第62話 アンディさんの事故
「あの」日からレイナの態度は明らかにおかしくなった。
いや、見た感じはいつも通り。
でも、どことなくあたしに、よそよそしいの。
練習もきちんとする。
会話も普通にする。
あたしの思い過ごしかもしれない……。
でも、やっぱり、どこか違う気がするのよね。
うまく言えないのだけども。
そんな中だったが、城下町には様々な変化が起きていた。
様々なレストランが、それぞれにステージを開催するようになったの。
あっちでも、こっちでも。
ゴードンレストランの成功にあやかりたいと思ったに違いない。
あたしもこっそりと幾つか見に行ったんだけど、バックバンドを揃え、素人と思われる歌い手さんを連れてきて歌わせていた。
でもね、違うのよ、それでは……。
歌手が、下手だからいい、なんてことはもちろんない。
ただ一生懸命歌うからいい、なんてものでもない。
音程が合うこと、リズムがきちんと取れること。
これは最低限のことね。
いくら可愛かろうが、カッコ良かろうが、そのことを忘れてはならないの。
ただ、全部きちんと音程が合う必要はないし、リズムが完璧である必要はないってこと。
この違いを、みんな間違えている。
合っていないとわかってるから、合わせようと頑張る。もっと良くなろうと頑張る。
歌なんだから、当り前のこと。
それをウワベだけの踊りや仕草でごまかそうとしたって、見ている人にはすぐわかっちゃう。特にこの街の人なら王立楽団を見ているもの、耳はとても厳しいわ。
手を抜いちゃってるって、すぐに思われちゃうのよ。
しかも、急造のバックバンドで、演奏も大したことがない。
ハンサムボーイズが、どれだけ真剣にアレンジやリハーサルをしてるか知らないんでしょうね。
歌い手が「歌手としての実力」がないところを、頑張って補う。
ガリアさんみたいなエンジニアの人にまで協力してもらって、いいステージを作ろうとする。
だからこそ、歌い手の「歌だけではない魅力」を引き立たせることが出来る。
アイドルって、観客も含めて、そうやってみんなで作り上げていくものよ。
で、面白いことに、なんていうのかしらね、人気投票みたいなのがあって、結果が張り出されてた。
一位はなんと、レイナだったわ。
二位は乙女隊。
三位以下はしばらく離れて、他の女の子が並んでた。
驚いたのが、メイシャが17位……。なんでよ、と思ったけども、色々と調べてみると、かわいいというより、綺麗すぎてちょっと違う、みたいなことらしいの。
勝手なもんよね。
まぁ、確かにアイドルっていうよりも、戦士に近いところはあるから……。
ただ、メイシャのファンは、どうやら熱狂的らしい。
それは、わかる気はするわ。
で……。
ちょっと!
――なんで私は入ってないのよ!!
そう思ってあちこち見たら、あたし、別枠で「歌の女神」なんだって……。ランクに入れてくれなかった。もうっ!
だ・か・らっ!
あたしは神じゃなくて、アイドルになりたいんだってば!!
◆◆◆◆◆
その投票結果が張り出されてから数日後、山の中で崩落事故が起きたらしい。
死者が何人も出る、かなり大きな災害だったようなの。
ガス油田を採掘するために山を掘って採掘をしていたところ、引火して大惨事になったんだって。
で、その中にアンディさんがいたと、お店のお客さんが教えてくれた。
幸い命には別条がなかったんだけど、ひどいケガを負ったそうなの。
きっと日々の暮らしのために、炭鉱夫として働いていたのね。
一度は仲たがいしてバンドを抜けた人だったけど、今でもアンディさんの曲を演奏しているし、組んでいた時の恩は忘れてない。
あたしはみんなを連れて、病院へお見舞いにいくことにした。
アンディさんはベッドの上で、元気そうだった。
そして、あたしたちが来たことを、とても喜んでくれた。
もちろん、最初はバツの悪そうな顔をしていたけども。
「でもアンディさん。あれだけの事故で驚いたけど、無事そうで良かったわ」
「いやいや、まさか心配して来てくれるなんて思ってもみなかったよ」
「退院はいつ?」
「3週間くらいかなぁ?」
元気そうではあったが、やはり大事故。すぐに退院できるようなものではないのね。
「いやぁ、この入院も、みなさんには大いに助けられたんだ」とアンディさんは、帰り際にぼそっと呟いた。
どういうことかと聞いた私に、アンディさんは遠い眼をしながら答えた。
「実はね、土砂に飲み込まれた時に腕をやられてしまってね……。お医者さんの話では、もう右手は動かないだろうと」
「それって……?」
「そう。もう二度とカサーマは弾けない」
私は言葉が出なかった。みんなも黙ったままだ。
「みなさんが演奏してくれて、お金が入るからこの病院にも居られる。でもね、お金だけじゃないんだ。私が作った曲はみなさんが演奏してくれている。それに……、もちろん、もう私が演奏することは二度と出来ないだろうけど、あの時に演奏したことを、今でもちゃんとこの体は覚えてる。実に、楽しかった」
アンディさん……。
「色々と言ったり、やってしまったことは、本当に申し訳なかったと思っているよ。今となっては取り返しのできないことだったなぁとも」
私は「演奏できなくても、作曲ならまだ出来るじゃない!」と言った。
それもそうだな、とアンディさんは笑ってくれた。
あたしたちは、色んな人の人生や思いを乗せて、精一杯活動していこうと誓った。
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