Ep.1
春独特の柔らかい光の中、眠気を誘う心地よい風が吹き抜ける。冬の間寒さに耐えていた草花が一斉に芽吹き、川辺の土手や田畑が一面緑の絨毯となる。県道を走る車は窓を開けその春を取り込み、道を歩く人たちは、ぽかぽかした春の陽気を体で受け止めていた。
海の波は穏やかに、水面をキラキラと光らせて、田んぼの間を縫うようにして走る小川では子供たちが網を片手に何かを取っていた。
県内でも有数の規模を誇るこの市の名は、小白市。
駅前を中心に賑わいを見せ、オフィスビルや商業ビルが立ち並び、大型ショッピングモールをはじめ映画館などの娯楽施設、全国展開している数々のチェーン店などもこの市に集まってきている。郊外には閑静な住宅地が広がり、さらにその先は長閑な田園や青々とした自然残る山々が中心地を囲っている。海側が南、山側が北となり小白川は東側にある。東西ともに田畑が広がり、その視界を遮るものはない。
北側に位置する住宅街に最も近い山、その名を琥珀山と呼ぶ。ここから流れ出る水は小さな川となり一級河川である小白川と合流する。この市の名前と漢字は違えど読み方が同じなのは、この山の中腹に位置する神社『琥珀神社』に祀られている神からとったものだからだ。しかし今この地域に住む人はこのことすら忘れてしまっている。
山の入り口に立つ鳥居をくぐると森を切り開いたような参道が続き、足元は黒く艶のある玉砂利の道で、足を進めるたびに小石同士がこすれ小気味よい音が鳴る。周りを見渡すとそれなりの太さを持つ木々が参道の端を固めるように生え、葉の間から漏れる木漏れ日が、昼間にしては少し暗い参道を照らしより幻想的な雰囲気になっている。やがて所々苔むした階段にあたり、半分ほど登ったところにある踊り場のわきには両腕でも抱えられないほどの太さを持つ木が二本立っており、その間の道は森の中へ消え、二つの木を結ぶ注連縄は、まるで境界線のようにしてその道をふさいでいた。反対側には灯篭が同じように立っておりその間もまた縄でふさがれていた。さらに登っていくと徐々に日の光を感じられ青空が見れるようになる。階段の終わりには山の入り口より少し小さいくすんだ朱色の鳥居。少しばかり広く作られた石畳の参道は、両脇に土が被り黒ずんだ玉砂利の隙間から雑草が生えている。右側にある手水舎も水が枯れ落ち葉が溜まり、柄杓もない。左側には辛うじて社務所だとわかるようなひどい有様の建物、さらにその奥には二つの倉が見えた。敷地全体を見ても手入れが行き届いているとは到底考えれず、一番後方に控えている建物が『琥珀神社』である。一般的な家屋よりも大きな拝殿がありその後方に本殿が続いている。きっちりと手入れされていたならかなり荘厳な雰囲気を感じられる神社だが、木でできた格子は所々朽ちて穴が開いており、賽銭箱にはコケが生え、廻り縁と呼ばれる外側にある縁側のようなところは長い間風雨にさらされ、かなり傷んでいた。本殿と拝殿の間は榊が瑞垣となって周囲を囲んでいるがこちらも長らく手入れがされていない。
そんな神社の裏手側にソトからは見えないお屋敷とも言うべき建物があった。外観は神社同様とまでいかなくともそれなりにボロボロ。だが外からの見た目とは裏腹に室内はそこまでひどい状況ではなかった。十畳一間の部屋には必要最低限の家具。箪笥、姿見、座椅子、部屋の隅にある小さめの座卓..そしてその上に謎の封筒が置かれていた。
そんな部屋の中央、畳の上に広げられた布団の中で眠る少女。その顔には若干の恐怖が張り付いていた。
時刻は朝の8時30分をまわり、太陽の穏やかな光が縁側のガラス戸を通り部屋の障子に当たる。かなり弱まった光だが部屋で寝ている少女の目を覚まさせるのは十分だった。
「...んぁぁ...ん?」
ゆっくりと目を開けた少女の目に入ってくるのは、本来自分が起きてすぐ目にする合板の天井ではなく、本物の木を使った天井。続いて鼻腔をくすぐるどこか懐かしい畳のにおい。
「ここ...は...???」
横になったまま周りを見渡す少女。しかし目に入ってくるのは自分の部屋の風景ではなく全く知らない部屋。障子や襖があり、ベッドではなく布団。ここまで確認した後その顔は徐々に恐怖に染まっていく。慌てて飛び起き状況を理解しようとする少女
「..そう..だ...確か俺はいきなり意識が飛んで...あの四人目...なんだった..んだ...?」
その容姿に似つかわしくない口調でそこまで呟いたあと、改めて周りに視線をむけ、己の姿を姿見にとらえる。映ったのは黒髪セミロングの少女。まさに自分のど真ん中を打ち抜く破壊力絶大な容姿を持つ「美」が付く少女だった。たっぷりと鏡の中と見つめあう少女そして....
