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後編

 私が隣国へ辿り着いたのは、それから半日ほどした真夜中のことだった。


 初めて見る街の景色は目新しくて私は好奇心に目を輝かせるが、しかしすぐに本来の目的を思い出した。

 早くこの国の城を見つけなくては。


 ――青や赤の光が煌々と灯るその建物が城だと気づいたのは、しばらく探し回った後のことである。

 私の姫様の国とは違い、ずいぶん賑やかな国なのだろうと私は思った。私たちの国はすでに腐敗しているらしく、庶民は食うや食わざるやの生活を送っているらしい。


 ……ともかく。

 私はその城へ降り立つと、窓から中を覗き込んだ。

 たくさんの人々が入り乱れて踊っている。何かパーティーでもやっているのだろうか。

 しばらく眺めていたが、私はとある重要なことに気がついてしまった。


 私が王子の顔を知らないという、痛恨の事実に。


 私はただの鷹であり、言葉を話すことはできない。

 ではどうやってこの手紙を王子に渡せばいいのだ。


 鳥なので頭を抱えるなんて器用なことはできないが、代わりに翼をバタバタと震わせた。

 一体どうしたら……。今度はとうとう閃かず、本当に困ってしまった。


 そんな時に城の中から声がしたのだ。


「……王子、どうして踊らないのですか? せっかくの夜会だというのに」

「僕は……」


 その後の会話は重要ではない。

 王子と呼ばれた人物――姫様より二、三歳は歳上と思われる青年――に私は狙いを定めた。

 本当に彼が姫様が想いを寄せている人なのだとしたら。


 私は窓を勢いよく爪で叩いた。


「……?」


 それに気づいた青年が私の方を向く。

 彼と目が合って、私は確信した。間違いないと。


「そこにいるのは誰だ?」


 王子がガラッと窓を開ける。

 その途端、私は城の中へと突撃した。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 当然のことながら、大きな騒ぎとなってしまった。

 まさかこれほどに騒ぎ立てられるとは思ってもみなかったので私は驚くと共にひどく反省している。


 しかし王子は、私を追い出そうとする護衛たちを制してくれた。

 私の咥えていた手紙を見つけたからである。


「それ、もしかして僕宛てなのか?」


 私は首を縦に振った。

 どうやら頭のいい人のようで良かった。

 それにこの王子、容姿も声も何もかもが抜群なのである。さすが姫様が惚れた人だ。


「なら読ませてもらおう。鷹くんは僕の部屋まで来てほしい」


 私は彼の部屋へ連れて行かれた。

 姫様はともかく、猛禽類の私を彼は怖がらないのだろうか? まあ怖がられては困るのだが……。


 そんなことを思っているうちに、王子は手紙を読み始めていた。


 そこにどんな愛の言葉が詰まっているのか、私にはわからない。

 けれど王子は血相を変えると――。


「鷹くん。僕を城まで運んではくれないか?」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 と、いうわけで。

 私は手紙の代わりに王子を咥えて、現在自国へ帰って来ていた。


 彼の独り言から推察するに、姫様の手紙には『城に囚われている。あなたに会いたい』ということが書かれていたらしい。

 道理で王子が焦るはずだった。普通、姫たる者が囚われるなど合ってはならないことなのだから。

 幼い頃からずっとそうだった姫様はいまいちそこら辺をわかっていない。今回の手紙だって、姫様的には純粋に王子と会いたいという気持ちだけだったのだろうし。


 でもやっとだ。

 やっと、私の念願の夢が叶う。


 姫様があんなところに閉じ込められることなく、好きな人と幸せでいてほしい。


 そんな父親心というか、そんなものだ。

 私は姫様のペットであるが、姫様と同じだけ生きている。鳥という種族であるからして私はもう老年だ。だからこのような頼れる青年に姫様を預けたいとずっとそう思っていた。


 ……私の心など知らぬ顔で、私の嘴に背中を挟まれている王子は、ぶらんぶらんと揺れて悲鳴を上げている。

 その様子を見ると少し情けなく思ったが、まあいいだろう。


 姫様を幸せにしてくれるなら、私は構わない。

 もしも姫様を見捨てて義妹に執着するようなことがあったら私は彼をこの嘴で八つ裂きにするだろう。


 と、物騒なことを考えている場合ではなかった。

 もう城が見えて来たのだ。ライトも何も灯っていない、朝焼けの空に城の姿が映えている。これはこれで美しいなと思った。


 私は翼をまっすぐに伸ばし、ゆっくり降下する。

 直接城の塔に行っても良かったのだが、以前に塔を抜け出そうとした時のようにうっかり見つかって騒ぎになると困る。できれば安全に姫様を連れ出したい。


 私たちは城の庭園に降り立った。

 王子が「ひとまず国王に話を」と言ったが、私はブンブンと首を振る。


 姫様を冷遇するようなあんな父親――国王に、話を通しても無駄だろうから。

 私の意図を察したのか王子は城の中へ向かうのをやめ、まっすぐに塔へ行くことにしたらしい。私は彼の腕を止まり木にして、ついて行った。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 朝早かったのもあって、幸いなことに誰にも見つからずに来られた。

