明華高校ダンジョン《1》
「優護っ!」
「何だ」
「あたしをっ、鍛えようとしてくれてんのは、わかるっ! すげぇありがたいし、感謝もしてるっ!」
「おう」
「が! 流石にペースが早過ぎないかっ!?」
「わんこそば一丁追加!」
「ぶっ飛ばすぞ!?」
口ではそう言いつつも、次から次へと来るおかわりを、無難に捌き続けるキョウ。
「フッ――」
その横で俺は、遭遇したオーガ集団の只中に一人で飛び込むと、繰り出される大振りの攻撃を避けて懐に侵入し、一匹だけ残して全員斬り捨てる。
二の太刀は、必要ない。『緋月』の刃が、まるで滑るようにオーガどもの肉体を通り抜け、刹那遅れて血飛沫が舞い、二度と動かなくなる。
そして、残した最後の一匹の背中を、ちょうど別の個体を倒し終わったところだったキョウへと向けて蹴り飛ばした。
一瞬で仲間がやられて混乱している様子のオーガだったが、目の前に現れた小さな人間の姿を見て、その闘争心を高ぶらせる。
「ガアァッ!!」
プロレスラーみたいな体格と背丈をしたオーガを相手に、キョウには若干の緊張が窺えるものの、その動きは冷静だった。
危なげのない動きで突進を回避すると、すれ違いざまに浅く斬り付ける。
本人は牽制のつもりの一撃だったようだが、しかしキョウにあげた『雅桜』は、俺の緋月やウタに渡した『焔零』と比べると二つは格が下がるものの、十分に良い刀だ。
その攻撃だけで、オーガの腹部に生まれる深い裂傷。
動きが鈍くなった敵の隙を逃さず、キョウはそのまま、一気に攻めて倒し切った。
死体が、宙に溶けるように消えていく。
「……本当によく斬れるな、この刀は。あたし、大鬼を相手にする時は、いっつも命懸けだったんだが……」
「キョウの力量なら、適した刀があればコイツら程度は狩れる。力量も大事だが、武器ってのも同じかそれ以上に大事なもんだぜ。予算を掛けるならそこに重点を置くべきだな」
キョウが前に使っていた『鳴獅子』とかって刀もそうだが、以前土蜘蛛討伐の時にいたバックアップチームの銃なんかも、魔物討伐に適したものとは言えない性能だった。
ただ、それは単純に、魔力関係の技術不足が根本の原因なのだろう。こっちの世界は、魔力を扱える人材が極端に少ないようだし。
競争がなければ、成長は遅いものだ。
「……けど、力量が伴ってないと、良い武器があっても宝の持ち腐れじゃないか?」
「俺も日本人だから、その感覚はわかる。弘法筆を選ばず、とかって考え方が基本にあるんだよな。ただ、俺達がしてる仕事は命懸けだ。綺麗ごとは言っていられない。泥臭くとも、武器頼りでも、生き残ることが最優先だ。勿論、武器の性能を己の能力と勘違いすると、その分だけ痛い目見るハメになるが」
「意外だな。そんだけ強いんだし、アンタは実力の方を大事にするタイプだと思ってたが」
「実力ってのは、つまり属人的なものだ。組織において個に頼る状況は、決して健全な形じゃない。まあ、魔法って技能が属人的である以上、ある程度は仕方ないのかもしれんが、その属人的な状況を装備で多少なりとも改善出来るなら、そうするべきだろ」
そんなことを話すと、キョウは俺を見る。
「? 何だ」
「いや……本当に意外だと思って。普段あんなふざけた兄ちゃんなのに、結構しっかり考えてんだな」
「心外な。俺程純朴で、人付き合いの良い好青年はいないと近所で有名だったり有名じゃなかったりするのに」
「じゃなかったりする時もあんのな」
――ダンジョンの形状は、学校そのもの。
今まで俺が攻略したのだと、ダンジョン化したことで明らかにおかしなくらい内部が広がっていた奴とかあったが、キョウの話を聞く限り、今のところここは現実の学校のサイズに準拠しているようだ。
ただ、外には出られないらしい。ちょっと本気で窓を殴ってみたのだが、割れなかった。
つっても、多分緋月で斬ったら壊せるだろうが、それはしない。まずは調査が優先だ。
で、この学校、俺が思っていた以上に広い。予想通り中高一貫校だったようだが、それに加えて歴史が長い学校らしく、そのため旧校舎と新校舎、中学の方と合わせて四つがあり、渡り廊下でそれぞれが繋がっている。
一階の渡り廊下は全て閉まっていて通れなくなっていたのだが、二階にある空中の渡り廊下は通れるようになっており、一通り歩いてみたところ、この四つの校舎全てがダンジョン化しているようだ。
そして、どういう訳か机や椅子なんかで道が封鎖されている箇所があり、一見すると崩して通れそうだが、完全にダンジョンの壁として生成されているようで、窓と同じく動かすことが出来なくなっていた。
要するに、迷路になっているのだ。先に進むためには、一度上の階に行ってから次の階段で降りる、みたいなことが必要になるようだ。まさに迷宮だな。
一つ幸いだったのは、このダンジョンの出入り口が、単純な校舎の玄関ではなかった点か。さっき確認した。
どこが出入り口に設定されているのかはわからないが、これなら、あとから生徒や教師が入り込んでくることもないだろう。猶予はまだあると見ていいはずだ。
外の様子がどうなっているのか、ちょっと心配ではあるが、まあその処理は田中のおっさん達に任せるとしよう。
このダンジョンで出現する敵は、ゴブリン、オーガが中心。簡素だが武装しており、時折現れる弓兵が微妙に厄介だ。
ただ、オーガだが、少し前に遭遇した埠頭のオーガよりは弱いな。
一体一体が持つ魔力量が少なめで、しかしその分集団で出現するため、総合的な脅威度で言えばこっちの方が上だろうか?