「これは..夢だ..そう..夢に違いないんだ..」
とてつもないスピードで布団に潜り込み現実逃避を始めた。そのまま数分の時が流れ...いつまでもこのままでは埒が明かない、と再び布団から這い出ててくる。そして座卓の上に置かれた封筒を手に取り、しげしげと眺めてみる。宛名も書かれていなければ差出人の名前も書かれていない。
「これは...?」
恐る恐るといった感じでそっと封を破り中に入っている内容を確認する少女。最初こそ、おっかなびっくりと読んでいたものの読み進めていくうちに不機嫌さが顔に出てくる。しかしある時を境にその顔は突然いたずらっ子が浮かべるような表情になる。
「...ここに勝手に連れてきたお返しは後で倍以上にして返すとして...これは面白い反応が見れそうかも。したら話し方を変えて...名前は..鈴でいいか」
割と昔から癖になっている独り言をつぶやきながら、なってしまったものは仕方がないと割り切る鈴。これから起こるであろうことに思いを馳せつつ行動を開始する。
「まずは着替え...」
鈴が身に着けていたのは浴衣のようなものに下着。旅館での姿そのままである。少女の裸に多少思うところがあったり、そもそもいつ下着なんて履いたんだ?これは誰かの体に憑依したのか?などといった疑問も沸いた鈴だが、これからの二人の反応を見るためには時間が惜しかったのだろう。すべて棚上げ、後回しにして早速箪笥を開ける。ところが中に入っていたのは替えの浴衣、下着、巫女服数着のみ。もちろん今まで巫女服なんて着た事あるわけない。
「しょうがない...か。別に外に出るわけでもないし」
結局着替えるのはあきらめ、封筒だけを胸元にしまい込んだ。
「さて、と。ほんじゃぁ、行きますかね」
顔に微笑...というより、意地汚い笑みを浮かべ移動を開始する。古い建物なのは一目瞭然で一歩踏み出すごとに木がきしんで音が出る。縁側をなるべく音を立てないようにゆっくり、そして素早く移動していき、隣の部屋の前に到着。耳をそばだて、まだ目が覚めていないことを確認した後、音を立てないように障子を開け、お目当てのものを探す。案の定座卓の上にあった封筒を発見し、そっと部屋に忍び込む。
(へーこんな顔してるんだ...これどっちだろう?)
まだ布団の中で寝ている少女の顔を眺め、内心に疑問符を浮かべつつそっと回収し、部屋を出ていく。次に鈴が向かったのは先ほどとは反対側の部屋。同じように回収していき...
「我、敵偵察機(封筒)を撃墜セリ、みたいな?」
部屋を出た後、誰に聞かせるでもなくそうつぶやいた。
「うわぁぁぁ?!」
そのまま屋敷内を探索すべく足を勧めようとした鈴だが、悲鳴にも似たような声で引き留められた。その声は最初に入った部屋から上がっていたが、どこか歓声じみたように聞こえ、鈴は若干あきれ顔になる。
(喜んでるのかよ...中身が問題だ...)
