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ドール  作者: 竹取 裕基
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第二十一章

 土曜日の朝。

「これは、どういう事でしょうかね?」

 電話先の男は、食い下がっている。

 その声に、田中は頭を悩ませていた。

「いや、何か不具合でもあるんじゃないですか? 僕は、ちゃんと契約通り、ドールは自宅で使用していますし、誰かに譲渡などしていませんよ」

 静かにそう言ってみたが、相手の男は納得しない。電話先は、このドールの製造元である東洋化学産業である。モニタリング担当者の佐藤と言う男だ。ねちっこい物言いをするのが気に食わなかった。

「しかし、当社の位置情報の履歴を見ておりますと、明らかにドールの位置情報が検出できない時がございます……」

 疑問を投げかけてくる。

「そう言われてもね……こちらも困りますよ」

 田中は、冷汗が首筋を垂れていくのを感じた。

 嘘はあまり得意じゃない、そう思いながらもここは嘘をつかねばならない。

「しかし、ドールの位置情報の精度は、スマホと同じで半径数メートルの誤差しかないはずなんです。GPSの誤差も、今では国産のGPS衛星「みちびき」なども活用しており、年々精度が上がってきております。……お客様のご購入されたドールのうち、現在もモニタリング中の物が「由香里」「未祐」「麗香」の三体でございますが、そのうち「由香里」と「麗香」が時折、位置情報が消える事があり、また「未祐」の位置情報が、このところずっと消えたままです。何らかの理由でWi-Fi接続がなされていないと思われるのですが、明らかに不自然な感じに思われてご連絡差し上げた次第でございます。常時Wi-Fi接続の義務も契約書に書かれておりますし、もしやお客様、誰かに貸与、または譲渡なさっておりませんか? その場合ですと重大な契約違反となり、違約金として即座に本来の販売価格との差額を、お支払いいただくことになるのですが?」

 佐藤は、食い下がってきた。状況を分析すると、ドールたちの位置情報の消失は、単なるルーターの不具合などによるWi-Fi接続の問題とは少し考えにくい、第三者に譲渡、貸与している恐れがあるのでは? と食いついてきているのだ。とりわけ佐藤がこだわったのは、未祐の位置情報についてだった。未祐の位置情報が解らない以上、誰かに貸与や贈与している恐れがある、と噛みついてきた。

 由香里たちのドールの正規の値段は一体九十万ぐらいだった気がするので、これを一体十万円で購入している以上、差額の合計は、二四〇万円にもなる……田中の年収に近い金額だ。

 そんな金など、払えるわけがない。

 そう思いながら、必死で言い訳をした。

「でも、ドールを誰かに貸したりなんてしていません。きっとGPSの故障ではないですか? そもそも、ドールなんて重いし、僕、自分のドールを人に貸したいとは思いませんよ、考えてもみてください。自分が使っているドールを誰かが抱くのですよ? 嫌じゃないですか? その誰かが使ったドールを抱けますか? 僕なら嫌ですよ、汚らしい気がします」

 普段寡黙な自分が、こんなにもへらず口を叩けるのかと驚く程に、饒舌になった。二四〇万円を払いたくない思いで必死になったのだ。

「まあ、いいでしょう。……ただし、当社でドールの不正利用があると判断した場合は、先ほど言った重大な契約違反に当たりますから、違約金を請求させていただくことになりますので、くれぐれもお気を付けください」

 そう言って佐藤は電話を切った。

 客が切るより先に電話を切るとは失礼な奴だ、と思ったが、とりあえず二四〇万を払わなくて済んだことにホッとした。

「どうしたんですか?」

 珍しく麗香が尋ねてきた。いつもは田中を遠慮がちな目で見てくるだけで話しかけようともしないのだが、心配そうな瞳を見ていると、少し話をしてみるのもいいかと思った。

「いや、大したないよ」

「その割には、何だか深刻そうな話でしたけれど……」

 薄々、麗香は気づいているような気がした。下手に隠し立てするのもどうかと思った。

「実はね、麗香たちの事なんだ」

「私たちの?」

 少し咳払いをして、続けた。麗香はじっとこちらを見ている。

「ああ、メーカーが、麗香たちの位置情報、とりわけ未祐の位置情報に、どうも不審な点がある、って言って文句を言ってきた。誰かに君たちを貸しているのではないかと疑っているようだったんだ。もちろん、違うと言ったけどね」

