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【相棒との再会】

相棒との再会



消毒液の匂いが鼻を突く。

フレンダが重い瞼を開けると、そこには見慣れた白い天井があった。


白堊理研第八基地リトルベース・第1医務室。


「……目覚めたか、フレンダ」


ベッドの脇で少佐がリンゴを剥いていた。

窓の外は明るい、丸一日眠り続けていたようだ。 


「少佐……。ゼクトは、あいつらは?」


「ゼクトは地下の独房で震えているよ。アグニレイジとアイビーの残骸は回収班が向かっている。お前の大勝利だ」


「そうですか……」


フレンダは体を起こそうとして、全身の激痛に顔をしかめた。

打撲、火傷、筋肉断裂。生きて戻ってきたのが不思議なくらいだ。

ふと、彼女は一番重要なことを思い出した。


「メイは!?あの子、最後に私を庇って……!」


少佐の手が止まる。

その沈黙が、すべてを物語っていた。


「……第2整備ハンガーだ、自分の目で見てくるといい。ガルドが待っている」


フレンダは点滴を引き抜き、足を引きずってハンガーへと向かった。

油と金属の匂い。

そこには、無惨な姿になった鉄塊が置かれていた。

溶解した装甲。へし折れたフレーム。

かつてロータスプロトレクスと呼ばれていたそれは、もはや元の形を留めていない。

ただの黒焦げたスクラップだ。


「……ひどいもんだろ」


ガルド班長が、煤だらけの顔で近づいてきた。

彼の目も充血している。徹夜で作業していたのだ。


「ごめんね、メイ……。痛かったよね……」


フレンダは黒焦げのコクピットブロックに触れ、涙を流した。

相棒を殺してしまった。その罪悪感が胸を締め付ける。


「泣くな。こいつはな、お前を守りきったんだ。その心意気を無駄にする気か?」


ガルドは作業服のポケットから、小さな、しかし重厚なケースを取り出した。

それは、幾重にも耐熱プロテクトが施されたデータストレージユニット。


「こいつの頭脳だ。コクピットが潰れる寸前、非常用回線でネットワークにバックアップを飛ばしやがった。優秀なKARMAだよ、まったく」


「え……?じゃあ、メイは……?」


「生きてるよ。今は電子の海で新しい体ができるのを待ってる」


フレンダの顔に、光が戻った。


「こっちだ、代わりの機体を用意してある」


ガルドに案内されたのはハンガーの最奥。

スポットライトの下に、真新しい機体が鎮座していた。

それは、無骨な人型ではない。

しなやかで、鋭利な、獣のシルエット。


ロード・インパルス


フレンダが使用していた機体と同型。

第3世代ヘキサギアの傑作機。

まだ塗装もされていないグレーの装甲は、工場出荷直後の新品の匂いがした。


「急ごしらえだがな、白堊理研の予備パーツをかき集めて組み上げた新品だ。ロータスみたいなパワーはねぇが、スピードなら負けねぇ」


「インパルス……」


フレンダはその獣型のボディに触れた。

ロータスよりも視線が低い。だが、地面を掴む四本の脚は、どこまでも走っていけそうな力強さを秘めている。


「接続するぞ、呼び戻してやれ」


ガルドがストレージユニットをロード・インパルスのコンソールに差し込んだ。


ウィィィィン……。

静かな駆動音が響く。

メインモニターに光が走り、膨大なコードが滝のように流れていく。


システムチェック。

ニューラルネットワーク、同期開始。


個体識別名:KARMA-name "MEI"。

【SYSTEM ALL GREEN】

インパルスのセンサーアイが、青く輝いた。


『……再起動、完了。現在時刻を確認。外部カメラ、オンライン。おはようございます、フレンダ』


スピーカーからあの聞き慣れた、少しすました声が響いた。

ノイズはない。クリアな声だ。


「メイ!!」


フレンダはインパルスの首元に抱きついた。

冷たい装甲でも、その奥には確かに相棒がいる。


『いきなり抱きつくのはやめてください、センサーの調整中です。それにしても……随分と視界が低いですね。それに、体が軽いです』


メイは前脚を動かし、背中のトリック・ブレードを小さく振った。

新しい身体の感触を確かめているようだ。


『ロード・インパルスですか。また振り出しに戻された気分です。早く機体改修を要求します!』


「よかった……!本当によかった……!もう会えないかと思った……!」


