Ep.2
暦上では春と言ってもまだまだ寒さが残る昼下がり。すきま風こそないものの、廊下から来た冷気が襖の隙間からしっかり漏れてくる。鈴は持ってきた布団を肩までかぶり、襖を開けた人物に口を開いた。
「とりあえず、お主等の名前を決めなくては」
「いきなりどうした?しかも何?その話し方?」
茶の間の襖を開けた智和に、開口一番二人の名前を決めようと、少し変なしゃべり方をしてみたが、案の定微妙な返事が返ってきた。
今この場にいるのは、鈴と智和。茶の間にあったこたつで向かい合っている。翔は珍しく二度寝すると言って布団で熟睡中である。
先ほどあった鈴対二人のお・は・な・し、のことはすでに頭から消え去っていた。ただ、琥珀神社から鈴の悲鳴にも似た笑い声が長らく聞こえていたらしい。他二人によると、ひたすらくすぐり倒しただけとのこと。
「いや、今の姿で前の名前で呼ぶとか、寒気がするので」
「まぁ、それもそうか」
「と、ゆーわけで。今から御主の名前を発表するのじゃ」
「ってもう決定済みかよ。お前ぜってー変な名前にするだろ」
「大丈夫だって。んじゃ発表します...御主の名は、瑠璃じゃ!」
「...思ってたよりひどくなかったわ。てかそのしゃべり方マジで何?」
「ん?ノリ?」
「いや、そういうことじゃなくて」
いまだに変な話し方のままの鈴に若干引き気味に質問する智和だが、返ってきた言葉に少しあきれる。
鈴はそろそろやめろって言ってくれないかな、と淡い期待してみるがここまでくるとスルーされることをよく知っている。
「ん~容姿も変わったことだし、新しい口調を見つけようかと」
「でも、さすがにそれはないわ」
「デスヨネー」
「うん、昨日のままでいいと思う」
「そっかな~?まぁいっか。それで私のつけた名前、採用してくれる?」
鈴は少し首をかしげながら聞いてみる。どことなくぶりっ子のような口調になったのはそれ以外を知らなかっただけである。
「うん..採用するが...見た目はいいけど、中身を知っているだけにすげー気持ち悪い」
「自分でやってみてもそう思うわ」
鈴の行動に割とガチで引く瑠璃。それに対し鈴本人は特にダメージを受けた様子もなくその言葉を肯定した。
「ん、そういえば琥珀様は?」
ここの一応は神様で鈴と翔に叩きのめされた(もふられた)琥珀はまだ起きてきていない。
それはそうと、彼女だけは琥珀のことを様付で呼ぶことにしたようだ。
「さぁ?まだ寝てるんじゃない?」
「いや、寝てるんじゃなくて起き上がれないだけだろ...お前らがあんなことするから。ってか神様って寝るの?」
「知りませんよ。神様じゃないんですから」
「いきなり口調変えるなよ...聞けなかったことを聞きたかったんだけど」
「結局あいつ(琥珀)ダウンしちゃったしねー」
「お前のせいでな」
「たはは...」
高校、大学と、暇がなかなか取れずこんな風にゆっくり話をすることができなかったため、その後も他愛もない話が続き、どこか懐かしく穏やかな時が流れる。
暫く二人が雑談に花を咲かせていると、翔が襖を開けて現れた。
「二度寝ってかなり久しぶりだけどやっぱいいものだねぇ」
「意外と早かったね、翔君」
「ほんとだな。もう少し寝てるかと思った」
「やっぱり目が覚めてなー。てか、え?何その睦のしゃべり方」
鈴のしゃべり方に何やらニヤニヤしながらこたつに入る翔。
すでに二人向かい合っていたため足を入れるスペースは二人の足の上にクロスするしかないのだが、翔自体、身長がかなり小さくなっていて、特に問題なくこたつに入ることができた。
「瑠璃にも話したけど、新しい口調を見つけようかと」
「まって、瑠璃って?」
智和が瑠璃と呼ばれ若干困惑する翔。
「???まっすーのこれからの名前だよ?」
「いや、そんなこと聞いてない。自分でつけたの?」
「こいつ」
翔から目を向けられ鈴を指さす瑠璃。その眼はしょうがないから採用した、とでも言いたげだ。
「へー、んじゃさー俺にも頼む」
「おーけー、ちょっと待ってね。考える」
そのまま鈴は目を閉じ考えだす。その間翔は瑠璃と会話を交わす。
「こいつ、この口調のままいくの?」
鈴は先ほどからどこか間延びした喋り方をしており前とはだいぶ印象が変わっている。そんな鈴に翔は面白いおもちゃを見つけたような顔をして智和に問うた。
「さぁ?気に入ればそのままなんじゃない?」
「そっかー俺的には中身云々置いといて今のままが好みなんだけど」
「よく置いとけるな。中身あいつだぞ」