「そうなんですか……」

 意外とこの子、喋るんだと感心しながら麗香が言うのを聞いていた。

「ああ、そうだね。言い訳は一応したけれど、嘘を言ってるのはバレてるだろう」

「そうですか……もし嘘がバレたらどうなるのですか?」

 麗香は、眉を寄せて、さらに心配そうに見つめてきた。

「そうだね、二四〇万円払わないといけなくなる。そんな金はないから困っているんだ」

 そう言って、力なく笑った。

 すると、突然、麗香が両手を握ってきた。

「大丈夫です。きっと、大丈夫。うまくいきます。元気出してください」

 そう言って、握った手を上下させた。意味は良く解らないが、元気づけてくれているような気がした。

「ありがとう」

 そっと麗香の肩に触れた。

「うん。きっと、あかねたちも見つかりますよ」

 そう言って、また麗香が元気づけてくれた。

 田中は、そんな麗香を、目を細めて眺めた。

「そうだね。がんばろう」

 そんな田中を見て、麗香は、にっこりと笑った。

 思わずその頭を撫でた。麗香の肩は嬉しそうに見えた。

 テレビでもつけようか、そう思った。今日は電話で叩き起こされて、朝から一度もテレビもつけていない事に気が付いたのだ。沙羅と由香里は榊原駅周辺に買い物に行ったと、紗耶香が言っており、紗耶香が替わりに朝食の支度をしている。紗耶香は、いつものように静かな感じだが、黙々とキッチンに立ち、料理をしている。その後ろ姿が見えた。白のセーラー服とショートヘアが、窓から差し込んでくる日差しに時折、輝いて見える。

 地味だが、なかなか可愛らしい。

「紗耶香」

 声をかけてみた。紗耶香は、そっと振り向くと、軽く会釈して前を向いた。

 その胸は白いセーラー服の下で豊満に揺れているのが解った。

 知的なその瞳。見ているだけで愛らしさを感じる。

 思わずそっとその肩に触れようと思った時、ちょうど横に麗香が来た。麗香が紗耶香の隣に立ち、「お姉さま、今日は何を作っているの?」と無邪気に聞くのをみて、肩に触れようとした手を引っ込めた。

 つい、スケベ心を起こしてしまった。そう思って思わず田中は苦笑した。以前は、もしドールたちが覚醒して人間のようになったら、まるでハーレムのようで楽しいだろうと思ったのだが、実際にドール達がこうして覚醒すると、やはり人間の女を相手にしているようで面倒臭い気遣いも必要なのだ。

 それにしても……あかねたちが三千万円を奪った事件もあれから進展がない。どうなったのだろうか。

 カレンダーを見た。

 もう六月に入った。次の満月の六月二十一日まで、三週間もない。

 それに、新月も近い。

 新月と満月……どちらもドールを覚醒させる呪文が使える時である。

 何もなければよいが。田中はカレンダーを見ながらそう思った。次の新月は、六月六日だ。

 あかねたちを見つけられなければ、どのみち仙人に命を取られるのだ。そう思うと、やはり恐怖感がしみじみと湧いてきた。このまま、何もしないで死んでいくのは、やっぱり嫌だと思った。どうせなら、やるだけの事をやって、死のう。そう思ったのだ。だが、何をやったらいいのか解らなかった。こうしている間にも、時は無情にも過ぎていくのに……。

 

 

 その夜。田中は夢を見た。

 ……夕闇の中、車窓から田園風景が見えた。

 やがて駅に着いた。ここはどうやら終着駅らしかった。

 客は誰もいない。誰もいないホームを一人、改札口へと歩いていく。空は嫌な赤色でまるで血のような色をしており、夕暮れ時のように見えた。時折、蝙蝠のような不気味な生き物が飛び交っているのが見える。

 嫌な感じがする。早くここを出よう。

 そう思って改札口を探すが、探しても、探してもなかなか見つからない。どういうわけか、ホームをどこまで行っても改札口がないのだ。

 どれだけ走ったことだろうか? 疲れ果てて、ベンチに座り込んだ。

 ふと、駅の時計を見た。

 いつの間にか、真っ暗になっている。午前二時だ。

 こんな時間になっても、ホームから出られない。どうしたらいいのだろう。

 すると、肩を叩かれた。

 振り返ると、そこには老人の駅員がいた。

「お客さん、どうされたのですか?」

 親切そうなその老人は、心配そうな目を向けてくる。

 その様子に、地獄に仏を見た思いがした。

「実は、改札口が解らなくて、駅から出られないのです。どうしたらいいでしょうか?」

 そう訊くと、駅員は、そうですね、お客さん、改札口は実はすぐそこにあるんですよ、と事も無げに答えた。

「どこにあるのですか?」

 と尋ねると、駅員が指さした方向に下りの階段が見えた。

「あの階段を、降りて行った先に改札口があるんですよ」

 そう言って教えてくれた。

 だが、何か変な気がした。あの電車は地上を走っていたのに、どうして下りの、多分地下に通じる改札口を教えるのだろう? 解せない気がしたが、とにかく駅員に礼を言って、階段を降り始める。

 多分、駅の構造で、一度下りになるが、地下道か何かを通って結局は上りの階段になって外に出るようになっているのだろう。

 そう思って階段を降り始めたが、いつまで経っても下りばかりで一向に上りの階段も、地下道も出てこない。だんだん不安な気持ちになってきたとき、突如、改札口が階段の下に見えた。