フレンダは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしていた。

メイは、そんな彼女のバイタルスキャンを黙って実行した。


『……全身打撲に右腕に亀裂骨折。お互い無理をしましたね、私がスリープしている間に変なものを拾い食いしていませんか?』


「してないよ!……ゼクトのチョコとドライフルーツしか食べてない!」


『……はぁ。まあ、元気なようで何よりです』


呆れたようなため息。

そのいつも通りの反応が、フレンダには何よりも嬉しかった。


「班長、ありがとう!最高の機体だよ!」


「おう。そいつはまだ『素体』だ。これからお前の手で、お前色にまた染めていくんだな」


ガルドは満足げに笑い、二人(一人と一機)を残してハンガーを出ていった。


フレンダは涙を拭い、真新しいロード・インパルスの装甲をポンと叩いた。


「よろしくね、メイ。また一からやり直しだけど……付き合ってくれる?」


『愚問ですね。フレンダの隣は私以外に務まりません。それに……』


メイの声が、少しだけ弾んだように聞こえた。


『この機体なら、フレンダの得意な狩りが捗りそうです。次はどんな獲物を食べに行きますか?』


「あはは、言ったね!まずは食堂、少佐の特製シチューを鍋ごと強奪しに行くよ!」


フレンダは軽やかにコクピットへ飛び乗った。

新品のシートの感触。

四つ足の振動。

原点であり、新たな翼。


電子の海から帰還した相棒と共に、フレンダ・ディーコンの第二章が、今ここから始まろうとしていた。




リバティー・アライアンス白堊理研第八基地リトルベース・地下第4号尋問室。

空調の音が低く唸るだけの、窓のない無機質な部屋。

その中央、金属製の机に固定された椅子に、一人の男が座らされていた。


元ヴァリアントフォース指揮官、ゼクト中佐。


かつて要塞の管理者と呼ばれ、第4渓谷を鉄壁の防衛線に変えた歴戦の勇士。

だが、今の彼にその面影はない。

手錠をかけられた両手は小刻みに震え、虚ろな瞳は机の一点を凝視したまま動かない。


「……ゼクト中佐、聞こえているか?」


鉄の扉が開き尋問官が入室してくる。

ヴァネッサ・ヘルシング少佐。


彼女はカツカツとヒールを鳴らして歩み寄り、ゼクトの向かいに腰を下ろした。

手には分厚いファイルと、湯気を立てるマグカップ。


「……あぁ。聞こえているよ、猛獣使いの少佐殿」


ゼクトが掠れた声で答える。

その顔色は土気色で、目の下には深い隈が刻まれていた。


「情報の開示に感謝する。君が提供したパスコードのおかげで残存していた無人兵器群はすべて停止した」


少佐は淡々と事務的な報告を行った。

だが、ゼクトはそんなことには興味がないようだった。

彼は身を乗り出し、食い入るように少佐を見た。


「……教えてくれ。あれは、何だ?」


「あれとは?」


「とぼけるな!アグニレイジを堕とし、私のアイビーを粉砕したあの赤い機体……それに乗っていた中身のことだ!」


ゼクトの声が裏返る。

彼の脳裏に焼き付いているのは、敗北の悔しさではない。

もっと根源的な、生物としての恐怖だ。


「あれは人間じゃない。……軍事訓練を受けた兵士の目ではなかった。殺意ですらない。憎しみでもない。あれは……食欲だ」


ゼクトは自身の二の腕を抱きしめ、ガタガタと震え出した。


「私は多くのガバナーを見てきた。狂戦士も、殺人鬼も知っている。だが、あんな目は初めてだ。あのガバナーは、私を……敵として見ていなかった。皿の上の残り物を見る目で、私を見たんだ……!」


少佐は無言でコーヒーを啜った。

ゼクトの証言は続く。


「戦術も常軌を逸していた。アグニレイジを欺くために、自身の機体の生命維持装置を切るだと?高熱地帯でそんなことをすれば、パイロットは数分で脱水症状を起こし、ショック死する。それを平然とやってのけた。さらに、だ」


ゼクトは机を叩いた。


「私のアイビーの足元に地雷を敷設した手際。そして何より、機体を失った後の行動だ。あろうことか、私のレーションを奪って食った。戦場で、残骸の山の上で、血まみれの手で……まるでピクニックでもするかのように!」


彼は頭を抱えた。


「あれはお前たちが極秘に開発した『生物兵器』なのだろう?恐怖を感じず、痛みを感じず、ただひたすらに勝利を貪るように遺伝子調整された、人型の魔獣。……そうでなければ、説明がつかない!」


