赤神さん、あやまる
春休みです。
私は一応お母さんと連絡をとり地元に帰ってきました。
お母さんは何もいいませんでした。
「……小学校卒業して以来だなぁ。」
私はかれこれ約五年間、お母さんと会っていません。
お母さんが今なにをしているのか、再婚はしているのかなどなど何も知らないのです。
引っ越していなかったことが幸いして連絡をとることができました。
お母さんが私に会いたくなくても私は謝罪とお礼を言いたいのです。
「………た…ただいま……」
「…あら、おかえり。
あんた、まだうちの鍵持ってたのね。
五年間も帰ってこないでその年で親不孝者ね。」
「ご…ごめんなさい…」
「まぁ、いいわ。
とりあえず私は寝るわね。
さっき帰ってきたばっかで眠いのよ。
適当にくつろいでなさい。」
「う…うん…」
五年ぶりの親子の会話とは思えませんね。
でもお母さんは昔からこういう人です。
そこに私は少し安心しました。
久しぶりの遠出で私も疲れたので休むことにします。
お母さんとは二メートル以上の距離をとって。
お母さんは私の目のことを知って以来、私に近づくことをとても嫌がるようになりました。
まぁ、当然といえば当然なのですが。
やっぱりさみしかったりするのでした。
「………はっ……」
気づいたらもう外は暗くなっていました。
寝すぎたようです…。
なんかいい匂いする…。
「あんた寝過ぎよ、ばか。
ほら、晩ご飯食べちゃいなさい。」
「あ…ありがとう…お母さん。」
意外でした。
もっと怒鳴られたりでてけとか言われるものだと思っていたから…。
相変わらず距離は置かれてますが…。
「ご、ごちそうさまでした。」
「はい、お粗末さま。
相変わらず辛いのが好きだねー、あんた。」
「へへへ、お母さんに似たんだよ。」
「私はあんたほど異常じゃないわよ。
で、どうなの?ちゃんと生活できてるの?」
「う、うん!
学校もちゃんといってるし料理も友達が教えてくれて少しはできるようになったんだよ。」
「あら、友達ができたのね。
いいことね。あんたが友達っていうんなら本当に友達なんだろうね。」
「…うん、そうだね…。
あ、あのね!お母さん!」
「なによ?」
「ご…ごめんなさい!
私ずっとお母さんに謝りたくて…」
「……それはなにに対して謝ってんのよ?」
「……お父さんのこととか…昔、私の目のせいでいっぱい迷惑かけちゃったから…」
「……それを気にして五年間帰ってこなかったわけね。」
「…………」
「……はぁ。
私がいつあんたを責めたのよ?」
「……え?」
「そんなの浮気したあいつが悪いんじゃない。
別にあんたのせいなんておもってないわよ。」
「…だ、だって…私家から追い出されて…」
「一緒に暮らせないって言ったのはほんとうよ。
だってあんたといたらなんもかもあんたに知られちゃうじゃない。
そんなの私、耐えられないわよ。
それにまさか、埼玉だなんてそんな遠くに行くとも思ってなかったし。
まぁ、自分勝手な母親だってことあんたが一番知ってるじゃない。」
「……お母さん…」
「だからあんたが謝る必要ないわよ。
別にあんたのこと気味が悪いとは思うけど嫌いになったわけじゃないし。」
「……うん…」
よくも悪くもこの人は自分に正直な人なんだと改めて実感しました。
「……ちょっと目を閉じてなさいよ。」
「え?あ…うん…。」
なんだろ……刺されたりしませんよね。
私の考えとは裏腹にぬくもりが私を包み込んできました。
「おかえり、かがみ。
追い出したのは私だけどここはあんたの家なのよ。
だから遠慮せずいつでも帰ってきなさい。」
「………お母さん……」
「だめな親でごめんね、かがみ。」
「そんなことない……そんなことないよ…」
