⑤ ミルテ
⑤
真子はそっとまぶたを開いた。
「ここは……」
真っ白な空間が広がっており、地面には白い花が咲き溢れていた。なんとなく覚えがある光景だった。
ふと真子は足元に咲いている白い花をとくと見ると、
「あれ、この花って‥‥千代田佳那さんの机に有った花に似ている。確か花の名前は‥‥」
「ミルテよ。日本名は銀梅花という花よ」
声がした方を向くと、ギンが鎮座していた。
だが、その姿は蜃気楼のようにおぼろげだった。
「ギン‥‥?」
真子が呼びかけると、ギンの身体ユラユラと揺れだして、地面に届くほど長い髪が風に揺れ、景色に溶け込むほどの白衣を身にまとっている女性へと姿を変えた。
その人物にも見覚えが有った。
「あなたは……?」
そう口にしつつも真子は察知していた。目の前にいる人物を――
「この姿では、初めまして……かしらね」
女性は何食わぬ顔で焦らすかのように答える。まるで真子から自分自身の名前を聴きたいかのように。
だから真子は言う。
「千代田、佳那……さん、ですね?」
女性は優しく微笑みで返した。
「ええ、そうよ」
やはり、全ての元凶の始まり……電脳生命体を生み出したと言われる千代田佳那だった。
「これは夢?」
「うーん。夢であって夢じゃない‥‥きっと、ここは現実世界とも仮想世界とも違う世界なのか知れないわね」
夢でも良い。せっかく張本人が現れたのなら、訊きたいことは山ほどある。その中で真っ先に浮かんだことを訊ねる。
「いつから、ギンだったんですか?」
「しいて言うのなら、最初からかしら。でも、私は佳那であって、ギン……。いえ、ミルテでもあるの」
「ミルテ?」
「ミルテという名は、佳那が幼い頃に飼っていた猫の名前よ」
「えっと……それはどういう意味ですか?」
「‥‥真子。佳那が死んでしまった経緯は知っているわよね?」
「は、はい‥‥自殺ですよね。なんで自殺したんですか?」
「自殺ではないわ。真実を言ってしまえば、殺されたようなものね。電脳生命体に‥‥」
「え?」
「新しいOSの開発実験の一つとして、人間の脳データを完全トレースを実施していたの。その被験体が佳那の脳。バーチャルの世界に、もう一人の佳那を生み出そうとしていたの。だけど実験は失敗。けど、その失敗の偶然の産物として電脳生命体が生まれたわ。人間の柔軟性と想像性とコンピューターの正確性を持ち合わせた、人工知能の究極の形でもあったわ。でも、電脳生命体が佳那の身体を乗っ取る‥‥浸食をしようとしたの。本物の佳那は抵抗していた時に階段を踏み外してね‥‥」
「そうなんですか‥‥。でも、今ここにいる千代田さんは、一体?」
「ん~。それはどうだろう? さっきも言ったけど、私は佳那であってミルテでもあるの。この私(存在)は千代田佳那、本人ではないわ」
「言ってることがよく解らないんですけど‥‥」
「この私(存在)は、実験の時に残されていた千代田佳那の脳データと、千代田佳那が猫魂で育成していたミルテのデータが合わさった存在なのよ」
「だから千代田さんであってミルテでもある、ということですか」
「そう。それに無理やり合わさったから問題が有って、所々のデータが欠損してしまい、ギンという別の存在へと変化してしまったの。それがギンというデータ‥‥電脳生命体みたいな存在に。ギンになった私は長く長い時間、仮想世界に彷徨っていたわ。その間、電脳生命体は勢力を伸ばして、そしてあの使命を知って‥‥」
「そういえば、どうして私に浸食してきたの?」
「あの時‥‥別の電脳生命体が浸食しようとしていたの。それを私が横入りして浸食した訳なのよ。イレギュラーが重なって、あんな風に分離しちゃったのかな。他に何かあるかしら?」
「千代田佳那さんの目的は何ですか?」
「‥‥多少なりとも電脳生命体を生み出してしまった責任が有る訳だから、対抗策を講じていたの。それが、このBコード」
佳那が右手を差し出すと、複雑で幾何学模様が青白い光の立体映像が浮かび上がった。
「それは?」
「これは、電脳生命体をフォーマットさせることが出来る‥‥言うならば、ワクチンプログラムみたいなものね」
「それじゃあ、それがあれば!」
「ええ、電脳化を完治とは言わないけど、症状をある程度改善させること出来るわ。だから真子の友達の雫に浸食していた電脳生命体はこの危険性を感じ取ったから襲ってきたのね」
佳那は真子の方に近づいていき、手を取った。
「というわけで真子。このBコードをアナタに渡すわね。これで電脳生命体をフォーマットしていきなさい」
青い光が真子の手を伝い、スッと身体に入り込んでいった。
すると佳那の身体が透け始めた。
「そろそろサヨナラの時間ね。これ以上ここに留ませていたら、真子の精神は仮想世界に捕らわれてしまうしね。だけど皮肉ね。亡くなったミルテを甦させたいから猫魂を作ったのに、電脳生命体を消滅させようとしている‥‥命を作り出すって何だろうね? それじゃ頼んだわよ、電子の子たちよ。チクワちゃんを大切にしなさいよ!」
佳那の姿が完全に消失した途端、眩しい光が弾け、白い光に包まれたのだった。