「いや、姿は良いですし」
姿さえ良ければ中身は割り切れる翔に瑠璃は苦笑いするしかなかった。それとともに智和は翔の趣味趣向の一端に触れた気がした。
「よし、決まったよ」
そうこうしているうちに鈴がドヤ顔を決めて顔を上げた。
「結構かかったねー」
「ドヤ顔するなし」
「まぁまぁ。いろいろ考えた結果、翔の名前は...有希に決まりました!」
「その心は?」
名付けられた本人、翔はまんざらでもない顔をし、その名の由来を聞いてきた。
「特にないよ」
「え?ないの?まぁーでも気に入ったかなー」
翔改め有希はこの姿につけられた名前を小さく何度も呼んでみる。さながらゲームのキャラクターであるアバターに名前を付けたときのように名前と体が自然と馴染むように感じられた。
「じゃあ、あの考えてた時間は何だったんだよ」
「あの時間は...ボーとしてた」
軽く照れ笑いをする鈴。もし中身を知らない人が見たら、思わず見惚れるだろう。だがしかし、今ここにいるのは全員がお互いの中身を知っている。よって反応は一つ...。
「うん、中身知らなかったら付き合う可能性大。」
「ひょっとして翔..有希はこれみたいなやつが好み?」
見た目的にも本人的にも今後はこっちの方がいいのか、などと考えながら智和改め瑠璃は有希の名を口にした。
「人をこれ扱いとは....」
「中身知らずに、俺が男だったらね」
「瑠璃ねぇは?」
「瑠璃ねぇ、ってなんで?」
瑠璃のかなり驚いたリアクションに鈴は少し面食らう。前々から智和は保護者役だったのだ。特に変なことではない、と鈴は思う。瑠璃からしてみれば、幼馴染から年上扱いを受けるのは若干不本意ではある。
「え?だって一番背が高いし、胸でかいし。それにもし今後、人と会うことがあれば関係性を説明するときに姉妹っていったほうが何かと便利だし?」
「うーん確かに瑠璃ねぇも悪くないんだけど...別に友人関係ですーで良くない?」
「胸は関係ないだろ!これ何かと苦労する気がするぞ?」
「うるさい、あるからそんなこと言えるのだよ。板への当てつけか?」
背が高いのと胸がでかいので姉認定された瑠璃が、胸の部分だけ訂正しようとしたが、目ざとく有希が反応。さりげなく瑠璃ねぇ呼びは確定したようである。
まだ一日とたっていないのにも関わらず、早くも有希の中でコンプレックスができているらしい。
「と、言う訳で苗字は『稲川』を使ってくださーい」
「なんかお前、慣れるの早いよな...」
「ん?そうかな?」
そうだ、と瑠璃が続けようとした時、あっ、と鈴以外の二人の声が重なった。
「ん?」
鈴は襖に背を向けていたため気が付かなかったが、二人の視線の先には、音もなく開いた襖の向こうにいる金色の生物に注がれていた。
「あ、琥珀」
鈴が振り返り琥珀に気が付き声をかけると、琥珀の目にみるみる涙がたまっていき頭を下げた。
「本当にすみませんでした」
鈴たち三人はいきなりこんなことになって頭の処理が追い付かなくなりそのまま固まってしまった。急な出来事にきょとん、としたままの鈴をよそに、いち早く復帰した瑠璃が琥珀の頭を上げさせた。
「琥珀様、とりあえず頭を上げて理由を教えてくれませんか?」
琥珀は自分が間接的な要因になっていることは分かっているが、それによる仕打ちがあれではあんまりだと感じながらも、一番の被害者とも取れる三人になぜここにいるのかを話し出した。
「まず前提として、ここは君たちがいた世界とは異なっていることを理解して欲しい。その上で、この世界のヒトが神と呼ぶものは古来よりヒトの営みを見守ってきた。人々も我々を認知しそこに信仰を見出した。神々は時として知恵や道具を授け、時として守ってきた。時代は進み、科学が発展した世の中となると神の存在を忘れ、また否定するようにもなった。次第に我々を知覚することができる人も減り、今や人々にとって、神とは願掛けの対象でしかない。もちろん中にはいまだに古くから伝わる風習や習わしを守り、それを行っている人たちもいる。けれどそんな人たちは一握りだけ。神々への信仰心は次第に弱まっていった。」
いきなり神々だの信仰心だの聞かされた鈴たちだが、こうして目の前に2 m近い狐が喋っていれば信じざるを得ない。がしかし、信仰心について琥珀が触れたところで有希が思わず口を開いた。
「神様が存在するのは目の前にいるから信じるとして、信仰心の減少はしょうがないんじゃない?こっちでも神や仏に頼っていたところが科学で解決できるようになっていったし」
