さ、さあ、覚えてないな」
「優護、アンタってもしかして、方向音痴なのか?」
「……ゆ、勇者が方向音痴な訳ないだろ」
「いや何だよ、勇者って」
ジト目でこちらを見てくるキョウから、ス、と視線を逸らす。
……思えば、向こうの世界で最前線の基地が龍族の爆撃で吹っ飛ばされ、泥に塗れながら単身で後方拠点に向かった際、いやに遠いなとは思ったのだ。
真っすぐ帰ることが出来れば、あんな苦労をすることも……い、いや、あれは基地がたまたま遠かっただけだ。きっとそうだ。
「えー……ごめんなさい」
「……おう、いいけどよ。優護のおかげで、すっごい量の魔石を集められたし」
あ、こっちでも魔石の名称は魔石なんだな。
「魔石は一個辺りの相場が五万はすっからな。別に金のためにこの仕事をしてる訳じゃあないが、ダンジョン攻略の報酬と合わせたら、結構な収入になるだろうよ。アンタも、あのボロアパートからは引っ越せるんじゃないか?」
「ほっとけ。俺はあそこが気に入ってんだ」
ぶっちゃけ、狭いとは思ってる。そもそも一人暮らし用の部屋なのに、今はウタがいて、リンも泊まりにくることがある訳だし。
「社宅とかどうだ? あたしも、ウチの組織が管理してるマンションに住んでんぞ。安いし綺麗だし、広いし。一人じゃ持て余すくらいには広い」
「いや俺バイトだぞ。バイトに社宅は貸せないだろ」
「何だかんだ、ウチの支部長はアンタのことを絶対逃がさないと思うから、言えば貸してくれると思うぞ」
「……そんなことを言われると、余計に借りたくなくなるんだが?」
「そいつは失礼。ま、今後のことはともかく、まずはこっから出ないとなんねぇ訳だが……」
そこでキョウは、少し思案するような表情を浮かべる。
「何か心当たりがあるのか?」
「今、一つ、思い出した。実は、数日前から、一個学校に張り紙が出ててな。工事が入る場所があるから、そこは数日立ち入り禁止っつー知らせだ。ウチの学校はかなり古いから、ちょくちょく補修工事やってて、こうなるまで疑問には思ってなかったんだが……」
……なるほど。
外部の者が校内に侵入しても、怪しまれない機会があった訳だ。
そしてキョウは、トントンと壁を指で弾く。
そこにあるのは、校内掲示板。
部活動の勧誘やら校内活動やらの張り紙が出されている中に、それはあった。
――『第一体育館、補修工事のお知らせ』。
◇ ◇ ◇
目的地を見定めた後は、早かった。
もうわざわざ道なりに進む必要もないので、机と椅子で出来たバリケードの壁を緋月で斬って壊し、最短距離を進む。
道中魔物どもも出て来たが、流石にそろそろ面倒なので全部俺が斬り捨て、魔石に変えていく。
「……最初からこうしてりゃあ良かったんじゃねぇか?」
「どっちにしろ調査は必要だろ? キョウの訓練にもちょうど良い難易度だったし」
「それは感謝してるよ。ただ、赤鬼を一撃か……」
「泣いた赤鬼?」
「違ぇよ」
現在位置は、体育館へと繋がっている渡り廊下。
その前に門番みたいに立っていた、他の個体よりも身体が大きく、魔力量の多いなんか赤いオーガがいたが、ぶっちゃけ俺の敵ではないので、緋月で一撃で斬り捨てた。
「さて、キョウ。この後はボス戦の可能性が大だ。油断するなよ」
「いや、今の奴十分ボスっぽい性能だったはずだが? 赤鬼っつったら、『脅威度:Ⅳ』には届かなくとも、Bランク退魔師と同等の強さがあるはずなんだが……」
「退魔師ってのは、俺らみたいな仕事してる奴らだっけ?」
「そうだ。公式的には、非公式の自衛隊員って感じの扱いなんだが、うちの組織が元々陰陽師系の流れを汲んでるだけあって、そんな風に呼ばれてんだ」
「非公式の公式って、これもうわかんねーな」
予備役、ってのも違うだろうし。
「表沙汰に出来ない分、予算から何までウチの組織は色々誤魔化しまくりだかんな。そんな変な言い回しにもなる訳だ。あたしなんて、未成年なのに公式的には公務員だし」
「ちんまい公務員もいたもんだ」
「ちんまい言うな! ……っとに、優護といると気が抜けるよ」
「誉め言葉として受け取っておこう」
肩を竦めながら俺は、辿り着いた体育館の扉を開いた。
――中は、薄暗い。
非常灯の明かりと、窓から差し込む星明かりが室内を仄かに照らし、そしてそこで蠢く、何か巨大な存在。
ソイツは、俺達の存在にすぐに気付くと、こちらにゆっくりと頭部を向けた。
一見すると、蛇のような形状をしており――いや、違うな。
「ムカデか」
大百足、といったところだろうか。
些か平べったくはあるが、サイズ感は新幹線と同等。
クワガタを思わせるような、ゴツく鋭い大顎があり、侵入者である俺達に対し、ギチギチと鳴らして威嚇している。
胴から生えた夥しい数の足がカシャカシャと動き、大分キモい。
俺は、言った。
「なんかゼ〇ダのボスみたいだな」
「最初に出て来る感想がそれか!?」
思わず愕然と叫ぶキョウである。
と、彼女の声を開戦の狼煙だと受け取ったようで、大百足は攻撃を開始。
反らした上体を、まるで矢のように放って突撃。
ビルでも倒壊させられそうな勢いだったが、まともに食らってやる義理もないので、衝突の直前で奴の顔面を蹴っ飛ばし、攻撃を横に逸らす。
そのまま大百足は、一切減速せずに体育館の壁に激突し、ドガシャア、と簡単に大穴を開けた。
ここの壁もダンジョン仕様だと思うのだが、それくらいはぶち破れる能力があるということか。俺も出来るけど。
「おいキョウ、油断するなって言ったろ」
「今のであたしが注意されんのか!?」
『ギチギチギチッ!!』
お、キレたか?