そのまま反対側へ行き、障子の前で一呼吸する。
(ここからが本場、女の子になりきらねば...ここでばれたら、そう大したことのない努力が水の泡になってしまう)
早くなった心臓と共にゆっくり障子を開けていく。そして鏡の前で己の姿を確認していた少女と目が合った。少女の顔は戸惑いがありありと浮かんでいたが、口はしっかりと笑っていた。その少女は幼女、とでも表現すればいいほどの可憐さ、というよりも可愛さを持っており、肩より少し下まで伸びた髪、少し丸みを帯びた輪郭は、より幼さを引き立たせる。
「ええと、あの、、」
しばらく見つめあったのち最初に口を開いたのは顔を戸惑いから困惑に代えた少女のほうだった。自分の声が聞こえていたことが分かったのか少し顔が赤くなっている。
「ここって...どこです「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!?!」...か?」
少女の声にかぶせて屋敷中に響き渡る叫び声。目の前の少女はびっくり顔であたりを見回している。
(目覚めるの早すぎませんかねぇ?もうちっと寝ててくれてもよかったのに)
これじゃ一人ずつ揶揄えないと、鈴は二人が起きるタイミングの悪さに、どこかあきらめたような表情になった。二対一ではさすがに分が悪いと踏んだようだ。
「とりあえず、あっちも連れてきましょうか」
こっちをずっと見ていた少女に、鈴はできるだけ余裕があるふりをして声をかけ、再度声のした部屋に向かっていく。後ろからは少女が緊張した面持ちでついてきた。部屋の障子を開けると、鏡の前で固まっている女の子と目があった。鈴よりも髪が長く背が高い。顔もだいぶ大人びており一番年上に見える。
「なにこれ...」
後方からのボソッとした呟きを耳に入れつつ鈴は、これからどうしようか割と真剣に悩んでいた。
そのまま部屋の中に入り、三人で輪を作る形で座る。ただどちらかというと鈴対二人のような構図に見えるのは気のせいではない。
向かい合ったまま誰もしゃべらない。たまに目を向けてはすぐにそらす。その場になんとも言えない気まずい空気が流れた。
「と、とりあえず、自己紹介でもします...かね?」
このままでは面白い反応が見れないと、この重い空気に臆されつつも口を開く。鈴の中ではもうどうにでもなれ、とあきらめの念が浮かんでいた。対して二人は自己紹介と聞いて慌てて何かを考え始める。そんな二人を見て鈴の口元がニヨニヨしだす。
「私は鈴と言います。見ての通り巫女です」
あくまで淡々と、短く名前を言う。理由はこの場にいるのがそれぞれよく知っている仲である、ということを悟られないようにするため。つまり初対面のふりをする必要があるからである。
なお、見ての通り巫女、といっても別に巫女服なわけではないので、その信ぴょう性は限りなくゼロといっていい。
「貴女は?」
鈴は顔を背の低い少女に向けながら問う。いよいよ、行き当たりばったりの攻撃が開始された。
鈴から名を問われた少女は何かを答えるような素振を見せるものの結局口にでず、何か自分に言い聞かせるような独り言をもごもごと言った後俯いてしまった。これを見て更に話しが進まなくなった鈴は助け舟をだした。
「ま・え・の・名前でいいですよ」
前の、という鈴の言葉で二人は互いに顔を見合わせる。それはここで言っていいものか?という様子が感じられた。二人とも今の姿で会うのは初めてのはずなのに似たような境遇だというのは悟ったと見える。やがて観念したのか最初に鈴から名を問われた少女は口を開いた。
「俺の名前は...翔、です」
おおよそ少女から発せられる一人称ではない言葉が飛び出るが、この言葉に反応したのは「元」翔と名乗った少女の隣に座る人物だった。
「え?翔って...よく三人でバカ騒ぎしていた、あの?」
驚きに顔を染め若干嬉しさの滲む声で確認する長身の少女。
「え?そう..だけど?」
「よかった、、俺..名前は智和です」
知った人物が隣にいる安心感からほっと息を吐きながらその名を口にした。
「ふむふむ...」
あくまで初見のふりをし続ける鈴は笑いをこらえるのに必死である。
「えっ、智和ってまっすー?」
「そうそう」
「じゃあまっすーも目が覚めたらここにいてこんな体になってたわけ?」
「そうなるね、うん。そこまで小さくなって無いけどね」
「うるせっ、そっちがデカくなりすぎてんだよ。主に一部分!」
「好きでこんなになってねーわ!」
二人は鈴を放って会話を進めていく。空気扱いされている本人はというと...
