第3話
山尾隆二様
弊社へのお振込みありがとうございました。確認しましたのでご報告します。
さて、首都直下型地震の件ですが、添付ファイルのグラフをご参照ください。
通常、自然地震はP波、S波の二つの波が発生しますが、人工地震はP波しか発生しません。また震源地が10キロ以下。マグニチュードや震度の大きさに対して被害が少ないのも人工地震の特徴です。
これらの情報から今回の地震は人工地震と確定できます。
以上が簡単な調査報告となりますが、今後は”工作活動”に取り掛かります。
合同会社ガモフ 郷源介
「あなた、コーヒー淹れました」
山尾隆二は妻、友子の声でスマホから目を離す。
「わかった」
ソファーから立ち上がり、ダイニングテーブルの椅子に座り、コーヒーを飲む。15畳のLDKはソファーのあるリビングルームはダイニングキッチンとつながっている。
所沢で郷源介と打ち合わせしてから三週間が経っていた。
光が丘のタワマンは地震により断水になり、壁面にひびが入ったので消防署の指示で避難所へ移動させられたが、断水が修復し、安全が確認できたとのことで帰宅が許された。
スマホのメールに気づいたのは今朝だった。送り主はガモフ社。日付を確認すると三日前に送信されたものだ。
それにしろ郷が唱える”工作活動”とはなにか。山尾は想像をめぐらした。
あの男、なにかしらとてつもないことを企んでいるのではないだろうか。
山尾はコーヒーをもう一口飲み、吐息をもらす。
コンパクトを見ながら口紅を引く。
茶髪のポニーテールに赤縁の眼鏡。ネイビーのパンツスーツに黒のパンプス。白のフリルブラウスはビジネスウェアにしてはややカジュアル過ぎるか。
鏡に映った自分の姿を確認し、Gはほくそ笑む。
これなら20代前半に見えるわ。
すると事務所のドアが無造作に開かれ、くたびれた茶色のスーツに身を包んた一人の中年男が入って来る。
Gは慌ててコンパクトと口紅をポシェットにしまう。
「社長の郷君いるか」
中年男が言う。
「どちらさまですか」
Gが言う。
事務所内は閑散としており、事務机が四つ並んでいるだけだった。
G以外、だれもいない。
「公安の風見だって言ってくれ。そう言えば郷君ならわかる」
風見と名乗る男は名刺を渡す。警視庁公安部の警部、風見隆明だ。
Gも反射的に自分の名刺を渡す。
「あなたは弦間グミさんか」
風間はGの顔と名刺を見くらべる。
「新しく入ったOLさんかな」
「はい」
「ところで郷君は今どこにいるのかな」
「社長は今、出張中です」
「いつ戻って来るの」
「しばらくお待ちください」
Gは風見に背を向け、スマホをポシェットから出して電話する。
すると風見のスマホが鳴り出す。
「はい、風見です」
Gは風見に悟られないよう注意しながら男の声で、
「風見警部ですか。今、会社に向かうところです。『トムスキンス』で待っててもらえますか」
「わかった。そうする。で、喫茶店にどれくらい待てばいい」
「そうですね。15分はかからないと思います」
「そうか」
風見はスマホを切るとGには目もくれず、急いで事務所を出て行った。
Gはほっと胸をなでおろし、スマホをポシェットにしまう。
やれやれ、あの人の傍若無人ぶりは相変わらずかしら。
Gは立ち上がり、パーティションで区切られた個室に入り、中から鍵を閉める。
個室には鏡台が置かれている。
Gは椅子に座り、眼鏡を取り、ポニーテールのかつらを取り去る。
坊主頭に近いボブカットが現れる。
鏡台の引き出しからゴムマスクを取り出し、頭からかぶる。
ゴムマスクのいろんな箇所を引っ張りながら、自然な人間の顔に仕上げていく。
その上から男性用かつらをかぶり、最後に口ひげをつける。
Gは鏡を見ながら、ニヤッと笑ってみる。
郷源介が現れるまで、30分近く待たされた。途中、何回がスマホで電話したが、先方につながらない。
風見孝明は、入口に近い席でコーヒーを飲んでいた。
これまで何回か郷と打ち合わせで喫茶『トムスキンス』に来たことがあった。
「お待たせしました」
郷は風見に軽く会釈すると向かい側の席にすわる。
いつものように三つ揃いのスーツをびしっと決めている。
「カフェオレ」
近づいてきたウエイトレスに郷は無愛想に言う。
相変わらず、キザな野郎だぜ。風見は心の中で毒づく。
「元気かな」
風見が言う。
「所沢に事務所をうつしてから、郷君の商売は順調かな」
「ええ、おかげさまで」
「ところで、公安からもう一つ郷君に仕事をしてほしいんだが……」
「はい、なんなりとおっしゃってください」
「これは機密事項なんで、あまり周りにしゃべっちゃまずい話なんだけどねえ」
「と言いますと」
風見は周囲を見回すと少し小声で、
「例の首都直下型地震の件だ。いや、郷君には首都直下型人工地震と言った方が、話が早いかな」
(つづく)




