【書籍化記念SS】 瑠璃色の約束
※スピネル王国の王とアランとのやりとりが書籍版では、加筆されていますが、読んでいなくてもSSはお楽しみいただけます。どうぞ!
side スピネル王国、国王
スピネル王国の王都は、冬を越えたばかりだったが、差し込む光は温かなものだった。
「今日か」
何度も読み返した机の上の手紙に目を落とした。そこには、アランが家族とこの国を訪れる旨が記されていた。読み返しすぎて、少しよれた手紙を見て、苦笑いをする。
あの日の約束から、いくつ季節が過ぎただろう。
「陛下、まだお時間があります。何か軽く召し上がりませんか?」
侍従の言葉に、軽く手を振って応じた。
「……いや、アランたちが着くまでは、何も喉に通る気がしない」
窓の外へ目をやる。遠くの塔の先に、青い旗が風に翻っていた。塔には我が国で一番転移が得意な者が控えている。幼子すら転移酔いをさせないくらいの優秀な者だ。
旗が挙がったということは、塔に無事着いたということ。もうすぐ馬車であの丘を越えてくる。
あの日、あの祝勝の宴で見たアランの姿が脳裏によみがえる。
目の前で婚約者と幸せそうに踊っている青年の瞳が、瑠璃を宿していた。ラピスラズリのような、深く透き通る瑠璃の瞳。我が王族のみに受け継がれる色。
そして、その面影もまた、弟と重なる。立ち振る舞いが、声が、全てが、弟ルシアンを思い出させる。
時を越えてルシアンが再び、私の前に現れたかのように感じた。そう思った瞬間、隠していた悲しみがよみがえったが、喜びもまた溢れた。
過去を思い出していると侍従が控えめに告げた。
「陛下。馬車が門を通りました。もう間もなく、到着いたします」
「では、迎えに行こう」
アランを、いや、家族を、迎えるのだ。
◇
弟、ルシアンは美しく、聡明で、どこか風のように自由な子だった。
学院を首席で卒業した後も、剣を捨てきれず、「武を知ってこそ学を究められる」と笑っていた。
「兄上。私は旅に出ます。見てみたいんです、世界を」
そう言って、光を背に立つ彼の姿を止められなかった。城の壁に閉じ込めるなどできはしなかった。私の分まで外の世界を見てきてほしい、そう願った。
――そして数年後。一通の手紙が届いた。
『家族ができました。国へ連れて帰ります』
その文を読んだとき、思わず笑みを浮かべた自分がいた。あれほど自由と剣を愛した弟が、ようやく誰かを愛し、家族とすることを決め、国に戻ってくると。
だが、それが、その手紙が最後だった。
ルシアンは帰らなかった。消息は絶え、手紙が出された国を探すも手がかりは見つからなかった。
我が国は悲しみに包まれ、私は王として、兄として、ただ沈黙するしかなかった。
それから幾年が過ぎた。
我が国の同盟国の皇帝から、招待状が届いた。
そこには、珍しい瑠璃色の瞳を持つ「狂乱の死神」と呼ばれる人物が大きな手柄を立てたゆえ、ぜひ祝勝の宴に出席してほしい、と記されていた。
若くして狂乱の死神と呼ばれる男の噂は聞いていた。
その者が、瑠璃色の瞳を宿している……。
調べを進めるうちに、間違いなど微塵もなく、疑う余地のない確信だけが強まっていった。いや、確かな情報などなくとも、私の血がなぜかそれを訴えている。
ルシアンの子に違いない、と。
期待は何度も波のように押し寄せ、我が目で確かめずにはいられなかった。
そして、祝宴でのあのひと言。
「家族を連れて、貴国に伺うと約束します」
その約束の響きが、何度も蘇るたび、嬉しく、そして少し心が痛んだ。
アランを世話しているという侯爵の話によれば、アランが五歳のとき、「すぐ帰る」と約束して出かけた両親は、馬車の事故で帰らぬ人となったのだという。
覚悟はとっくに決まっていたのに、確実となった弟の死は、私を苦しめた。
けれど、弟が遺した命は、こうして確かにこの世界で生き続けていた。アランのこれまでの壮絶な人生を思えば、手放しで喜ぶことなどできない。
それでも私は、神に感謝せずにはいられなかった。
◇
光が王城の石畳を照らしていた。やがて、遠くから馬車の車輪が石畳を叩く音が聞こえた。その音が近づくたびに、心臓の鼓動が強くなる。
白い馬車の開かれた扉から、アランが姿を現した。あの日と変わらぬ凛とした面差し。
そして彼の隣に、柔らかな金色の髪を揺らしながら降り立つ女性、シルヴィ。
藍色のドレスが陽光を受けて淡く輝き、彼女の微笑みが春そのもののように周囲を和らげていた。
アランが、ゆっくりと歩を進めてくる。その腕の中には、二人の幼子がいた。金色の髪と淡い藤色の髪が、微かに光を帯びて揺れる。
アランが歩みを止め、頭を下げた。アランの妻、シルヴィが傍らで礼を取る。その瞬間、双子であろう子たちがふと顔を上げた。
男の子は、金色の髪に瑠璃色の瞳。女の子は、淡い藤色の髪に、母譲りのエメラルド色の瞳。アランの藤色の髪はルシアンの妻の髪色だったと聞く。失われた家族が、形を変えて、再び私の前に現れたようだった。
「息子はルーク、娘はリュシエンヌと申します」
言葉の端々に、ルシアンが滲んでいる。私に向けた声の柔らかさまで。
「……私にも、抱かせてくれるか」
声は、少し震えていた。渡された赤子たち。両腕に伝わる、小さな体の温もり。私の手のひらを通して、鼓動が伝わってくる。
「約束を守ってくれて、感謝する」
あの祝宴の夜、アランが言った「家族を連れて伺う」という約束。
そして、ルシアンが最後に残した「家族を連れて帰る」という約束。
「ようこそ、我が国へ。よく、……帰ってきてくれた」
そして、風が吹き抜けた。私の腕の中で、双子が小さな手を動かした。ルークは空を掴むように手を伸ばし、リュシエンヌはその手を追うようにそっと重ねる。
私は、こみ上げるものを必死に抑えながら、ふたりの小さな手が差し伸べた空を、ただ静かに見上げたのだった。