一通り喚き散らしたゼクトを見て、少佐は深く深く溜め息をついた。

そして、呆れたようにファイルを閉じた。


「……買い被りすぎだ、中佐」


「何?」


「生物兵器?遺伝子調整された魔獣?……ふん。あいつが聞いたら、鼻で笑い飛ばすだろうな」


少佐は椅子に背を預け、天井を見上げた。


「あれは、ただの食いしん坊だ」


「は……?」


「あいつの名はフレンダ・ディーコン、私の部下だ。少しばかり燃費が悪くてな。戦えば腹が減る。頭を使えば腹が減る。だから食う。生きるために食う。……お前が感じた食欲の正体は、単に朝飯を食いっぱぐれていたからだ」


少佐は、あまりにも馬鹿馬鹿しい事実を突きつけた。


「生命維持装置を切ったのも、地雷を仕掛けたのも、すべては生きて帰って飯を食うためだ。あいつにとって、アグニレイジも、お前のアイビーも、食事を邪魔する障害物に過ぎなかった。……それだけの話だ、中佐」


ゼクトは絶句した。

自分が恐れ、怪物だと信じ込んだ存在が、ただの空腹な少女だった?

そんな理不尽な話があるか。


「嘘だ……。そんな、ふざけた理由で……私の要塞は落ちたのか……?」


「戦争の理由なんて、大抵はふざけたものだ」


少佐は立ち上がり、出口へと向かった。

だが、ドアノブに手をかけたところで立ち止まり振り返った。


「安心しろ、ゼクト中佐。白堊理研の捕虜待遇は悪くない。今日の夕食は、ビーフシチューだ」


「……シチュー?」


「ああ。もっとも……今頃、食堂ではそのシチューを巡って魔獣が鍋ごと強奪しようと暴れている頃だろうがな」


少佐はニヤリと笑い、部屋を出ていった。


ガチャン。

重い金属音がして、鍵がかけられた。

一人残されたゼクトは、呆然と虚空を見つめていた。


(魔獣ではない。ただの食いしん坊……?)


その言葉が、ジワジワと彼のプライドを蝕んでいく。

彼は怪物に負けたのではなかった。

生きることに貪欲な、一人の人間のエネルギーに圧倒され、喰らい尽くされたのだ。


「……ふ、ふふ……」


乾いた笑いが漏れる。

恐怖は消えた。

代わりに残ったのは、どうしようもないほどの脱力感と、完敗を認める清々しさだった。


「……腹が、減ったな」


かつての要塞の管理者は、小さく呟き、腹をさすった。

その表情は、憑き物が落ちたように穏やかだった。





『警告。警告。基地内食堂における特製ビーフシチューの残存数、急速に低下中。現在、残弾(残り皿数)30を切りました』


第2整備ハンガー。

整備中のロード・インパルスのコクピットからメイの無機質な、しかし切迫したアナウンスが響き渡った。 


「なっ……!?まだ12時05分だよ!?」


フレンダが整備用クレーンから飛び降りた。 

彼女の腹からは、空襲警報のような「グゥゥゥ……」という重低音が鳴り響いている。

ゼクトから奪ったチョコとドライフルーツだけでは、彼女の燃費の悪い胃袋は到底満たされていなかった。


「整備班、作業中断!ロード・インパルス、緊急発進!!」


「おいこらフレンダ、食堂に行くだけだろ!?歩いて行け!」


ガルド班長の怒号を無視し、フレンダは未塗装のロード・インパルスに飛び乗った。


「歩いてたら売り切れるでしょ!メイ、最短ルートを検索。壁の一枚や二枚ならぶち抜いていいから!」


『推奨しませんが、空腹によるガバナーのパフォーマンス低下は由々しき問題です。ルート設定完了。目標、第1食堂。調理場直通搬入口。オペレーション・ビーフシチュー、開始します』


ギャギャギャギャッ!!

ロード・インパルスのタイヤがハンガーの床を焦がし、白煙を上げて急発進した。

最高時速200キロオーバーの加速。

本来は戦場を駆けるための機動力が、今はただシチューのためだけに使われる。


「どいてどいてぇぇぇッ!!お腹空いたガバナーが通るよぉぉぉッ!!」


通路を歩いていた研究員たちが壁際にへばりついて悲鳴を上げる。

フレンダは巧みな操縦で彼らを避け、コーナーをドリフトで抜け、階段を四脚で駆け上がった。


『フレンダ、右舷より敵影確認。第3警備小隊の面々です。彼らもシチューを狙っています』


「ちっ、ライバル多すぎ!メイ、跳躍!」


フレンダは機体を跳ねさせ、先行していた警備隊員の頭上を飛び越えた。


「ああっ!?卑怯だぞフレンダ!」

「ヘキサギア禁止だろ食堂はァ!!」


罵声を背に受けながら、フレンダは勝ち誇った顔でアクセルを踏み込んだ。


戦争ではルール無用。

食い物の恨みは、銃弾より恐ろしいのだ。


ズドォォォン!!