 制帽を被った駅員が一人、背中を向けて座っているのが見える。その改札の先には、コンクリートの壁の中に黒い扉が見えた。

 改札を出ようとすると、駅員が切符は? と尋ねる。

「切符ですか?」

 慌てて切符を探すが、見つからない。服のポケットも、カバンの中も、一生懸命に探すが、見つからない。

 これは困った、お金を払って出してもらおう、と思った。

「切符を落としちゃったみたいです。幾らですか?」

 そう尋ねると、駅員は制帽を取った。

 驚いた。

 あの仙人ではないか。

「あ、あの……あの時の……」

 思わず口走る。全身の血の気が引いていくような気がした。

「そうじゃ。儂じゃ。どうだ? 切符は見つからんのか?」

 仙人は笑っている。でも、その目は笑っていない。

「はい。見つかりません。だからお金を払いますから……」

 と言うと、仙人は意味ありげに笑った。

「見つからないのか……まだ、見つけられないのか……」

「ええ、どうしても見つからないのです。お金を払うからいいでしょう?」

 そう言ってみると、仙人は黙った。

 嫌な沈黙が続いた後、仙人が言った。

「お金で? 何でも金で解決するのか? ……ところで、あの黒い扉の中は何じゃと思う?」

 その口調に、得体の知れぬ恐怖を背中に感じた。

「わかりません。何ですか?」

 声が震えているのが解った。

「教えてやろう。ほれ」

 仙人がそう言うと、黒い扉が静かに開いた。

 中は、炎に包まれている部屋だ。扉が開いたその部屋からは、燃え盛る業火が飛び出してきた。

「火葬場じゃ。人類の。お前は呪文を漏らさないと言う儂との約束を破った。また、次の満月までに必ず人形を見つけると約束したではないか。それなのにお前は毎日何をしておる? ゴロゴロと寝てばかりいるではないか? 人形を見つけられないし、何でも金で解決させようとする性根、その腐った根性が気に食わないのじゃ。お前だけではない、儂は時の始まりよりお前たち人類をずっと見てきたが、お前たちの何でも武力か金で解決させようとする腐った性根は何も変わらないし、むしろ時代が過ぎるにつれて悪くなっておる」

「か、火葬場? 人類の火葬場? ど、どういう意味です? 人類の火葬場とは?」

 震える声で尋ねると、仙人は田中の目を見ながら、静かに言った。

「儂は、いい加減、お前たち人類に飽き飽きしてきたのじゃ。何前年、何万年経っても、本質的には何も変わらない。低レベルの争いばかりしておるではないか。お前たち人類の腐った性根を見ているとだんだん頭に来たのじゃ。じゃから儂は、もし、お前が次の満月までに人形どもを捕まえられなければ、お前たち人類を滅ぼすことに決めた。次の満月が……お前たち人類の最後の日となるであろう」

「そんな……そんなの無茶苦茶じゃありませんか。人類と言ってもいろんな人がいる。いい人もいるし、一生懸命生きている人もいるじゃないですか、それなのにみんな一緒くたにして滅ぼそうなんて。あまりにも無茶苦茶だ、ひどすぎる。あまりにもひどいではありませんか?」

 必死に田中が食い下がってみたが、仙人の表情は変化がない。

「愚か者。お前たち人類は、この世界に何をなしてきたというのじゃ? 人類は古代からずっと下らぬ無益な殺し合いを続けておったが、儂は、無垢な幼児が時には乱暴な事をするように思い、大目に見ておった。しかし、今では進んだ文明と科学技術を持ったにも関わらず、それを悪用し、お前たちは地球を何度も滅ぼすような武器を持って対峙しておろう? それなのに、お前たちは争いをやめようとせず、さらに強力な武器を揃える事ばかりに熱心ではないか。お前たちの頭の中にあるのは、欲望を満たす事だけではないか。欲望を満たすためには他国の侵略、虐殺、略奪も厭わず、金儲けのためなら、人類はどんな汚い事でもやっておろうが。そしてお前自身も関心事は、金と女の事だけではないか、お前も含め人類など下賤な下等生物にすぎぬ。いわば地球に巣くうダニに等しいのじゃ。ダニは退治せねばならん。よいか、期限は次の満月じゃ。忘れるでないぞ。もしお前が人形どもを捕まえられなければ、儂は必ず、お前たち人類を滅ぼすであろう」

 

 そこで目が覚めた。背中にびっしょりと汗をかいていた。

「あれは一体なんだ?」

 思わず口走る。

 寝室のベッドの下で寝ている沙羅を起こさぬようにこっそりと枕元のランタンをつけて、夢日記に先ほどの夢を書いた。夢の中で駅員に扮していた仙人が切符を見つけられない事を咎め、そしてその切符はドールを意味しているのは明白だった。仙人はドールを見つけられない事に怒っているばかりではなく、人類の争いの絶えない歴史そのものへの怒り、そして全く進歩の見られないこの人間という種に対する嫌悪感を露わにして、もしあかねたちドールを捕まえられなければ、次の満月……つまり六月二十一日に人類を滅ぼすと告げたのだ。

 どうしよう……ああ、もとはと言えば、あの呪文が漏れてしまったからこんな事に……どうして……こんな事になったのだ、そう思ったが、ドールを見つけられなければ、あの仙人は本当に人類を滅ぼそうとしてくる気がした。でも、どのようにして?

 解らない。ただ不安だけが、まるで不気味な黒雲のように、田中の胸の中で広がっていた。 


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