お母さんに近づくときは目をつぶるっていう条件で私は春休み中、家にいれることになりました。
なんて条件だ…。
まわりから見ればだめでひどい母親だと思うかもしれません。
でも私は嬉しかったんです。
私は憎まれてなかったんだって…嫌われてなかったんだって
それだけで嬉しかったんです。
「んじゃ私は出かけてくるよ。
たぶん朝に帰ってくるから適当にくつろいどいてよ。」
「うん、いってらっしゃい、お母さん。」
「…あんたが落ち着いたらいろいろ話し聞かせてよ。」
「…うん。もちろんだよ。」
「んじゃねー。」
「あ!お母さん!」
「ん?」
「……ありがとね。」
お母さんは夜遅くにどこに行くんだろう。
夜遊びなのか仕事なのか…。
私にわかるのは五年間、お母さんは私に毎月それなりの額を仕送りしてくれてたことだけです。
「落ち着いたら…か…」
そうなのです。
私はお母さんの他にあゆみちゃんに会いに来たのです。
引っ越していなければ家はわかるのですが…
不登校になったあゆみちゃんがいまどうしているのか…
想像するだけで私は胸が痛くなるのでした。
「明日…あゆみちゃんちに行ってみよう…」
そんなわけで次の日です。
「ここらへんは昔と全然変わらないなぁ。」
都会ではないけど田舎すぎずな半端なところだけどいいとこなのです。
幸いなことにあゆみちゃんは引っ越しはしていなかったみたいで表札には戸山の名前が彫られています。
あ、戸山あゆみって言うんですよ。
「………あ、あゆみちゃん…家にいるかな……」
勇気がでず、十分ほど家の前を行ったり来たりしています私。
私はいま自他ともに認める変質者だと思います。
「……あー…ここまで来て…
私ってほんとにだめだな…」
「あら?あかがみじゃない。
なにやってんのよ?
変質者にしか見えないわよ?」
「さ…ささささ西条さん!?
なんでこんなところに?!」
「なんでもなにも私の実家すぐそこだし。
あんたと同じで帰省してんのよ。」
「え?え?!
西条さん一人暮らしだったの?!
西条さんの地元ってここだったの?!
なんで言ってくれなかったの!?」
「ちょ…落ち着きなさいよ。
別に言うまでもないことだと思ったのよ。
ていうか私も小学校が同じって気づいたのついこの間卒業アルバム見てたときだし。」
言わなかったのは西条さんなりの優しさだったんだと思います。
私の過去はつらいものですから。
「……ここたしかとやまの家だよね?」
「西条さん、あゆみちゃんと友達だったの?」
「別に。
一回同じクラスになったことあるだけよ。
それにこの子、有名じゃない。
周りから人気があって、急に不登校になったし。」
「……私のせいなの…」
「………ふーん。
なにがあったか知らないけどさ、えい!」
「あ…あー!!おしちゃった!
チャイムおしちゃったよ!」
「謝りにきたんでしょ?
死ぬわけでもあるまいし迷ってても仕方ないじゃない。
じゃぁ、私買い物頼まれてるから。」
「………ありがとう…西条さん。」
「え?なに?」
「西条さんはひどいって言ったの!
また後で連絡するね!」
西条さんのおかげで少しだけ気がまぎれたし背中を押してくれました。
私は西条さんのさりげない優しさが好きです。
……親が出てきたらどうしよう…
いや…でもあゆみちゃんがでてきてもどうしよう…
「はい、どなたですか?」
ドアから出てきたのは…たぶんあゆみちゃんです。
あゆみちゃん、もともとかわいかったけど更にかわいくなったなぁ。
健康そうで私は少し安心しました。
「あ…え、えっと…わ…私、赤神かがみと申します。
戸川 あゆみさんに用があっておたずねしました。」
「…………かがみちゃん?