有希の頭に浮かぶのは、まだ風邪や病が病魔として人に取り憑き、神頼みや寄進して祝詞をあげ治そうとしていたころから医学の発達により人の手で治せるようになった時代の変遷、そして政治と宗教が一つになった歴史だ。
「その通り。私も含め神々もその点は気にしていない...いや一部は気にしているかもしれないが、少し前までは全く問題なかった。むしろ我が子がとうとう巣立つような大いなる喜びと少しの寂しさに打ち震えていたほどだった」
琥珀は、いつだったか忘れたが、年一回行われる会合という名の飲み会で神々がそれぞれの地元のヒト達について誇らしげに話していたことを思い出した。あの時は琥珀も一緒になって地元のヒト達を自慢した。
そんな考えを狐の顔から読み取った訳ではないが、ここまで言われれば有希も二の句を告げない。それを見た琥珀は少し居住まいを正してから話を続ける。
「そんな時だ、人々の関心が神々から離れ、それを見た我々も好ましく感じていた時、ヒトの飽くなき欲望や妬み嫉み、恐怖など負の感情が形となり人々に牙をむいた。人々は大災害として記録しているが神々はこの事象を怪異と呼んでいる。前代未聞の大怪異だったため、我々も対応に苦慮した」
誰かがごくりと喉を鳴らしたが琥珀は気にせず進めた。
「その時のことは一旦置いて、話を戻そう。神々の力は位階などによりある程度前後するが、その大半は受け取る信仰によるところが大きい。言ってしまえば、信仰の大きさが位階を示し社格を表している。そして神々はその信仰を持って古来より発生する怪異と対峙してきた」
「それと、俺たち三人が連れてこられた関係は?」
神々と信仰心に繋がりがあることは分かったが、いつまでも理由を聞かせられないことに少し不満を感じた鈴が問うと「弱くなりすぎた」と簡潔な回答が返ってきた。それも確信を突いた答えではなかったため口を開こうとすると、琥珀は落ち着けと言わんばかりに前足をちょいちょいと動かし話を続ける。
「神の力は信仰心と言ったが、厳密には正しくない。正確にはどれだけ信仰を受けるかで、人の世で振るえる権能の強さが決まる。神の力そのものに変化はない」
「つまり、どういうこと??」
いまいち意味を理解しきれなかった瑠璃が口を開くがそれに答えたのは有希だった。
「つまりキャラクターステータスと装備ステータスがあるってこと。基本装備にデバフが掛かっていて本来の力が発揮されなくなっているけど、信仰ポイントが多く集まればよりいい装備になってステータスのデバフが緩和されていくかんじだよ」
「う~~ん??」
「いや、なんか合ってそうで間違ってるような...?いや合ってはいるのか...?」
仕組みとしては同じ様なものとして理解できるが、ポイントなどと言われると一気に安っぽくなって複雑な表情になりながら指摘する鈴と有希の話を聞いて余計混乱する瑠璃。脱線しかけている三人を話に戻すため琥珀は足をタンタンと畳に打ち付け注意を引く。
「とにかく、当時の神々は多くの信仰心を欠いた状態にあった。力を貸そうとしてもそれは叶わず、助けたいと思っても助けられなかった。多くの神々がそれは歯がゆい思いをした。しかしだからといって、また人々の信仰を一心に集めようとは考えなかった」
愛する我が子が立ち上がったのに、その成長に逆らって四つん這いに戻そうとする親はいない。子を守るために無菌室で育てることが正しい訳ではないと琥珀は考える。
「そこで神々は人の手による怪異の解決を思いついた。昔は人の子にもその手のことを生業とする者もいたが今は一部を除いて途絶えてしまったからな」
神が認知されなくなったように怪異も人から認識されず、災害という結果だけ残すようになった。根本的に対処するためには怪異を討たねばならない。しかし、それを知るのはごく一部。リスクとリターンが見合わずとても生計が成り立つものではない。三人の頭には漫画やアニメ、ゲームなどに出てくる妖怪と戦う者たちの姿が浮かんでいた。
「さて、ここからが君たち三人が今ここにいる理由だが」
琥珀の言葉に三人は慌てて意識を戻す。ここまで来たら次に来る話は見えてくる。琥珀より先に鈴が口を開いた。
「その怪異とやらに対処する人員ってことね」
「なーるほど。だから巫女なわけね」
