90、今日から魔王はじめます!
レンの呆れたような、嬉しさの滲むような声に、溢れてきた涙をぬぐう。
明確な理由もなく、ただ胸が熱くなって。
あはは、どうしよう……泣きやめそうもないや。
「愛美」
レンに呼び掛けられ、上を向く。
なに? と聞こうとして……、瞬間、唇を塞がれた。
二度目のキス。
「わー!!?」
「うおおお!?」
色気のかけらもなく悲鳴を上げ、思いっきりレンの肩を突き飛ばす。
よろめいたレンを睨みつけ、私は大いに動揺しつつも「なにすんの!!?」と怒鳴った。
「なんのつもりなの!? ききき、キスって! れれ、レンのくせにっ、」
「……契約解除の儀式だよ。いきなりこうしなかったら、いつまでたっても愛美、お前が照れてできなくなるだろ」
思い出す一回目のキス。
……そういえば確かに、主従契約を結んだ気がしないでもないような……。
確かにレンの主張は正論だし、間違ってないような気がしないでもないけど……、
なんだろう、どうも腑に落ちない。
「なら……顔そむけてないで、こっち向きなよ」
「嫌だね」
「なんで!? せめてこっちを向いて謝罪してくれない!?」
「嫌だ」
このわがまま王子が、と顔を掴んでこっちを向かせようとする私。抵抗するレン。
しばらくの攻防の後、私はレンを振り向かせることに成功、
「……レン、顔……赤い、よ」
「……うるさい」
……したけど私がまた照れるハメになってしまった。
いや、ほんと、なんで!?
私が照れるからとか言っておいて、自分だって赤くなってるじゃないか。
私は頬を膨らませると、上目使いでレンを睨みつけた。
そんな様子の私を見て、レンが唸る。
「……わかったよ、ごめ、」
「謝らなくていいよ」
「は?」
心臓が早鐘を打つ。まるで口から心臓が飛び出しそうな緊張感の中、何を言おうとしているのか、私の口は勝手に動こうとする。
「だって、私は……レンのことが、」
「ストップ」
声と同時に、再び唇を柔らかい感触が塞ぐ。
刹那のうちに離された顔に、状況を理解できずに瞠目してしまう。
「それの、続きは」
ほんのりと赤くなった顔を手の甲で隠し、目を微かにそらしてレンが言う。
「俺がこの統一王国の王になって……お前と同じ目線になれたら、聞くよ」
「……っ!?」
「愛美の所に追いつきたいから。俺自身が」
……だからそれまで、待っててくれるか?
と、レンは優しい笑顔で聞いた。
……ああ、ずるい。実に卑怯だ。それは……イエスと答えろ、と言っているようなものじゃないか。
「しょうがないなぁ……。待ってるから、ちゃんと聞いてよ」
「うん」
「無断のキスの貸しは、重いんだから」
「わかってる」
抱き寄せられる。
思ったよりたくましい腕に抱きしめられながら、私は目を閉じた。
安心する。
人を大切に思うって……こんなにすごいことなんだ。
揺蕩うような幸福感に、意識をゆだねようとすると。
「陛下」
どこか怒りと不機嫌さを孕んだ声がそれを遮った。
あわてて、二人同時に背後に飛び退る。
「王城の門にいつまでもいらっしゃらないと思えば……、こんなところで勇者と何を話していたのですか」
「ららら、ランスさん」
「終戦協定締結前の国の王子と仲良くするのは、私は反対です……それに、掘り出した肖像画を持ち出したのは陛下だったのですね」
「う、うう」
「おい……無断持ち出しかよ……」
レンの呆れた声と、ランスさんの怖い声に身を竦める。
しばらくして、ランスさんはため息とともに、「帰国いたしますよ」と言った。
「早く帰国し、魔王就任を国民に知らせなくては」
「は、はい……わかりました……」
「ああそれと」
絶対零度の視線をレンに浴びせるランスさん。
「私に許可なく、陛下に何かしないように」
「してないよ……過保護すぎかよお前、嫌われるぞ」
「貴方に言われる筋合いはありませんね」
怖いんですけどこの二人……。
内心ビクつきながら、私は言い捨てて背を向けるランスさんの後に続く。
するとレンが言った。
「愛美。そういえば教えてなかったな」
「ん?」
「俺の昔の名前、二ノ宮蓮司っていうんだよ。……あんまり変わらないだろ?今と」
にのみや……れんじ。それが、レンの昔の名前か。
心の中でそっとその名を反芻する。確かに……そうだね。似てるよ、今の名前と。
「じゃあ改めて宜しく、蓮司」
「おう、またな……愛美」
私は片手を上げると、再び前を向いて歩き出した。
……もう振り返らない。
立派な魔王になって、祖父の遺志を継ぐまで……私は前進し続けよう。
どんなことがあっても、私はもう、この世界で生きようと決めたから。その覚悟を背負って、ここにいるから。
この世界で生きているのは、他の誰でもない。
この、私だ。
「さあ行こう、未来は私たちのためにある」
____今日から魔王はじめます!
FIN.
この部分で完結となります。
数年前書き上げたものを、訂正しつつあげてきたもので、拙さが目立つ作品ではありましたが、ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次回作も予定しておりますので、よろしければそちらの方もどうぞよろしくお願い致します。




