帰宅
キョウと晩飯を食った後。
「ただい――うおぉっ!? お、おまっ、何で裸なんだよ!?」
家に帰ったら、ウタが裸でウロウロしていた。
「あ、おかえり、ユウゴ。何でって、風呂に入ったからじゃが」
冷静にそう言って、全く恥ずかしがる様子もなく、タンスの自分用の棚からいそいそと着替えを取り出すウタ。
……身体から湯気が立ち上り、その美しい銀の髪が多少濡れているのを見る限り、本人の言う通りちょうど風呂上がりだったようだ。
玄関ですぐに後ろを向き、少しすると、「もうよいぞ、ユウゴ」と声を掛けられる。
俺は、ホッと息を吐いて、前を向き直った。
全裸にパンツだけ穿いたウタが、こちらを向いて仁王立ちしていた。
「――何してんだお前!?」
「いや、なんか面白かったから」
美しい、透き通った白い肌に、背は低くとも非常に整った、抜群のプロポーション。
小ぶりだが、しっかりと起伏のある形の良い胸に、その先の桜色の――。
正面から、バッチリと彼女の全てが視界に収まり、慌ててもう一度後ろを向くと、からからと楽しそうに笑う声。
しゅるしゅるという衣擦れの音が聞こえ始め、「今度こそ本当によいぞ」という声が聞こえたので、恐る恐る向き直ると、本人の言葉通り今度はちゃんとパジャマに着替え終わっていた。
「意外と初心じゃのぉ、ユウゴは」
「……男に裸見られたんだ。せめて、もう少し恥ずかしがったらどうだ」
俺がそう言うと、ウタはここぞとばかりに笑みを浮かべた。
「ほほーう、これはおかしなことを言う! 儂はちんちくりんなのじゃろう? じゃからこそ、お主も気にせんと思うて、自然体でおっただけなんじゃが……何だか随分と顔を赤くしておるのぉ?」
ススス、とこちらに近寄り、ニヤニヤと勝ち誇ったような顔で見上げてくるウタ。
ぐっ、こ、コイツ……根に持ってやがったか。
「そ、それとこれとは話が別だろ! 俺は世間一般的な常識として、男がいる場で、全裸でウロウロするなって言ってんだ」
「儂、この世界の出身じゃないから、常識とか言われてものぉ?」
「いや向こうの世界でも同じだが?」
「じゃあ、儂魔王じゃったから、お主らの常識とか知らんし」
「魔王は全裸でウロウロすんのか?」
「うむ!」
コイツ頷きやがった!
と、ニヤニヤしていたウタは、次にちょっと不満そうな表情になる。
「それにしてもお主、何じゃ。儂を置いて、若い女と楽しくでぃなーに行って来たのか?」
「……ま、まあ、言葉にするとそうなるが」
結局奢られてしまったが、何だかんだ言って、キョウは人目のない完全個室のレストランに連れてってくれたし。
ぶっちゃけ、普通に楽しくはあった。まだ短い付き合いだが、キョウがざっくばらんな性格をしているのはわかるし、ウタとは別方向だが話していて気楽な相手ではあるな。
「全く、儂は昨日の残り物を温め、美味しく食べるのみ――いや、美味しかったのは本当なんじゃが、まあとにかく儂というものがありながら、放っぽって別の女と飯を食いに行くとは、お主という男は……」
「いやお前は俺の何なんだよ」
「内縁の妻」
「違う。居候だ。居候代払え」
「身体で?」
「誰がいつそんなこと言った!?」
思わず声を荒らげると、こちらをからかって満足したのか、いささか満足げな顔でからからと笑い、そして洗面所の方からドライヤーを持ってくる。
「のうユウゴ、髪!」
「……乾かせって?」
「うむ!」
「……わかったわかった、ちょっと待て。俺まだかばんも置いてねぇっての」
ため息混じりに苦笑を溢し、かばんを置いて手洗いなどをした後、ウタからドライヤーを受け取る。
しっとりと濡れた、美しい銀の髪。
女性の髪を扱うのなんて、全く慣れていないのだが、あまりにも綺麗なこれを俺の不手際で傷付けたくないので、大分気を遣って指を通し、乾かしていく。
しっかりと手入れしているからか、触り心地は非常に良く、スッと指が通るそれはまるで最高級の絹糸のようで、シャンプーと少女の甘い匂いがふわりと感じられる。
……ちなみに、そうやって手入れしているのは、半分くらい俺である。
やはり王だったので、身の回りの世話は自分ではなく侍女にやってもらっていたらしく、故にこうして俺に髪を乾かさせたり、櫛で梳かしたりさせるのだ。
と言っても、最初から俺にやらせていた訳ではなく、どうにか自分でやろうと頑張ってはいたんだがな。
しかし、あんまり上手くいかず、だんだん面倒くさくなったようで大雑把になってきており、それで俺が見兼ねて手伝ってやったら、思いの外それが心地良かったらしくこうなった。
……まあ、気を許してくれているのだろう。
そうでなければ、女性が髪を触らせたりはしないだろうからな。
「……妙な気分だよ、ホントにさ」
元魔王の髪を乾かす、元勇者。
俺は、己のことをそんな風には全く思っていなかったので、『勇者』だなんて大それた呼び方をされる度に苦笑いを溢していたのだが、コイツの対峙者としての称号でそう言われるのは……正直、嫌じゃなかった。
俺の道の先に立っているのは、常に、ウタだったのだから。
言葉にせぬ俺の思いを、ウタもまた理解したらしい。
「かか、今更じゃな。すでに十数日は共に暮らしておるじゃろう」
「お前はもう慣れたのか?」
「無論、まだまだ勝手のわからんものばかりで、新鮮な日々ではあるがの。しかし、違和感はない。――お主が共におる。ならば、全ては些末事よ」
そう、言い淀むこともなく、真っすぐに言い切るウタ。
そこから感じられるのは、純粋で、無垢な感情。
俺は、少し照れくさくなったのを誤魔化すように、言った。
「……ほら、乾かすの終わったぞ」
「うむ、お主の手付きは、慣れておらんのに気を遣って、頑張って乾かそうとしてくれておって、なかなかに心地が良いぞ!」
「気を遣われてるってわかってんならやらせんなよ」
「儂が髪を整えるのに苦労しておった時、最初に『手伝うか』と言うてくれたのはお主じゃぞ?」
「……そうだった」
不覚だ。放っときゃよかった。
「かか、儂は勇者の敵、魔王じゃからの! 勇者が隙を見せたならば、当然そこを突くのみよ! 故にユウゴ、これからも儂の髪は、お主が整えるように!」
そんなことを、満面の、美しい笑みで言い放つウタ。
「……多少は自分でやれよ?」
「ま、しょうがないの。儂は寛大故、お主の言葉も受け入れてやろうぞ!」
「へいへい、ありがたき幸せです、ウタ陛下。そんじゃ陛下、俺風呂入るから」
「では儂は、就寝準備をしておこうかの! ゆっくり入って温まるんじゃぞ?」
「お前は俺の母親か」
「内縁の――」
「そのやり取りはもうやったから」
そんな冗談を言い合っている内に、夜は過ぎて行く――。