もしかして、もしかしなくてもかがみちゃんでしょ?わー!久しぶりだね!」
私のことをよく思ってないはずなのにあゆみちゃんは笑顔で対応してくれました。
「いきなりご、ごめんね……
私なんかに会いたくないのは分かってるけど…どうしてもあゆみちゃんに話したいことがあって……」
「………うん、いいよ。
ここで話すのもなんだし公園にでも行こっか。
私もかがみちゃんに聞きたいことあるし。」
「………うん。」
聞きたいことってなんだろ……いや…わかりきってることです。
あゆみちゃんと距離を置いて歩いてますがそれでもなんとなくわかります。
私はあゆみちゃんの人生を壊したんですから。
「よいしょっと。
はい、かがみちゃん、おとなりどうぞ。」
「…………」
「気にしないで座ってよ。」
「………うん…」
公園に着くまではあゆみちゃんと距離を置いてましたが今はすぐ隣にあゆみちゃんがいます。
私は怖くてあゆみちゃんのほうを見ることができません。
どこまできても私は臆病で卑怯で自分勝手なのです。
「あ…あゆみちゃん!!」
「なに?」
「小学校のときごめんね…
ずっと謝りたかったの………」
「うん、いいよ。
話しってそれだけ?」
「うん……許してもらえるなんて思ってないけど………ってあゆみちゃん軽いよ!!」
「だって怒ってないし
今考えたらかがみちゃん自体が悪いわけじゃないじゃん。」
「で…でも…学校来なくなっちゃったし…」
「お兄ちゃんのこと知られたのはショックだったからね。
でもね、逆に感謝してるくらいだよ。」
「え?な、ななななんで?」
「学校行かなくなった理由を全部お母さんに言ったらね、お兄ちゃんのことを家から追い出してくれたの。
あのままだったら私また襲われてたかもしれないもん…。」
お兄さん…逆にごめんなさい。
余談ですが報復が怖かったあゆみちゃんは今黒帯だそうです。
「だからもういいの。
謝ってくれたしね。まぁ、ちょっと遅いけどね。」
「………」
「……かがみちゃんだって苦しんできたでしょ?五年間、私のことや自分自身の目のことでさ。」
「……私は苦しんで当然のやつだもん…」
「ばかだなぁ、かがみちゃん。
私たちは幸せになるために生きてるんだよ。
不幸になるために生きてる人なんていないんだから。
みんなどうにかして幸せになりたくてがんばったり挫折したり不幸になったりするんだよ。
私はそう思うよ。」
「………ありがとね、あゆみちゃん…。」
それでも私は私を許せないんだよ、あゆみちゃん。
謝っても謝ってもあゆみちゃんには償いきれないんだよ。
それでもあゆみちゃんに許してもらえて安心してる私がいます。
やっぱり私は私を好きにはなれません。
「………次はあゆみちゃんの番だよ。
聞きたいことってなに?」
「うん。携帯の番号とアドレス教えて。」
「…………え………あ……」
「前みたいにさ、また遊ぼうよ。ね?」
「……で…でも…わた……私……こんな目だよ……?」
「感情を読むのがちょっとうまいだけでしょ?私だって実は上手いよ?
本当は人の心を読むのが下手なんだよ、かがみちゃん。今話してて思ったよ、私は。
そんなちょっとした個性、私は気にしない。
小学校のときは動揺しちゃって過剰に反応しちゃったけど…。
今まで悩ませちゃってごめんね。」
「あ……あゆみちゃん………」
全部許された気がしました。
私の存在を認められた気がしました。
勘違いでもなんでもいいんです。
ただただ嬉しいんです。
嬉しかったんです。
「それじゃぁ、なおちゃんちいこっか!」
「え?え?西条さんの家?」
「さっき、なおちゃんからメールきててね。
私とかがみちゃんが仲直りできたか心配してるみたいだよ。」
「え?あれ?あゆみちゃん、西条さんと仲良いの?」
「うん、小学生のときはそれほどじゃないけど今はちょいちょい一緒に遊んでるよ。
なおちゃんはよくこっちに帰ってくるし。」
「……西条さん…言ってくれればいいのに…」
「ふふ、そうだね。
でもなおちゃんってそういう子だよ。」
「………うん、そうだったね。」
「………ねぇ、かがみちゃん。
私もね、ずっとかがみちゃんに謝りたかったよ。」
「………うん……」
私はきっと人の気持ちを考えるのが下手みたいです。
表面の感情が見えている分、本当に思っていることを考えるのが苦手みたいです。
それを私はやっぱり嬉しく思うのでした。