奪回2
これは、夢だ。
彼にはわかっていた。光の射さない闇の中、彼は一人立ち尽くした。これは、夢だ。
しかし、夢ならなぜ覚めないのだろう。もう延々とも言える時を過ごしたのに。歩くことも出来ずにただ立ち尽くしたまま、千も万もの時を。
時々浮かぶ幻……キャップ、マイク、アレックス、ドク。
あるいは、あの時こそが夢ではないのだろうか。この、暗く寂しい風景から逃れるために作り出した幻影。
……どちらにしても、ここがそれほど居心地が悪いわけではない。ここには何もない。仲間も、優しさも、光も。その代わりに敵も、苦しさも、冷たさもなかった。このまま立っていれば、命の果てるまで永遠に立っていれば、悩むこともなく、苦しむこともなく、いつまでもいつまでも……。
そのような思いにとらわれ、次の瞬間にもこの暗黒の大地に崩れ落ちようとする体を支えつつ、いつまでもいつまでも、呪文のようにその言葉をつぶやき続けた。
こ・れ・は・夢・だ。
コ・レ・ハ・夢・ダ……。
*
微かな呻き声がした。
ダークヘルの5本柱の一人、グリフォンは怪訝そうに床に横たえられたジプシーを眺めた。
「薬が切れかかっているぞ」
「へい」
グリフォンの一言で、セラの顔に睡眠薬の染み込んだ布がかぶされ、また闇の中へと引きずり込んで行った。
ちらりとそれを見たグリフォンは視線をセラから大スクリーンへと移した。そこには迫ってくる小惑星の帯、ステロイドベルトが映っていた。宇宙空間では音は伝わらないがスクリーン中を左から右へ動いて行く小惑星達はいかにもギシギシと音を立てそうだった。
「グリフォンの兄貴」
心細そうに鎖手のジョンーズは言った。
「兄貴はその、H25っつう基地へ行ったことがあるんで? 俺は行ってねえんですが」
「いや」
グリフォンは振り向きもせず言った。
「じゃあこの小惑星の中からどうやって基地を見つけ出すんで? これじゃあ、いくら地図にしたって基地が動いちまうんじゃ……」
「分かっている」
そう言うとグリフォンはクルーの席に座っていた男を呼んだ。
「へい、兄貴」
「H25へ通信だ。誘導波を送ってもらえ。タキオン周波で……」
「ソノ必要ハ アリマセン、マスター」
突然スネイクが割り込んできた。一瞬の間をおいてグリフォンは軽く舌打ちをした。
「なぜだ」
「小惑星ノ特徴、流レノぱたーんETCヲこんぴゅーたー分析ニ カケレバ5分トセズ場所ト航路ヲ割リ出セマス。オマカセヲ、マスター」
「まさか……」
通信をするよう命令された男は思わず呻いた。グリフォンは気にもとめずに言った。
「やってみろ、スネイク」
「イエス、マスター」
突然小惑星のビジョンが星図や計算式にとって変わられ、めぐるましく変わったかと思うと、また突然元の景色に戻った。
「おーとすいっち作動」
スネイクの声に従い、すべての機器が生きてるかのように動き始める。度肝を抜かれたジョーンズが恐る恐る聞いた。
「兄貴……これはスネークの能力で……?」
「じゃあねえだろうな。後から加えられた人工知能がよっぽどよかったらしい。奴らがこれを俺たちに向かって使う前に奪えたのはラッキーだったな」
「へぇ、確かに……」
いつもの声でスネイクが着席ベルト着用を告げた。座れないものは床に座り込んだ。そしてヘルメス号はゆっくりステロイドベルトへと滑り込む。ゆっくりと、しかし確実に船体は小惑星の間をすり抜けて行く。
「鎖手の」
グリフォンが言った。
「へい」
「邪魔だ」
セラの方に顎をしゃくって言った。
「荷物室にカプセルがあるだろう。ありゃあ、義務付けられているからな。その中に押し込んどけ。睡眠薬を染み込ませた布も忘れるな。今起きられちゃ面倒だ」
「へい。おい、行くぞ」
少し微動する床を踏みしめて、2、3人の男たちがセラを連れてコックピットから出て行った。セラの体はカプセルの中に収められ、睡眠薬をもう2、3滴染み込ませた布を顔の横に置くとカプセルの蓋を閉めた 。まるで水晶の棺桶に閉じ込められた花のように見えたカプセルは、自動的にカプセル排出孔へとセットされ、それを見届けるとならず者達は貨物室から出て行った。
スクリーンは迫り来る小惑星を淡々と写し続けていた。しかし、時々スクリーンに乱れが生じたり、雑音が混ざり始めてきた。それはだんだんひどくなり、次第に元に戻って行った。
「どうした、スネイク」
少し穏やかならぬ風のスクリーンに、グリフォンは尋ねた。スネークはいつものように答えた。
「イエス、マスター……。すてろいどべると内ニでーたヲ狂ワス小惑星ノ存在……山ハ越エマシタ、マスター……」
「異常はないか」
「アリマセン……マスター……」
「わかった。行け」
「イエス……マスター……」
次々と小惑星が船体をかすめて行く。船より大きいのから小さいのまで、ヘルメス号に向かってきては通り過ぎていった。
ステロイドベルトに入ってからどれくらい経ったのだろう。スネイクが海賊たちにH25への接近を告げた時には、大半のものが1、2年も老け込んだように見えた。H25への通信を命じたグリフォンの声も心なしか疲れていた。
H25からの通信はすぐに返ってきた。
「貴船を確認。タキオン周波225で誘導する。回路オープン」
「回路オープン。誘導波受信準備 OK」
「誘導波発信」
目に見えぬ道に導かれ、ヘルメス号はある一つの小惑星に吸い寄せられていく。
小惑星に激突する寸前に惑星の表面止めたところがぽっかりと口を開けた。その中へそろそろとヘルメス号は入り込んで行く。そして入りきったかと思うと穴は消え去り、元の小惑星だけが漂う惑星群となってしまった。
ヘルメス号が誘導波による案内で穴の奥まで入り着地すると、途端に周りが明るくなった。中のライトがつくとグリフォンにはそこが小さな宇宙船専用のドックであることが見て取れた。そして周りから白い煙とシューシューという音とともに空気がドッグ内に流れ込む。整備員や責任者がドッグ内に入ってくるのはその後だ。ここがH25なのだろう。
スクリーンに反乱軍の制服が映りだすとヘルメス号はそのハッチを開けた。ハッチを降りた先に一人の男を先頭とした一団が待っていた。先頭の男はきっちりとした反乱軍の制服やきちんと分けた髪から、ここの責任者であると見て取れた。
「お待ちしておりました」
敬礼を少し軽めにすると男はそう言った。
「H25基地の監督を任されております、ビクティー少佐であります。この基地は」
ここでちょっと区切ると、少し非難めいた口調で言った。
「グローバル将軍の直属基地ではありますが、我々はそれが誰であろうと、われら反乱軍を束ねる力量のある方ならば絶対の忠誠を誓うものであります」
グリフォンは鼻でふんと笑ったが、ポンと手の甲で少佐の胸を叩いた。
「一言多かったが、後のセリフがいいじゃねえか。指令室へ案内しろ」
「はっ」