蹴っ飛ばされたのがお頭に来たのか、先程よりも激しく顎を慣らし、咆哮でもするかのように大口を開けている。
「よし、せっかくだから、デカブツとの戦い方をキョウに伝授してやろう。ちゃんと聞くんだぞ?」
「いやそんなことより!! 来てる!! 次の攻撃来てるってっ!?」
「まあ落ち着け。いいか、デカブツと戦う時は、基本的に足を使え。正面からやり合っても力負けするだけだからな。常にちょこまか動き回って、狙いを絞らせるな」
自らの肉体を鞭のようにしならせ、全てを薙ぎ払うような攻撃をしてくる奴に対し、俺は、その場から一歩も動かない。
ガンッ、とつっかえ棒のように片手で攻撃を止めると、反対の手で殴り飛ばす。
突っ込んできた時と、同じような勢いで反対側へとぶっ飛んでいく大百足。
「だから、ヒット&アウェイが基本戦術って言ってもいいな。ハエみたいに纏わりついて相手をイライラさせながら、ちょっとずつ削っていって体力を奪うのが定石だ。大技なんて使っても、大してダメージにならないことの方が多いし。特に、魔力の消費は最低限に抑えろ。身体強化が切れたらその時点で終わりだ」
脳震盪でも起こしたのか――いやムカデが脳震盪を起こすのかは知らないが、とにかくちょっとフラフラしていた大百足は、苦し紛れに土魔法を発動し、ガトリングのように土弾を放ってくる。
普段なら、最低限だけを斬って切り抜けるのだが、今回は後ろにキョウがいるため、彼女に攻撃が行かないよう障壁魔法を手前に大規模に展開し、防御。
ガツンガツンと当たりまくるが、俺の守りを突破可能な程の火力ではない。
甘い甘い、これを破りたかったら、元魔王様でも連れてくるんだな。
そして、意趣返しとして奴の土魔法を上回る規模の石弾を大量に生成し、同じくガトリングのように放ち続ける。
大百足は必死に逃げようとするが、そんなの無理なくらいに大量に生成したので、次々とヒットしていき、その堅そうな外殻にどんどんとヒビが入って、バラバラと砕け散っていく。
「そうなると、当然倒すのには時間が掛かる。集中を切らすな。生き残る道を常に考え続けて、見続けろ。そうすれば――こうして、隙が生まれる」
このままでは押し切られると、奴もまた思ったのだろう。
大百足は、肉体にダメージを食らいながらも、決死の様子で突撃をかましてくる。
今まで以上に魔力を込めて身体強化を行ったらしく、その肉体に多量の魔力が纏われているのがわかるが……また突撃とは、芸のない奴だ。
ここで初めて俺は、緋月を構えた。
居合の構えを。
最初と同じように、思い切り身体を反らしてから矢のように上半身を放ってくる奴に対し、俺はその場から一歩も動かず、ただ低く腰を落とし――斬った。
ス、と刃が通る。
奴の突進の勢いとは反して、まるで紙でも裂くかのような軽い感触が刀身から伝わり、そして、抜ける。
――後に残るのは、頭部のど真ん中から、身体の途中までをも両断された大百足の死体。
それもやがて、空間に溶けるようにして消えていき、最後に残ったのは、奴の巨体に相応しいサイズの魔石が一つ。
「――うし、終わり! さ、こんな感じだ。わかったか、キョウ?」
「優護」
「何だ」
「……何かムカついたから一発殴っていいか?」
何でじゃ。