第1食堂の裏口、搬入用ゲートが乱暴に開かれた。

土煙と共に、ロード・インパルスが厨房の勝手口に滑り込む。


「到着ぅッ!!」


フレンダは機体が止まるより早くコクピットから飛び出し、カウンターへとスライディングした。


そこには、芳醇なデミグラスソースと、赤ワイン、そして煮込まれた牛肉の香りが充満していた。


「おばちゃん!!シチュー!!大盛り!いや、鍋ごと!!」


フレンダは食券を叩きつけ、配膳カウンターに身を乗り出した。

だが。


そこには、リバティー・アライアンス最強の兵士たちですら頭の上がらない、鉄の守護者が立っていた。


「……お並び」


食堂を取り仕切る給仕長、マーサおばちゃん。

身長180センチ、体重不明。

元重量挙げの選手という噂を持つ彼女は、巨大な寸胴鍋の前で、ステンレス製のお玉を構えて仁王立ちしていた。


「でも売り切れちゃう!私は第4渓谷を守った英雄だよ!?特権階級の行使を……!」


「英雄だろうが将軍だろうが、飯を食う時はただの食いしん坊だ。列を乱す奴にはシチューの代わりにお説教をやるよ」


ブォンッ!!


マーサがお玉を振るう。

風切り音がした。

フレンダは反射的にバックステップで回避する。

恐ろしいことに、このおばちゃんの間合いはエクスパンダーのガトリングブレードとほぼ同等だった。


「くっ、 強い!ブロッケード・アイビーより鉄壁だなんて!」


フレンダは唇を噛み締め、大人しく列の最後尾に並び直した。

それを見て、マーサはフンと鼻を鳴らし愛想のない、しかし愛情のこもった手付きでシチューを皿に盛り始めた。


ゴロリ。

お玉から転がり落ちたのは、拳大の牛スネ肉の塊。

とろけるほど煮込まれた野菜たち。


「ご苦労だったね」


マーサは無愛想に呟き、通常の一人前よりも明らかに多い、皿から溢れんばかりの量をよそってくれた。


「これ、おまけだ。いっぱい食って、さっさと寝な」


「おばちゃん……!!」


フレンダの目が輝く。

彼女は皿を受け取ると、戦場では見せたことのない満面の笑みを浮かべた。


「愛してる!結婚して!」


「あいにくお前みたいな大食らいを養う甲斐性はないよ。ほら、後ろがつっかえてる。どいたどいた」


フレンダは確保した特製ビーフシチューをトレイに乗せ、一番景色の良い窓際の席を陣取った。

基地の外には、まだ回収作業中のクレーン車が見える。


「いただきまーす!!」


スプーンを入れる。

肉がホロホロと崩れる。

口に運ぶと、濃厚な旨味が爆発し、空っぽだった胃袋を優しく、力強く満たしていく。


「んん~っ!!最高……!」


『……バイタル、安定。ドーパミン分泌量、戦闘時と比較して300%増加。幸せそうですね、フレンダ』


窓の外に駐機させたロード・インパルスから、メイの声が通信機越しに届く。


「メイも食べられたらいいのに。これ、オイルより絶対美味しいよ」


『お断りします。私の動力炉に有機物を投入すればメンテナンス代が天文学的な数字になります』


そんな会話をしていると、食堂の入り口から少佐が入ってきた。

彼女もまた、トレイにシチューを乗せている。


「……フレンダ。機体で食堂に乗り付ける奴があるか、始末書ものだぞ」


少佐は呆れながらも、フレンダの向かいの席に座った。


「ごめんなさい少佐。でも、これがないと死んじゃうとこでした」


「全くたくましくなったものだ、これも食え」


少佐は自分のトレイにあったバゲットをフレンダの皿に移した。 


「え、いいんですか?」


「私は少食でな。地下の独房にいる客にも差し入れを持っていかなきゃならん。……あいつ、シチューと聞くなり『魔獣の餌だ』と震えていたが」


「失礼な!これは乙女のエネルギー源です!」


フレンダはバゲットをシチューに浸し大きく口を開けた。平和な午後。


戦場の硝煙の匂いが、今はデミグラスソースの香りに上書きされている。


シチュー防衛戦、ミッションコンプリート。

フレンダの胃袋は、今日もリトルベースの平和と食糧備蓄を脅かしながら、満たされていくのだった。

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