危機から逃げ出せ7
突然警報が鳴り響く廊下を、一人を引きずりながらキャップとマイクは走っていた。
「こうなるんなら、警報装置を、切って、おくんだった、な」
すでに息を切らしているマイクに、軽々と走るキャップが言った。
「今更言っても遅えだろうが。こうなりゃ突っ走るのみよ」
二人を追いかけるように船内放送が聞こえる。
「正体不明の宇宙船接近。正体不明の宇宙船接近。H中佐はどこにいらっしゃいますか? 近くのインターホンへご連絡ください。H中佐……」
「……キャップ。どうやら、僕らのことじゃないみたいだよ」
「……らしいな」
二人は足を止め、顔を見合わせた。
「まあ、なんにせよ、だ」
キャップが言う。
「この騒ぎは何であっても天佑だ。ありがたく頂戴しようぜ」
「そうしますか」
などと脳天気に言いながら、士官の案内で営倉に着いた。
「正義の味方、マーキュリー・ディアス只今参上! ドク! アレック! いるか!?」
営倉のドアがずらりと並ぶ暗い廊下に、キャップの声がこだまする。こだまが返ってくる前に、一つのドアから叩く音が聞こえてきた。
「キャップ! キャップですか! よくご無事で!」
「ドクか! ちょっとドアから離れてな!」
キャップが士官からブラスターを取り上げドアの前に立つと、電子ロックを撃ち抜いた。
一瞬火花が散ったが、その後は手で楽にドアを開けることができた。
「よお」
「よくご無事で。マイクも」
「アレックスは一緒じゃなかったのかい?」
「えぇ」
マイクの問いにドクは答えた。
「私が目覚めた時には、私一人でここにいました」
3人の話に遠くからの悲鳴が割り込んできた。絹を裂くようなその悲鳴に向かって三人は走り出した。
「どっちの悲鳴だと思うか? アレックか? てきさんか?」
「やめましょうよ。賭けになりませんよ」
「ごもっとも」
答えはすぐにわかった。
床に寝転んでうめいているのが一人。悲鳴をあげているのが一人。そして、その悲鳴をあげている人間の足を抱え込んでいるのが一人。アレックスである。
片足の鎖は途中で引きちぎられ、着せられた拘束服は破かれていた。
「こら。アレック。お前、何やってんだ」
ついついキャップがこんなふうに聞いてしまうような光景だった。
「ん? いや、ね」
アレックスは後ろも見ずに言った。
「公約を実行しているところで、ねっ!」
「ぎゃあああああああああ!」
アレックスが男の足の根元をひねると、また男は悲鳴を上げる。
「公約ぅ?」
「そう。この牢から出たら、足を引きちぎって逆立ちで歩けるようにしてやるって約束したもんだから」
確かにその近くには、鉄のハンマーで叩き潰されたようにひしゃげて開いている牢のドアがあった。
「おい、そりゃ公約たぁ言わねえよ」
「知ってる、よっ!」
「ぎゃあ!」
その悲鳴と重なって、どこからか遠くで爆発音が起こった。
「なんだありゃ」
今までじゃれついていた足をポイと放り出し、立ち上がったアレックスである。
「聞いてなかったかね? この船、今どこかの船からの攻撃を受けてるんだ」
「知らねーよ」
マイクの説明に簡単に答えるアレックスだった。
「まあ、どっちにしても逃げやすくはなったよな」
「後はセラとハワードですね。どうなったんでしょうか」
「先ほどのお方に聞いてみなくちゃならんだろうね」
四人は廊下を先ほどの士官のいた方向へと歩いて行った。
*
「うわっ! ひっでぇ……」
「ああ、また修理代がかかる……」
「あの馬鹿野郎ども! 人の船を勝手にこんなにしやがって!」
「セラとハワードは大丈夫だったんでしょうか」
四者四様の感想を述べながら、四人はヘルメス号に入ってきた。
荷物は荷物室の外壁が丈夫だったのとロックがきちんとかかっていたこと、そして色々なことがあったためになかなか荷物を取るところまで手が回らなかったことがあってか、無事だった。
特にひどかったのは司令室だった。
機器類が所狭しと並んでいるところでは一番ダメージが多かったのだろう。この分ではコンピュータールームもオシャカになっているかもしれない。つまりハワードは死んでしまったかもしれない。
それにしてもセラがいないのはなぜだろう。さっきの士官はセラのことは知らなかった。するとまだここに隠れているのかもしれないが……。
「女と間違えられて、やつらの下っ端の慰み者になってるかもしれねぇな」
「おいおい、アレック。そんな滅多なことを言うもんじゃないよ」
二人はコンピュータールームに向かっていた。
あんな入り組んだ機械を直せるのはこの船にはアレックしかなく、マイクはそのついでである。
コンピュータールームのドアの前に立った二人は、不思議な音を聞いた。歌である。
旧テラ系共通語ではなく、とても人間のものとは思えないような、重く硬く入り組んだ言葉とメロディーだった。二人が知っている中でこんな歌を歌えるのは一人しかいない。
「セラ」
名を呼ばれ、歌を止めて振り返ったのは確かにセラだった。
ただ、あちこちに火傷の跡があり、白い衣は焼け焦げ、長い髪のところどころは焼けて丸まってはいるが、確かにセラだった。
「あ、お帰りなさい」
「た、ただいま」
「ただいま」
セラがにっこりなんて笑いながら「お帰りなさい」なんて言うもんだから、二人もつい「ただいま」と言ってしまった。
「……何してんの」
「ハワードを助けてあげようと思って。いくらなんでも、いつまでもメモリーチップの中に入れたままというわけにもいきませんからね」
「メモリーチップ?」
「これです」
セラは一個のメモリーチップを手渡した。アレックはまじまじとそれを見つめた。
「自己防衛プログラムの中にデータ保存のプログラムがあったそうなんです。それで最後の瞬間に、全てのデータをメモリーチップに入れてから停止したそうなんです」
「そうなんです……って誰に聞いた、それ」
「ハワードです」
「前から知っていたのかい?」
マイクの問いに、セラは少し微笑みながら肩をすくめた。
「こうしてですね」
そう言ってアレックスからもう一度メモリーチップを渡してもらうと、それを両手の手のひらで上下を挟んだ。
「神経を集中すると、ハワードの意思が伝わってくるんです」
……意思ったって、ハワードってコンピューターだろう? そんなことを思うアレックに気を留めずにセラは続けた。
「それで、ハワードに教えてもらい手当てをしていたんです。細かいところは手ではできないから“鉄の歌”を少しアレンジして、手動では動くところまで行ったみたいなんですけれど、まだまだハワードを元に戻すところまではいかなくて」
「……とにかく、動くんだ」
「えぇ」
セラの答えを聞いたマイクはインナービジフォンに飛びついたが、すぐに離れた。
「あ~っと、インナービジフォンがきかない。アレック、ひとっ走り指令室に行ってくれ。すぐ出発できるってね。とにかくすぐに出ていかないと、敵さんと心中ってことになりかねん」
「ラジャー」
走って行ったアレックスを見送るマイクに、セラは尋ねた。
「何か……あったんですか?」
「知らないの?」
「今まで手当の方に全力を注いでいたものだから……」
「まぁ、大したことじゃないよ」
すっとぼけた調子でマイクは言ってみせた。
「敵さんがもう一つ増えたってだけのことさ」




