2話 勇者、出逢う
俺は慌てて飛び起きた。揺れはすぐに収まったが、なんと入り口が塞がれてしまっていた。先程の揺れは、岩でも転がり落ちてきたからだろうか?
「ちっ、今日はとことんついてねーな……」
思わず舌打ちをしてしまった。あいつらにはきちんと謝りに行く気だったのだが、心の奥ではそれほど苛立っていたのだろうか。俺は勇者なのだ、もっと冷静に物事に対処しなければ。
旅のストレスが溜まってきたのかもしれない、後でサクラサクに精神魔法を使ってもらうか。余り多用してはダメらしいが、今日くらいはいいだろう。
「仕方ない、まだ完全じゃねーが、聖剣を使うか……おりゃあああ!」
俺は腰に身につけていた愛剣である、聖剣オーラデオーラを抜き、勢いよく入り口を塞いでいる岩らしき物体を切りつけた。
だが、岩に激突した聖剣は甲高い音を上げ跳ね返されてしまった。
「なっ!」
しかも、岩には傷一つついていない。
「……やはり、回復しきっていなかったか?」
聖剣オーラデオーラは、勇者が握る時だけ、聖力と呼ばれるものを発し、勇者の戦いをサポートする。だが聖力には限界が存在し、なくなってしまうと途端にちょっと凄い剣程度になってしまうのだ。また、回復している間にも聖力は使えるが、その効果は半減してしまう。
そのため、ここぞという場面でしか使って来なかったのだ。
勿論、先の魔王戦では使用したため、現在回復の真っ最中。そのせいで、この岩を破壊するには威力が足りなかったようだ。
「だが、剣がダメなら魔法がある! 〜〜〜〜、<エクスプロージョン>!」
俺は、詠唱しながら後退し、エクスプロージョンの魔法を発動した。
手のひらから魔力がごっそりと抜ける。と同時に、入り口付近が大爆発に巻き込まれた。
エクスプロージョンの魔法は、ただの爆発ではない。魔力を爆発させるため、延焼の危険はない。だが、魔力を一気に放つため、多用はできなく聖剣と同じ切り札の一つだ。
振動と爆風が、洞穴を襲う。俺も残りの魔力で防御魔法を展開するが、ずりずりと後退してしまう。だがそれほどの威力があるということ、さすがに穴が空いただろう。
だが。
「……無傷、だと?」
岩には傷一つついてはいなかった。
「ど、どうすんだよ、これ?」
俺は両手で入り口を塞ぐ岩を弄る。だが、明日も引いてもびくともしない。
「……くそっ!」
そうして俺が下を向き力任せに手をついたその瞬間。
ふにっ。
「……ふにっ?」
ふにっ、ふにっ。
「なんだ、これ?」
指を動かすと、何か柔らかいものを掴んでいることがわかった。そして顔を上げると。
「き、」
「き?」
「きゃあああああああ!!!」
バシーン!!
「ぶへらぁっ!」
★
「貴様ぁ! 殿下になんということを!」
慌ててシャルロッテ様……殿下の後を追いかけ得体の知れない穴へ入ると、これまた得体の知れない武装した男が、なんと我が愛しのシャ……殿下の、む、む、胸を揉んでいたのだ!
幸い、殿下がこの男を突き飛ばしたため、それ以上の被害はなかったようだが、私は殿下の護衛。自らの責務を全うするため、この不届きものの首を撥ねようとしたところで。
「待ちなさい、バーン!」
殿下の声を聞き、剣を振りかぶり、その男の首めがけて降ろそうとしていた手が止まった。
「殿下、しかし!」
男の顔を見据えたまま、殿下に問う。
「いえ、待つのです。いいですね、バーン?」
「……仰せの通りに」
私は仕方なく、剣を鞘に納め、殿下のやや前方に控える。この男がどんな人物かわからぬ以上、私が剣となり盾となるのは当たり前だ。この男は私でも揉んだことが……いや、高貴なる御方の身体に不躾に触れた、その事実に未だに頭に血が上りながらも、職務を忠実に全うする男を演じることが大切なのだと思い直した。
待つのだ私よ、思考がそれているぞ。今はこの状況をどうにかしなければ。と言っても、殿下がなぜ私を止めたのかわからぬ以上、不用意な行動は慎むべきだ。念のため、いつでも剣を抜けるよう、手をかけておくことにしよう。
「……貴方は、どちら様でしょうか?」
殿下が私よりも前に出て、男は近付きそう質問した。私は危ないと思い足を踏み出そうとしたが、殿下のそれを制した。
「……えっと、あの」
だが、男は質問には答えない。私はムッとしてしまった。このお方をどなたと心得ているのだ、この男は? 皇国の第八皇女にて、稀代の聖女様なのだぞ?
「もう一度問います、貴方は、誰?」
「お、俺は、サバトだ。一応、勇者をしている」
男も状況がつかめていないのか、少し惚けた顔をしているが、頭の中身まで惚けてしまったらしい。勇者? あの御伽噺の勇者だと言うのか? こんな冴えない男がか? ふん、馬鹿らしい。
「ゆ、勇者、様?」
……勇者様? 皇族が得体の知れない者に様付けだと? 殿下、一体何を?
「ああ、勇者だ。つい先日、魔王を討伐してきたんだ。お前らも知っているだろ?」
しかも、つい先日だと? 何を言うか、はるか何千年も昔の御伽噺だぞ?
私は前に出て、サバトと名乗った男のことを見下ろす。
「おい、お前。 ふざけるのも大概にしろ。私たちを誰だと心得ている? 皇女殿下並びに皇国騎士団団長だぞ?」
思わずこちらの肩書きを晒してしまった。この手の交渉においては悪手なのだが、どうせ今から斬る男だ。皇女殿下にまみえた喜びを噛みしめるくらいは許してやろうではないか。
「へっ? コウジョ? なにそれ?」
「なっ……!?」
なにそれ、だと! 畏れ多くも! やはり今すぐ斬るべきだ。私は先程からなぜか御言葉を発せられない殿下に許可を願うため、そちらを振り向くと----
「勇者様〜〜!!」
……殿下?