(この反応が見たかった~)
と、終始ご満悦である。
やがてお互いの確認が済んだのか二人は再び鈴に向かい直る。その眼は、もしかしたら...この人は、、というよう疑問がこもっていた。
「...睦?」
そうつぶやく智和。しかし確信は無いようでその声は小さかった。もし睦本人なら先程の会話に入ってくるはずだからだ。
「ん?何か言った?」
当然、あえて本性を伏せる鈴。まだまだ面白い反応が見れると踏んだための行為である。
「あっいや何でもないです。ところで、もう一人いませんでしたか?」
この一言で違うと判断したのか智和は話題を変えていく。少し焦りが見えるのも気のせいではない。
「確かにね..俺たちがいるのにあれがいないのはちょっと腑に落ちないものがある」
さりげなく睦を「あれ」扱いする翔。だがその顔にはわずかながら寂しさが表れていた。
「さぁ?聞こえた悲鳴は二回だったけど?」
鈴はそのことに少し罪悪感を感じつつも否定するような言葉を投げた。
「そう、ですか」
「まぁもう一人云々はとりあえず置いといて、これを生み出した元凶様にあいさつ(物理)をしに行きましょうか」
一先ず気が済んだのか鈴は、行動を次の段階に移した。
「元..凶とは?」
(物理)が悟られているか、いないかは定かではないが、どこか戸惑ったように質問する智和。翔も同じく疑問顔である。
「ここの一応神様だと思う。ただ、いきなり訳分かんない状態にしてくれたのは間違いない」
だんだん不機嫌になっていく鈴の顔に引き気味になる二人。二人の反応を見れたのは良かったが、それとこれとは別問題である。
ただ智和にはまた別の疑問が浮かんでいた。
「...」(訳わかんない?俺たちと同じか?)
「...」(いや...神様相手にあいさつ(物理)とか、やっちゃダメでしょ...いや、でも今回のことを考えれば...これは正当な行いかも?)
翔は鈴の顔をみてあいさつの裏の意味をしっかりと見抜いていた。そして自分もさりげなく参加しようとしていた。
「さて、行きましょう」
鈴の発言にどこか不吉なものを感じつつ後ろを追っていく二人。ただ内心は別々であった。一人は無事に終わりますように、と。もう一人は神様って物理攻撃効くのか?などと考えていた。屋敷の中を若干迷いながらなんとか玄関にたどり着き草履を履き外に出る。既に疑いの目が厳しくなった気がするが勤めてスルーした。表の門は手入れがされていないためボロボロに見えるが作りはしっかりしている。開け方も分からないため縁側から見えた通用門から本殿を目指す。榊の小道を挟んだ本殿裏の通用門をくぐり拝殿に向かっていく。この間三人は無言である。そして拝殿の戸を開けた先には予想外の存在が待っていた。
「これは...」
意外なものを見た、とでも言いたげな呟き。これを発した本人こと鈴は目の前の物体を見て勝ちを確信した。
「ん?目が覚めたか」
見た目とは裏腹に随分とフランクな口調。鈴の後ろの二人は固まったまま口を開けていた。
「貴方が今回の元凶さん?間違いない?」
いまだ横になったままの物体に声をかけ確認を取る。その顔には黒い笑みを浮かべ、相手がYESと答えれば、すぐにでも飛び掛かろうとしていた。
「元凶...間接的にそうなる要因で、結果なってしまったことを考えればそうなrって!?」
こちらに顔を向けながら立ち上がろうとしたところで、鈴は最後まで言わせるかとばかりに走り寄る。拝殿の床は所々傷んでいたが走るときの衝撃で穴が開く、ということはなかった。ミシミシと音を立てながらそのまま距離をつめ大きく足を振りかぶり...素早く振り抜いた足は空を切った。
「って何するんじゃわれぇ!?」
強い殺気を感じすぐさまその場を移動した金色のナニカ。体長約2メートル、とがった耳にフッサフサの尻尾を持つ生物。
『狐』
イヌ科亜種、雑食性で半夜行性。日本人ならこれと稲荷神社を連想するものは少なくないであろう動物。
その狐を大きくしたもの、おそらく人に見せれば口をそろえて妖狐だ、というもの...が、驚きに顔を染めてこっちを見ていた。
「何するもこうするも、ただ気のすむまでお返しするだけですよ」
さも当たり前のことであるかのように返す鈴。
「ほほう、小娘ごときがこの俺に喧嘩を売るのか?」
口ではそう返すものの、いきなり蹴りをかましてきた鈴にどこか腰が引けている。
「さて、では自己紹介、と。倒す相手の名前を知っておきたいですからね。私は鈴です。なんか目が覚めたらここにいました。いきなり連れてくるとはいい度胸してますねぇ?その奇行はそれ相応の覚悟があってやったと受け取って構いませんね?...しっかりと報いてもらいます!!」