ちなみに、コイツらダンジョンの魔物も、死体が残らず溶けるように消えていくのだが、一つだけ他と違う特徴があり、それはコイツらが死ぬと『魔石』を落とす、という点である。
魔石は、魔力が凝縮された結晶とでも言うべきもので、どうもそれが核となって魔物が生成されているらしく、向こうの世界では積極的に研究がされていた。
魔石は、魔法の触媒だったり、燃料だったり、安価なエネルギー資源として有用だったからだ。
そのため、自然に形成されたダンジョンのみならず、人工的にダンジョンを出現させたりして『冒険者』を投入し、ダンジョンの魔物を狩る採掘が立派な仕事になっていたりもした。
まあ、どう見てもここは、そんな目的で出現させたダンジョンじゃないだろうがな。
「……それにしても、今これ、本来なら相当やべぇ事態なんだろうが……アンタ散歩してるみたいだな。実力があるのは知ってたけどよ」
と、魔物の出現が一段落したところで、若干呆れた様子でこちらを見てくるキョウ。
彼女は今、持っていたヘアゴムで後ろを纏め、短いポニーテールにしている。
どうやら、気合を入れる時はこの髪型にするようだ。
「この程度じゃな。空間に満ちる魔力がそこまでって感じだ。人工で、しかも出来立てのダンジョンとなると、こんなもんだ」
あるいは……その分を補って、どこかに強い魔物でもいるのか。
「いや、あたしがいつも組まされてる部隊でここに取り込まれてたら、間違いなく死線級の難易度なんだが……アンタには確かに、今更の話か」
「こんなんで感心されても」
「アンタの基準は絶対におかしい。もう一度言う。アンタの基準は絶対におかしい」
自覚はしてる。これでも元勇者なんで。
「けど、キョウも十分強いだろ。実際今も、何だかんだ言いながら魔物どもに後れを取ってないし。特に、一対一でオーガ――じゃない、大鬼をぶっ殺せる強さがあるなら、その歳なら十分じゃないか?」
「確かに、自分で言うが、あたしの歳なら戦える方だろうよ。けど、こんな仕事をしてんだ。なら、どんだけでも実力は必要だろ」
「気持ちはわかるがな。言っておくが、キョウは同じだけ剣を学んだ頃の俺よりよっぽど強いぞ。前も言ったと思うが、基本的な技術に関しては、俺じゃあ教えられんくらいには上等だ」
「……そうか?」
「あぁ。足りないのは――」
その瞬間、俺は一歩でキョウに駆け寄り、彼女を抱えて後ろに跳び退る。
刹那遅れ、ドゴォン、という音と共に、先程まで彼女がいた位置に大穴が開いた。
ダンジョンに時折生成される、罠である。物の見事にキョウが踏み抜いたようだ。
ここ、三階なので、本来なら落ちても下の階に行くだけだろうが、どう見ても下の階とは繋がっていないくらい深い。
ダンジョンとは、そういう場所なのだ。空間の繋がりが、魔力によっておかしくなっているのである。
「――とにもかくにも経験だな。とりあえずキョウ、ダンジョンの中じゃあどこでも気を抜くな。今の罠も、ちゃんと地面にまで注視してれば気付けたはずだぜ」
俺の腕の中で抱っこされたままのキョウは、少しだけ恥ずかしそうに頬を赤くしながら、口を開く。
「経験を積めば、アンタみたいになれんのか?」
「俺を目指しちゃダメだ。手本にするのは良い。それでも、キョウはキョウのためだけの剣術を模索するべきだ」
「……手厳しいな」
「この道に妥協なんて存在しない。だろ?」
「あぁ、その通りだ。……とりあえず、下ろしてくれ」
「疲れたなら、このまま最後まで抱っこしてってやってもいいぜ?」
「バカ」
ちょっとぶっきらぼうに放たれた言葉に、俺は笑いながら彼女を下ろした。




