【書籍化記念SS】ダニエルの夜明け
この度、書籍(3/3)になります!感謝の気持ちを込めて、書籍化記念SSを発売日に合わせ4本投稿します。お楽しみいただけると嬉しいです。詳しくは、活動報告でhttps://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/2929963/blogkey/3590670/
sideダニエル
学院での記憶が、最近は特に胸を刺す。
王太子や学院で仲良くなった友人から聞いたシルヴィの悪い噂。噂を信じ、正義を気取った。自分は正しい側に立っている。そう、疑いもせずに信じ込んでいた。シルヴィのことは視界にさえ入れなかった。
父と母の言葉さえ忘れ、信じることから、逃げたのだ。その選択が、今になって間違っていたことに愚かにも気付いてしまった。俺が学院で「正義」を語っていたその間も、彼女は、この地を守るために力を振るい続けていたのだそうだ。
父と母が救われていた時間。
領民が、恐怖なく眠れた夜。
そのすべてを気にすることなく、王都でおだてられ浮かれていた自分。
◇
剣を握る手が、震える。連日の討伐で気は張っていたが、身体は正直だった。腕は重く、足は思うように動かない。だが、疲労のせいだけじゃない。日々を重ねるたび、後悔と羞恥が指先まで満ち、それが震えとなっている気がした。
それでも、この地に立っていられたのは、頭の奥で、何度も繰り返される、あの日の両親の姿があったからだ。
「領地を守れ」と叫んだ、やつれた果てた父。
涙をこぼしながら、息子を恥じた母。
その声と表情は、夜、眠っている俺を叩き起こす。簡易の寝台に腰を下ろしても、瞼を閉じることはできない。
耳は常に外の物音を拾い、指は無意識のうちに剣の柄を探している。
夜、闇に沈む領地。静かすぎる夜ほど、次の悲鳴を想像させて、俺が眠ることを許してはくれない。これは、罰なんだ。
今日も、そうやって夜が過ぎていくと思っていた。
しかし、外から、慌ただしい足音が近づく。扉が叩かれ、返事を待たずにいきなり開いた。
「失礼します! 辺境の森で、強い聖力反応が……! 魔獣が、一気に消えています!」
息を切らした兵士が、肩で大きく呼吸しながら、そう告げる。
聖力、だと?
一瞬、意味を理解できなかった。まさか。そんな都合のいい話が、あるはずがない。いや、だが。
否定と期待の言葉が交互に喉まで上がり、その都度、飲み込まれる。考えるより早く、俺は立ち上がっていた。壁に立てかけていた剣を掴む。
「案内しろ!」
短く命じ、外へ飛び出す。闇の残る森へ俺は、剣を手に駆け出した。夜気が肌を打ち、肺に冷たい空気が一気に流れ込む。
◇
たどり着いたときには、もう夜明け前になっていた。
血と土の匂いが入り混じる中心で、俺は、それを見た。魔獣の骸が、折り重なるように横たわる丘。その中から、立ち上る澄みきった光。結界を構築する光が、夜を押し退けるように、静かに、確かに、空へ広がっていく。
そして、そこに、彼女はいた。白い外套を纏い、額に汗を滲ませながら、祈るように大地へ手を当てる、シルヴィ。
その隣には、残存の魔獣に無言で剣を構える男の姿。アランだ。
夜明けの気配の中で、その光景は、現実とは思えないほど、美しかった。
……来てくれたのか。けれど、どうして。
誰にも届かない声が、喉から零れた。いや、本当は分かっている。結界を張り直すために、ここに来たのだ。
父と母のために。
シルヴィを、娘のように可愛がっていた、あの二人のために。俺のためなんかじゃない。俺に、今さら声をかける資格などあるはずがない。今すぐ駆け寄って、手助けをしたいと願う資格さえも。
ただ、遠くから見つめることしか、許されない。
浄化の光は広がり、やがて同時に結界が、再構築されていく。
淡い光の中で、シルヴィは一度も、こちらを振り返らなかった。隣に立つアランが、ふと視線をこちらへ向け、小さく何かをシルヴィへと告げる。
俺が、ここにいることを、きっと、伝えたはずだ。それでもシルヴィの視線は、ただ大地と結界に向けられたままだ。
彼女は、俺を必要としていない。
それは、痛いほど正しい現実。正しいからこそ、胸が、どうしようもなく軋んだ。守るべきものを見誤った代償は、こうして後悔という形で返ってくる。
やがて小さくなっていく二つの影を、ただ見送り、俺は、くるりと背を向ける。振り返る理由は、もう、どこにもなかった。
そうして、家路についた。
門の前で、父が待っていた。その表情は、厳しいままだった。
「結界が、再構築されました……」
父の顔を見ながらそう告げた途端、声が震え、涙が溢れた。
「……そうか」
短い返事。
父の視線は俺から逸れない。俺への怒りが消えたわけではない。領主として、父として、許せない思いも、きっと残っている。それでも。
「よく、今まで頑張ったな」
低く、絞り出すような声だった。父には分かっているだろう。俺が名前を出さずとも、結界を再構築したのがシルヴィだということも、その理由も。そして俺が、どれほど自分を責めているかも。
「今日は、ゆっくり眠れ。……お前の母が、スープを作っている。身体を温めてから、休むといい」
俺は堪えきれず、顔を伏せる。
父は何も言わず、ただ肩を抱き寄せる。許しきれない気持ちと、それでも突き放せない想いを、その胸に込めているのだろう。
止まらぬ涙を拭いながら、俺は、母の待つ部屋へと歩みを進めた。