 塔の鍵を見張りの兵から奪い、鍵を開ける。もちろん兵士は地面に転がって昏倒中だ。


 王子、細っこい体をしているのに意外と強いらしい。


 そして塔の螺旋階段を登っていく。

 私は王子の腕の中で揺られながら思った。早く、早く、早く――。


 そして私の姫様は、小さな部屋の中で一人ぽつんと待っていた。

 私は彼女を見た瞬間、大きく鳴き声を上げる。そして王子から離れ、姫様の腕に止まった。


「鷹ちゃん、ちゃんと連れて来てくれたのね……」


 私の首を撫でながら、姫様がそう言う。

 彼女の視線が釘付けになっているのはやはり私ではなく、王子の方だった。


「君は、この前のパーティーの」


「ええ。わたくしがあの時の姫です」


「どうしてこんな塔に監禁されている?」


「お父様も義母様も、わたくしが邪魔だからです。でもわたくしは満足していますよ、鷹ちゃんがいますからね。……でも」


 詰め寄る王子に、姫様はそっと微笑んだ。「わたくし、あなたのことが好きになってしまったの」


 私は二人の静かな――そしてある意味熱い会話を、じっと聞いていた。

 姫様が告白をすると王子が頷き、「こんな牢屋からは逃げ出そう」と言う。

 首を傾げつつも姫様は、王子と一緒ならどこまでもついて行くと宣言した。


 ……長年思い合っていた恋人のようだ。まるで、今出会ったばかりとは思えないなと私は思った。

 ともあれ、姫様は塔を出ることになる。誰にも見つからないかと心配はしていたが、今回は頼れる王子もいるし大丈夫だろう。


 何年も何年も囚われ続けた城の塔から、やっと解放される。

 そして、螺旋階段を降りた先――。


「ずるいですわ、義姉様」


 悪女がいた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「義姉様ったらどうして王子様と一緒にいますの? その方はあたしの婚約者ですわよ?」


「あら、あなた……。この方はまだあなたの婚約者じゃなかったはずよ?」


 姫様の言葉などお構いなしに、ドレスで着飾った醜女が王子へと近づいていく。

 まあ醜女というほど醜女ではないが、性根が醜いのでやはり醜女だ。


「ですよねぇ、王子様? その女は鞭打ちをするために連れ出したのですわよね? その女にはもっと罰を与えなきゃいけませんわ。ね?」


 私だけならば、今すぐにでもこいつを八つ裂きにしただろう。

 しかし私は姫様のペットだ。姫様に迷惑をかけるようなことはできず、下手に動けなかった。


 でも、


「君なんかと婚約を結ぶわけがないだろう。鞭打ちされるなら、君の方だ」


「まぁっ」


 良かったな王子。もしもこの時醜女を選んでいたら、醜女もろともあの世行きだった。

 しかし彼の一言に激昂した義妹は、「何かの魔法をかけたんでしょう!? 義姉様、ずるいですわよ!」と姫様に掴みかかった。


 前言撤回。私は我慢がならなくなった。


 醜女の首元を鷲掴みにすると、宙へと舞い上がる。

 私の爪が首に食い込んだのかして女が悲鳴を上げた。しかし私はもちろんそれを無視して、さらに爪を鋭くする。


「ありがとう!」


 眼下で姫様が叫んだ。

 私はその言葉だけで嬉しく、一声鳴いて飛び去った。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 その後私があの醜女をどうしたか……。

 それはもちろん決まっている。食ったのだ。


 海に落とすのも考えたが、それは危険性があった。うっかり助かった後に復讐をされると困る。

 醜女の肉はあまり美味いものではなかったが、しかし、悪くはなかったな。


 邪魔をする悪女もいなくなったことだし、王子と姫様は無事に逃げ出せたようだ。

 そして戻って来た私と合流し、一緒に隣国へと向かうことになる。どうやら隣国で暮らすようだった。


 これはあくまで余談だが。

 空を飛びながら、私の背の上で二人がキスを交わして愛を囁き合っていた。


「あの時、僕は君に心を奪われた。結婚してほしい」

「わたくしもです」


 なんだかラブラブな夫婦になりそうな予感がする。

 その時の姫様の最高の笑顔を見逃したのは、私の人生の大きな失点だったと後で思うのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 姫様と王子はまもなく結ばれ、二人で幸せに暮らしている。

 そして私は姫様の腕を止まり木にしながら彼らの様子を微笑ましく思いながら眺めるのだ。


 ……そういえば。

 もうすぐ二人の間に一番目の子供が生まれるのだそうだ。

 きっと姫様に似て可愛く、王子に似て凛々しい子なのだろうな。しかし私はその姿を拝むことはできなさそうだ。


 ……私は姫様のペットとして、役目を果たせただろうか?

 早くにして亡くなった姫様の母君。私は雛鳥の時に母君に買われ、姫様へと送られた。その時の母君の言葉がこれだ。

『私の娘を、どうか幸せにして』


 きっと、もう大丈夫だろう。

 私は姫様たちの楽しげな様子を見ながら、そっと深い眠りについたのである。

 この話の元となった猫じゃらし様のイラストです。


挿絵(By みてみん)



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― 新着の感想 ―
[一言] 鷹くぅぅぅん(´இ□இ`。)°!! お姫様、幸せになってくれて良かった……!! とにかく鷹くんがイケメンすぎてもう……鷹くんファンになりました!! 素敵なお話でしたぁ❀(*´▽`*)❀
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