④ 世界を支配(デフラグメンテーション)してあげるの
④
「‥‥雫、だよね?」
「なーに、友達の顔を忘れたの。そうだよ、釘宮雫ですよ。真子ちゃん」
見覚えがある顔と。自分と同じ制服を着ている。友達の顔を見間違える訳が無い。
しかし真子は現状を把握出来ないでいた。
人気のない空き地に、友達の雫が待っていた。驚く以外に何もなかった。
一方、烈は冷静に状況を整理して、一つの見解に至っていた。
「釘宮雫‥‥では、ないな」
「中神くん、それってどういう‥‥?」
「多分、電脳生命体に浸食されている」
「浸食? それって、電脳化レベル5の電脳生命体に意識を奪われる、とかなんとかってやつ?」
烈は静かに頷いた。
真子は雫の方を見ると、雫は微笑んだ。
「アナタたち人間は、そう名付けているようね。そう私は釘宮雫であり、そうではない者」
「一体、どういうつもりだ。釘宮に浸食しているだけじゃなくて、運転手までも操って‥‥」
これまで意識喪失や狂変といった症状ではなく、電脳生命体の意思自ら電脳化の第三者をコントロールしているのは脅威であった。
「興味深い存在がいるから、ちょっと話しを聞きたくてね」
雫は真子に指した。
「私?」
「正確には真子ちゃんじゃないわ。アナタの中に潜んでいるオカシナ存在の方よ。出てきなさいよ。語り合いましょうよ」
雫に言われたからなのか、ギンは素直に姿を現すと真子の肩に座った。
『何の用かのう?』
「アナタ、そんな身なりをしているけど、私と同じ電脳生命体‥‥とは、ちょっと違うみたいよね。アナタ、何者なの?」
『お主たちに答える言葉は無いな』
「あら、いけずね‥‥」
ギンと雫の間に、空気が凍りつくような雰囲気が漂う。それを割るように烈が前に出る。
「お前に訊きたいことがある。電脳生命体は一体何の目的で存在して、何故人間たちに危害を加える?」
「‥‥それは、アナタたち人間が愚かな生き物だからよ。アナタたち人間がこの世界を支配しているから、紛争、環境破壊、少子化、高齢化、貧困、格差、資源の枯渇といった様々な問題を生み出し、未だ解決することが出来ないままでいる。やがて滅亡するのは目に見えて明らか。だから、私達が人間人類に代わって、世界を支配してあげるの」
「世界を支配?」
「人間は感情を持つ生き物。個々に各々の意思を持っている。それは素晴らしいものだけど、それの所為でエゴがあり、僻み、歪みが生じてしまう。先ほどの問題が生まれてしまっている要因でもある。非効率過ぎるとは思わない? だから私たちが人間に成り代われば、打算的なエゴ、自分勝手な考えなど排除でき、そういった問題も解消できるわ」
雫が語る内容もだが、抑揚なく淡々と語ることに不気味さが増し、真子たちは恐怖を覚える。
「でも、現実の世界に実体が無い私たちバーチャルの存在は、この世界に干渉を与えることは出来ない。ではどうするか? 答えは簡単。私たち存在をインストールできる容れ物を作れば良いだけのこと」
「それが電脳化?」
「そうなるわね。でも人間の構造はコンピュータと違って結構複雑だから、上手くインストールすることが出来なくて、結構失敗してるみたいね。こんな風に人間を乗っ取り出来るのは稀だったけど、最近の成功率は徐々に上がっているみたいね」
真子と烈は察した。電脳化の症状は、電脳生命体の浸食のための弊害のようなものだと。
「という訳で、私たちの崇高な使命を全うするために活動しているのだけど、そこのニャンコちゃんは反した行動をしていたのが目に付いたわ。しかも、電脳化を解消するような行為をしたのが、危険だと思った訳でね‥‥」
雫が話している途中、身体から電気が迸り、徐々に髪の毛が伸び始めていた。腕も足も皮膚に鱗のようなものが出現したり毛が生えたりと、見た目の姿とは不釣合いのバランスで丸太のように大きく太くなり、異形な姿に変わっていく
「ニャンコちゃん‥‥アナタは、ナニモノかしらね?」
真子たちは言葉では強い嫌悪感を感じ、全身にゾワッと鳥肌が立った。
ギンは真子の体に触れて同化し耳と尻尾を現してギン子と化すと、烈の方も右腕を変態させた。
その直後、雫が凄まじい速さで襲いかかってきた。
二人はすぐさま後ろへ飛んでかわす。
先ほど烈がいた場所に、異形の腕の一撃が突き刺さった。
強い衝撃音と地響きが轟くと地面にクレーターが出来上がり、地面を凹ませる破壊力で生じた突風が吹いた。
(ど、どうするのよ? あれ?)
真子の声が自分の頭の中で響く。
『どうするもこうするも、なんとかするしかないだろう!』
(なんとかって? 雫を元に戻せるの?)
真子の問いかけを答える間もなく、ギン子の右手から淡い青い光が発っすると、雫の周りを軽快に飛び回る。
雫の背後を取り、掌底(猫パンチ)を打ち込む――だが、雫は高くジャンプして、ギン子の攻撃をかわしたのだ。
「ッ!?」
逆に背後を取られた。
「そのチカラは、何なのかしら?」
雫は躊躇なくギン子の背中を蹴り飛ばされて、数メートルも飛ばされた。
攻撃した隙をつき、烈が雫の間合いに近づいていた。
烈が変態して獣の腕で殴りつけたが、雫はガードしてびくともしない。烈もまたサッカーボールみたく蹴り飛ばされた。
痛みに悶えるギン子と烈。狂変した発症者とは段違いの速さと筋力。タダでは済まないと強く感じた。
(なんなのあれ? 大丈夫なの?)
