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3 凌雲閣と教授。

 結果的に、林檎君の申し出は受け入れられた。

 但し、客としてのみ。


《お帰りなさいませ、ご主人様》

「あ、はい、ただいま」


「本日のお席へ、ご案内致します」

「はい」


 ココは男装喫茶の要素に、更に西洋の召使い、執事の要素を取り入れた店。

 客は主人、従業員は全て執事として働く者、だと。


「本日はコチラ、春の間にて執事との歓談をお楽しみ頂くご予約で、お間違い無いでしょうか」

「はい」


「では、ごゆるりとお楽しみ下さい」


 この間へ予約を取るには、一見さんでは無い事、そして少なくとも品行方正な常連である事が条件となっているらしく。

 中に入ると、以前に見た事の有る客が、チラホラと。


『失礼致しますご主人様方、本日は社交部初級の指南役を任されました、奏が指導させて頂きます。どうぞ、お行儀良く修学して下さい、宜しいですね』


「《はい》」


 J先生の要望で来た際、大立ち回りを演じていた者よりは、幾ばくか小柄。

 けれども件の事件では、余裕の笑みで逃がすフリをし、しっかりと子女を抑え込んだ強者。


 並の男では、それこそ荒事の不得手だろう林檎君では、太刀打ち出来無いだろう。


『では先ず、初歩の初歩、執事の階級から。ですが先ずは飲み物をどうぞ、それに甘味も、ココは西洋の貴族の私室。ゆったり、お楽しみになりながらご傾聴下さい』


 不慣れな者はココで安心し、ゆっくりと茶を啜り。

 片や常連は、うんうんと頷いている。


 どうやら、何度でも受けられるらしい。


 成程。

 各従業員の説明を聞き比べているのだろう、何とも変態的且つ、紳士な楽しみ方だろうか。




「ありがとうございます、お受け頂け無けれ得られぬ体験だったと思います」


 僕は今、半ば従業員としての奏さんと一緒に、お茶をしています。

 主人との特別な休憩、そうした設定の元、お金を払い取材させて頂いている状態です。


『ただ、勘違いなさらないで頂きたいのは、こうした催しはあくまでも模擬。実際に行われる事は無いので、どうか誤解なさらぬ様に、お願い致します』

「はい、確かに取材を断られていた理由が、良く分かりました。コレは模擬だ、そう誤解をさせない為の説明を差し挟んでは、読者を本から引き剥がすも同義です。ですけど風流が分からぬ者には、説明が居る場合が多い、お客様の為に客を選んでいるのですね」