巫女の始まりは神霊をその身に降ろし信託を授かっていたことにあるため、神の力を受け怪異と対峙するには、なるほど適任だと有希は納得していた。瑠璃だけが二人の話を聞いて絶句していた。さらに二人はこの後に続くのは力を貸してほしいだとか、解決するまで元の世界に返さないと言われるのではと考えた。ところが二人の予想に反して琥珀の口から告げられたのはその反対だった。
「理由はその通りだが、その辺りは今まで通り私が担当する。君たちも可及的速やかに元の世界に返そう。ただ私だけの力では叶わないため協力を取り付ける必要があるんだが...」
琥珀の脳裏に今回の主犯である神の顔が浮かぶ。巫女を三人遣ったと言われてみれば、他所の世界から拉致してきてしかも性別まで変えられていたなんて。鈴にのされた後、連絡を取ってみれば聞かされたのは耳を疑うことばかり。これではあんまりではないかと琥珀は彼らに申し訳なさで一杯になった。だから暫くの間辛抱してくれと琥珀がもう一度頭を下げようとした時、鈴の口からとんでもない言葉が飛び出した。
「え?ふつーに嫌なんですが?今までの結果がこの有様なんでしょ?全部ここに書いてあったし」
そう言いながら鈴が胸元から取り出しひらひらと見せたのは最初に手にした手紙。他二人が何それと言ったような顔で見ているのでそれぞれの部屋から回収したものを渡す。後から気が付いたがそれぞれ微妙にデザインが異なっていたため内容も個人個人違うことが書かれていると鈴は考えている。
「曰く、どこかの人間が大~好きで意地っ張りな神様が、人の手を借りずに頑張った結果、遂に自身の社の維持管理まで手が回らなくなってきたけどそのリソースすら怪異の対処に充ててるとか。今のところ何とか間に合ってるけど信仰の回収ができなくて、さらにリソースが枯渇して負のスパイラルに陥っているとかなんとか」
まさかそんなことが書かれていたとは思わなかった琥珀は苦い顔をする。実際既にギリギリで、怪異の発生率が他所と比較して低いから何とか対応できている状況だ。過去何度もヒトの力を信じてだとか協力してもらおうだとか信仰を得るのは巡り廻って人の子のためになるだとか、あの何かとお節介焼きな神から散々言われてきた。それでも琥珀はこんな事は人の子にさせるべきではないと、我々神々の仕事だと考え、突っぱねてきた。
「たとえそうだとしてもっ!これは私の仕事だ。人の子には...」
自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ琥珀だが、その後を鈴が引き継いだ。
「人の子にはもっと違う役割や幸せな仕事があるはず...っとか何とか言うかも知れないけど、そのままだと社格がぐっと下がっちゃって私も困るし、あなたも神の座を追われちゃうし、そうなると一番困るのはあなたの子達よ...だってさ。後これも読んだ方が良いのかな...えっと、これは強硬措置よ」
鈴は手紙に書いてあったことをそのまま読み上げた。琥珀は顔を合わせるたび言われていたことがついに実行されたことを悟り、唖然としながら鈴の持つ手紙に視線を向けた。
「それでも私は...」
ヒトの子のあるべき場所ではないと考える。その世界を、環境を整えることこそが神としてヒトにできる最大限の御礼だと。
「諦めが悪いよーもう決定事項なんだからさー。受け入れるしかないって」
「そうですよ。これも何かの縁。せっかくなのでお手伝いさせていただきます」
手紙を読み終えた二人が琥珀に対し声をかける。そのあまりにもあっけらかんとした態度に琥珀は驚いた。
「こんな状況になって何故そこまで...」
お互いの手紙の内容を見ながら笑い合う三人を見て琥珀は困惑する。普通見ず知らずの場所にいきなり連れてこられ、しかも普通ではありえない性別まで変えられたともなれば怒りに身を任せても仕方がないとすら考える。
「あ~なんて言うかな、どっちにしろ暫く帰れないならついでに人助け...いや神様助け?やるのも悪くない...って瑠璃ならそう思ってるだろうしっ」
自らの発言にだんだん照れが出たのか最後は人の代弁をしたかのように切り上げた鈴に二人も続いた。
「確かに。どうせ来たんだ。楽しまないとね」
「また勝手に使って誤魔化す。はぁ、まぁいいや」
ここまで言われ、断ることも突っぱねることもできなくなった琥珀は、せめて不自由しないよう万全のサポートをする覚悟を決め、ありがとうございますと頭を下げたが、鈴の次の一言で動きが固まった。
「もちろん、それ相応の対価は要求するつもりだから、楽しみにしといてね」
おそらくこの中で一番金に厳しい人物からのお言葉により琥珀はただただ身震いするだけだった。