『今のやり取り見れば、大丈夫な訳がなかろう‥‥。あそこまで深く浸食してしまうと、あそこまで力を解放することができるのか‥‥!』
真子とギンが話す間にも雫が烈に追撃を行おうとしていた。
『「危ない!」』
ギンと真子――両方の意思が重なるように合わさり、一歩でも速く烈の元へと足を踏み出すと、想像以上の速い動きで雫へと駆け跳んだ。
突然の接近に雫は一瞬硬直し、すかさずギン子は掌底を打ち付ける‥‥も、雫は身体を捻って頭部を掠るだけだった。が――
「この、糞ネゴォォォがああああああああっっっっっっ!」
雫が激昂するには充分な理由だった。
すぐにギン子を殴ろうとしたが、足元がフラついた。
「一瞬、意識が喪失しかけた‥‥。なるほど、これは危険だ‥‥」
ギン子は烈を抱きかかえ、雫から充分に距離を取り離れた場所に移動していた。
(ギン、今のは‥‥?)
真子が訊きたかったのは烈を助けた時に突然の加速のことだった。
『考えられる可能性があるとしたら、あの雫と同じような事象が起きたのかもしれん』
(同じようなって‥‥浸食?)
『近いものかもしれん。真子、このままだとあの者に殺されるかもしれんな』
(殺されるって? ましてや友達に殺されるなんて馬鹿げた話しなんてないでしょう。中神くんは? 中神くんに何か方法が無いか訊いてよ)
『有るのなら、既にやっているだろう。だが、あそこまで身体能力に差があるのでは‥‥想定外だ』
「+MEYwSjBKMEowSjBKMEowSjD8MPww/DD8MPw-!」
雫が大きな奇声を叫ぶと、ギン子たちの肌に伝わるほどに空気が震え――力強く駆け出した。
普通の人間ならば反応できないほどの速さで、瞬時にギン子との間合いを詰められ、殴りかかってきた。
ギン子は避けようとしたが、足元がよろけてしまい、その一瞬の隙に雫の重い一撃が入った。
電脳化‥‥変態している事で身体能力が向上しているものの、本質は普通の人間である真子の身体である。限界以上に酷使しているので、ギンの思う通りに体を動かせなくなってきていた。
しかし、ギン子は瞬時に後ろへ跳び、衝撃を緩和させた。が、それでも体の芯に痛みが響く。
雫は攻めの手を止めることなく続けざまに襲いかかるが、
「うおおおぉぉぉっ!」
雫の背後から烈が獣の手を力を込めて引き裂いた。
致命的ではないものの、多少なりのダメージを与えた。
しかし、電脳生命体に浸食されているのは友達の雫。雫の身体を傷つけるというのは、胸をえぐられる思いだった。
やらなければ、やられる。
異常な状況下ではあったが、現役の中学生である真子にとっては耐えられなかった。
(ギン! なんとからならないの! 雫を助けるにはどうにか出来ないの!)
『さっきからBコードを打ち込もうとしているが、スピードも力もあちらが数段上‥‥簡単に行かんな。真子、方法があるとしたら一つ。先ほどみたく、心を合わせれば』
(力を合わせる?)
『先ほど中神を助けた時に、お互いの意思が合致しただろう。あの瞬発な力を引き出せれば』
迷う時間も考える時間も無い。
だけどギンは電脳生命体だけど、雫に取り付いている電脳生命体とは別の違う者であると判断していた。これまでの経緯、そして雫を助けようとしてくれている行いによる成り行きであった。
今は、今だけは――ギンを信じるしかなかった。
(解ったわ。それでどうするの?)
『精神を鎮めて、ただ速く走るとイメージするのだ』
(う、うん‥‥)
真子はギンに言われるがまま、意識を集中した。
ただ速く、ただ真っ直ぐ走る自分の姿を思い描いた。
雫は烈を殴り飛ばすと、標的をギン子に定める首を向けた瞬間――
ギン子は目に止まらないスピードで駆け出し、猫手が何倍も大きくなる。
「『うああああああああっっっっっっっーーー!』」
気合の声を張り上げながら、渾身の力が込められた掌底(猫パンチ)が雫にクリティカルヒット!
「バッ! バカな! わ、私が! 私が! 消えて‥‥」
後方にふっ飛ばされていく中、雫の姿は元の人間に戻っていく。
――ズギッ!
ギン子‥‥真子の身体にも異変が訪れた。
真子の身体から鈍い音が響き、
――グギバギ、ズギッビリッバリッ!
軋み音と激しい痛みが体中を駆け巡ったのだった。
「ウぁ、あ…ガ……」
堪らずに倒れてしまう真子。
息を吸うにも吐くにも、指を一本でも動かそうにも痛みが走り、「うッ、アッー」と苦しみに悶える声を漏らす。
長時間の変態で身体の限界を超えた為に、悲鳴をあげたのだ。
烈は真子の異常な状態を見て、慌てて駆け寄り身を案じるが、真子に烈の声を聞く余裕すらなかった。
この痛みから解放するために人間の防衛本能が働き、真子の意識が遠ざかっていった。