『はい、問題が起きる前に防ぐ。難しい事ですが、やらなければならない事ですから』

「分かります、凄く」


 僕はとても共感しました。


 やれコレは本当だ虚構だ、真実ならば真実と明記しろ、誤解させるなんてとんでもない。

 そう騒ぐ方の事が、以前は全く理解出来ず、僕は憤りと混乱を溜めていました。


 ですが、教授が教えて下さったんです。


 調べる手間を惜しみ、気軽に知恵を得たい。

 そうした者の戯言、寧ろ学びを阻害する間者だと思った方が良い。


 本当かどうかが気になったなら、調べれば良い事だ。

 図書館は無料の公の場、中には一次資料も置いてあるのだから、自らの足と目で確かめれば済む。


 だが、その手間を省き、基礎の知恵も無しに知識だけ得たい。

 そうした怠け者の、単なる愚痴、八つ当たりに過ぎんよ。


 僕はその言葉に、しっくりきて納得しました。

 他に良い混ぜ具合だ、とお褒めのお手紙にも目を通し、読者の差異を知っていたのにです。


 僕には色々と抜けが有るんです。

 極稀に、点と点が勝手に繋がる事も有るのですが、先生方はそうした事が飛び抜けて上手い方しか居ない。


 記事は書けれど物語は、僕には書けないんです。

 言われてやっと、線が繋がる程度なんですから。


『ご主人様のご苦労を、どうか執事の奏に、吐き出しては頂けませんか』




 林檎君の目に、何度乙女心が湧いただろうか。

 しかも、こうして店を出た後も、恋をした乙女の様にほうっとし続けている。


《確かに、ココの虜になる者は多いだろうね》


「ですね、本当に、女性の気持ちが何度となく理解出来た様に思います」

《僕もだよ。このままでは、林檎君が乙女になってしまうんじゃないかと、何度思った事か》


「えっ、僕、そんなに顔に出ていましたか?」


《顔と言うか、目と言うか》

「神宮寺さんは平気そうでしたね?やはり女性らしい方でないと、興味が湧きませんか?」


《と言うより、君が嵌まって散財してしまわないかと、幾ばくか心配でね》


「そんなに、ですか」

《あぁ、顔を赤らめていた時は、思わず正気に戻したくなった程だよ》


「あ、ですけどコレはお仕事、お店で客と従業員だからこそ得られる事ですし。寧ろ、それ以上を求める方は、どうした事になれば」

《質の悪い飲み屋の手口だよ、中には結婚を匂わせる者も居るらしいからね》


「ですけど、何も無くても勘違いしてしまうのは、理想の押し付けですかね?」

《優しく看護してくれたのだから、家でも優しいのだろう》


「仕事相手に過度にキツく当たる事も、酷く親切にする事も滅多に無い事の筈なんですが」

《自らの公私混同を他人もしているであろう、いや、寧ろしていて欲しい》


「果てはしているだろう、と」


《点と点が繋がらないかい》

「はい、何故、事実誤認が起きてしまっているのかが謎です」


 どうやら、林檎君が嵌る事は無さそうだが。

 念の為、釘を刺して貰う事にしよう。


《では、教授に伺いに行くのはどうだい。ケーキ屋に新作が入ったそうだよ、果物入りのロールケーキ、ほら》

「わぁ、美味しそうですね、並びましょう」




 ふむ、確かにコレは心配するのも無理は無い。


『神宮寺君、君が気にしている通り、無策のままでは事件が起こる事は間違い無いだろうね』


《あ、いえ》

『まぁまぁ、照れずとも良いだろう、実に目の付け所が素晴らしい』

「あの」


『彼は君が揉め事に巻き込まれては困る、そう思い助言し、ココまで来たワケだ。感謝し給えよ林檎君、君を真に思う友人が、ココに居る事を』

《いや、まぁ、確かに面倒事は嫌ですが》

「ありがとうございます、神宮寺さん」


 ふむ、若人を程良く誂えたのだし、そろそろ本題に入るとしようか。


『先ずはだ、事実誤認、事実を捻じ曲げる者についてだ』

「はい」


『自己の考えに疑いを持つ事が、非常に難しいのだよ』


 まさか、自らが間違っているかも知れない。

 などと言う事は、そうした者の頭に滅多に浮かぶ事は無い。


「全く、分かりません」

『では例えるなら、数学者で行うとしよう』


 もし、そうした者が数学者なら、新しい公式を思い付き書き記す。

 そして改めもせず、そのまま提出し、公式に誤りが有るとして却下されるも。


「ソチラの計算が間違いだ」

『そう、だが決して、計算をし直す事はせん』


「何故なら、間違える事は無い、頭の辞書に存在しない」

『いや、寧ろ逆なのだよ。どうやら、一部の者は、1人で何かを行っていると消えてしまうらしい』


 だからこそ、自らが間違える事が無いと思っているのかと問われたなら、そうでは無いと答えるが。

 不意に、それは大勢で居ようとも、不意に消えてしまう。


「有る筈のものが、消えてしまうんですね」

『消える場合は、まだ可愛いもの』


 文字のみ知っている。

 そうした者の、何と恐ろしい事か。


《事件が有ったんですか》

『あぁ、アレは酷い事件だった』




 僕も良く知る事件でした。

 特段に甘やかされたワケでも無い、良く居る子供が育ち、大事件が起きました。


 電車の、速度超過による脱線事故。

 貨物列車での出来事により、死傷者は殆ど出ず、運転手は助かったのですが。