「私は旧名を翔!同じく目が覚めたらここにいた。わけもわからずこの場にいるが元凶がお前ということははっきりしている!おまえは完全に包囲されている!おとなしく投降しろ」
「.........旧名智和。他二人と同じく目が覚めたらここにいました。何でもいいけど平和に終わってほしいです」
さりげなく参加してきた翔に、このノリについてかなきゃダメ?みたいな感じで乗っかってきた智和。思わずといった感じで鈴に笑みが浮かぶ。
「さて狐さんあなたの名前は?」
黒い笑顔のままこめかみ周辺に青筋を立て、じりじりと距離を詰める鈴。その後ろには翔が続き、さらに後ろに智和がいる。
「えっと...ええと、この辺り一帯を治める神、名を琥珀。一先ず詳しい説明がしたいのだが...」
十分な威圧を含め放たれた言葉だが効果はなく、鈴の歩みに合わせ一歩ずつ下がっている。
「大体なんも知らないって、それぞれの部屋に封筒を...うわあっ!!」
鈴からのベアハッグにより琥珀の言葉はさえぎられた。後ろ二人は琥珀の言葉を聞き、どこかつっかえた表情をしている。
「そう..琥珀。じゃ、いくよ?」
「いやいやいや!?もう来てるっ!!??」
再度ベアハッグを慣行。躱したと思った琥珀だが想像以上のスピードで尻尾を掴まれてしまう。
「問答無用ぉぉぉぉ!!!」
鈴は捕まえた尻尾に向かってフルモッフを強行する。
「なんか分かんないけど面白そう!」
チャンスと見た翔は追い打ちをかけるべく、目標に駆けだした。幼女とも見れる少女が黒い笑顔をしているのはいろいろな意味でインパクトがある。
「いやだぁぁぁぁ!!」
琥珀の涙目になりながらの断末魔を聞きながら唯一その場を動かなかった智和は「何の茶番?これ...」とつぶやいた。
智和が茶番と称した琥珀の命を懸けた戦いは鈴側の勝利で終わった。琥珀は隙を見て抜け出し、拝殿中を逃げ回っていたが、そもそもあまり広くない中で、鈴と翔の見事なまでの連係プレーが重なれば、追い込まれるのは必然だった。捕まった琥珀は鈴にいやというほどもみくちゃにされた。逃げ出すたびに部屋の片隅に追い込まれ、後ろ脚の間に尻尾を丸め、目に一杯の涙を浮かべながらウルウルと下から目線で見てくるその様はほんとに神か?と疑うほどだったとか。
「なぁ、やっぱり睦じゃないよな?」
ひと段落した後、鬱憤をきれいさっぱり発散した鈴にどこか確信をもって再度尋ねる智和。これにしばらく迷った鈴は、沈黙をもって答えた。回答がないことを他所に智和は続ける。
「ここに来た奴の共通点が、と言っても二人しかいないが、昨日おかしなことが起こったこと。そして目が覚めたらここにいたこと...」
「さらにさっきあの狐が言っていた手紙、あのことについて君は知っていた。僕たちのそばになかったのは誰かが回収したから」
突然会話に入ってきた翔が言葉をつなげる。
「でもそれはあくまでも、でしょ?」
振り返らずに最後の楽しみとばかりにこの瞬間を楽しむ鈴。もうばれていることに確信を持っていた。
「そして何よりの根拠は...」
ここまで翔がつないだとき、二人で目配せをしたのち声を揃えて、雰囲気が同じだと言ってのけた。
「正確には三人でいるときのってことだけど。別人の感じじゃなかったし」
翔は口元に人差し指を持っていきながら目線を斜めに向ける。昔からの彼の癖だった。
「そうそう、どこか懐かしい感じがしたよ。昔の時の、な」
智和は今だ背を向けている鈴に笑顔を向けながら過去を振り返る。
これには鈴は観念しました、とばかりに両手を上げた。本当にこの二人には敵いそうにない。
「降参。そう俺だよ、睦。ってあり??」
鈴は両の手を緩く上げたまま振り向いた。その顔は、満面の笑みをたたえていた、が二人の顔を見て汗が一筋頬をつたる。
「つまり、お前は最初から全て知っていたな?」
笑顔で鈴に詰め寄る智和。
「俺たちをだましていたと...ふむ、どうしてくれようか?」
同じく笑顔な翔。そしてじりじりと後ずさりしていく鈴。ある程度距離が離れた所で振り返り、逃亡を図る鈴の肩が、それぞれがっちりホールドされる。
「「どこ、行くの??」」
振り返ると肩をつかむ二人の姿。笑顔のはずなのに、鈴を得体のしれない恐怖が襲う。
これは、終わったかもしれない。
「「ゆっくり、お・は・な・し・しようか?」」
「ひっ....ひやぁぁぁぁぁ!!」
引きずられるようにして部屋へ連れてかれる鈴。その悲鳴を聞いていたのは、いまだ復活しない狐だった。