 その証言のあまりの奇異さから、異常を疑う声も上がり、神経科医が鑑定を行ったそうですが。

 何も、異常は出なかった、と。


「ですが、記録を再検証した結果」

『病的に自尊心が高く、思い込みの激しい者が、事故を起こしたとの結論に至り』


 世間には、マトモに見える異常者が居る。

 その当たり前が、何故か世間を混乱させる事となった。


「思い込みの激しい者に、思い込みが激しいかと尋ねても」

《いいえ、と答えるでしょうね》

『だが、実際に思い込みの激しくないモノに尋ねた場合は、どうだね』


「そうでは無いと、思います、多分」

『こう迷いが生じる者は、疑える者でも有る。だが生じぬ者は時にその答えを論い、時に不利な場合に用いり、一貫性を欠く場合が多い』


「そして以降は、検査の実施、又は周囲からの聞き込みを行う様になり。職業選択は、より難しくなった」

『確かに戦や荒事なら、迷わず何かをする事は、時に英雄とすら呼ばれるだろう。だが我が国は平和だ、平時、その過信は無用の長物となってしまった』


「進化、と呼ばれるモノの必須項目、だったんですよね」

『だが、淘汰の時期が来たのだよ。全滅は避けるべきだが、今の時代は、極一部の疑えぬ優秀な者だけを必要としている。後の大多数は、臆病で慎重な者が有利となった』


「他に誰も残っていないか、鍵は閉めたか、以前は誰が確認を行ったか」

『ビザンツなる国は嘗て、城門の鍵の閉め忘れにより、滅びたそうだ』


「何故、そんな大事な事を」

『私はね、コレを、自らを疑えぬ病、そう名付けているのだよ。省みる、自らを疑う、その単語は有れど文言が骨身に染みぬ者』


「英雄の、成れの果て」

『若しくは稀代の詐欺師、そうした者は自己を偽る事に躊躇いが無い。なんせ』

《偽っている自覚も無い》


『あぁ、そして極まった者は、そもそも言った事を忘れ簡単に覆す』

《その根底こそ、異様に高い自尊心、ですね》


『だが、自らは大多数と同様、それなりに謙虚だと言うワケだ』


「そうして、相手は自分を好いているだろう、と勘違いしてしまう」

『君とは感性の違いから、確かにその様に思うのかも知れないが、僕らの仲はその様に容易いモノでは無いのだよ』

《例え相手に否定されようとも、照れ隠しだ、誰かに脅されているのだと。無理にでも辻褄を合わせようとする》


『ふむ、流石だね神宮寺君は』

《あぁ、僕に任せられる事の大半が、そうした者ですから》


『そこで殺生石でバーン、と殴るワケだ』

《ですね》


『こう、心根に効く殺生石が有れば、良いんだがね』


「僕、こうした問題の度に、凄く不安になるんです。自分は、そうした事をしていないか」

『流石に、常日頃から自らを疑う者もまた、私の患者となる者だ。そして誰しもが夢中になる事も有る、何か、大切な事を忘れる事も有るだろう』




 だが、彼ら彼女達は、そもそもの優先度があまりに違う。

 自らを最優先とし、その幾つか後、何番目かに他者の事を考える。


 例え2番目であろうろとも、その差は、距離の長さはあまりにも長い。


「だからこそ、無感情なる者との類似点している」

『あぁ、だが賢い無感情なる者なら、学習から距離を縮める事は可能だ』


 だからこそ、無感情なる者の問題が表面化する事は殆ど無い。

 彼ら彼女達は他者には共感出来ぬが、大切に扱うべきだと、良く理解している。


 だが自己を疑う事が出来ぬ者は、何かしらを決定する際、時には自己の立場すらも忘れてしまう。

 幾ら罰を受けようとも、どんなに叱られようとも、ついうっかり自己の利益を優先させてしまう。


「治らないのでしょうか」


『生来の事、生まれ変わり同様、そこまでの事が起きなければ無理だろう』

「なら、記憶を」


『残念だが、血だろう、そう言う事になっているのだよ』


「先生、喫茶の方々に講義をお願い出来ませんでしょうか」


『うむ、先ずは私から申し入れてみるとしよう』

「はい、ありがとうございます」


『いやいや、良い甘味を揃えていると聞いてね。なに、興味本位も含んでの事だよ』

「ありがとうございます」




 頭では分かっています。

 分かってはいるんですが。


《血のせいだなんて、不条理で不合理、可哀想ですら有る》

「ですけど、僕らは偶々、そうはならなかった」


《本当に忘れて困っているなら、刺青でも彫れば良いんじゃないかな、我省不可成。けれど、結局は何かしらの理由を付け、少しでも不利な事は泣いてでも避ける》


「そう自己防衛だけなら、良いんですけどね」


《もし君がそうなってしまったら、僕は本気で刺青を彫れと言うよ》

「手加減しないで下さいね、僕は誰も困らせたく無いですし、憤らせたり悲しませたく無いんですから」


《困らせるつもりは無かったの、怒らせるつもりは無かったの》


「悪霊って、そんな方ばかりなんですか?」

《勿論、けれどマシな方だよ、獣より少しは言葉が通じるからね》


「管狐とかはどうなんでしょう、それこそ犬神とか、ムジナとか」

《素直な分、人よりマシだよ》

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