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公爵令嬢は、聖獣公爵に愛される  作者: ハナショウブ
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公爵夫人

静かな部屋は、中央に台座があるだけのシンプルな空間だった。

10年前に母親が再婚することになりこの部屋には入ったが、当時はよくわからないままに連れてこられていたので、あまり周りを見ている余裕もなかったと思う。

覚えているのは真っ白な毛並みの大きな狼。それが聖獣ホルケウ。とても綺麗で怖いとは思わなかった。

2人分の靴音だけが響く。

空の台座に近づいたルークは静かに天井を見上げた。

「ルーク」

どうしたらいいのかわからずライラは不安な声を漏らしてしまう。

「大丈夫だ」

天井を見上げたままルークは何かを確信しているように呟いた。

同じように天井を見上げてみたのだが、そこには何もない。

「花を台座に置いて」

視線を戻したルークが、ライラの持っている花束を台座の前に置くように言ってきた。

聖獣に会うためには必要な行動なのだろう。聖獣の間での儀式に関してはすべてルークに従うのが一番だ。一緒に調べものをすることはできるが、儀式に関してはルークの方が経験がある。

彼から離れて台座に近づくと、持っていたカスミソウのブーケを置いた。

数歩下がって様子を見てみたが、特に反応がない。

不安になってルーク振り返ると、彼は静かに頷いて手を伸ばしてきた。

台座から離れるべきだということのようだ。

素直に手を取って従うと、さらに台座から離れる。

ふと、風を感じたような気がした。頬を掠める空気の動きを感じ取ったというべきかもしれない。

ルークも同じものを感じたのか、無言のまま台座を見ると、彼は静かに微笑んだ。

ライラを見て視線だけで合図を送ってくる。

促されるままに台座へと視線を向けたライラは驚きで息を飲んだ。

台座の上にお座りをするように静かにホルケウが腰を下ろしていた。その口にはライラが置いた花束が咥えられている。

「ホルケウ・・・」

その呟きが聞こえたのか、ホルケウの尾が一振りされた。

白い尾は触りたい衝動に駆られるほどふさふさとしている。

きっと柔らかくて心地よいだろう。

「ここではホルケウが最上位の存在だ。礼を尽くさないといけない」

邪な気持ちが芽生えていると、ルークが膝を折って礼をするように言ってきた。

淑女の礼はスカートを摘まんで軽く膝を折る程度。それが王族であっても床に片膝をつくことはない。

だが目の前にいるのは聖獣だ。人間とも違う特別な存在。人が決めた礼など無意味なのだ。

スカートの裾を気にしながらゆっくりと膝を折る。

ルークに倣って頭を下げれば、すぐ近くに気配を感じた。

恐る恐る視線を上げてみると、いつの間にか視界を白い毛で埋め尽くされていた。

されに顔を上げていくと、こちらをじっと見降ろしているホルケウと視線が合う。

「あっ・・・」

ここからどうすればいいのかわからず、ライラはただ聖獣を見上げたまま固まってしまった。

「ホルケウ」

隣でルークが静かに言葉を紡ぐ。

「彼女が俺の妻になってほしいと願う相手だ。クリスタラーゼの当主夫人としてどうか認めてほしい」

僅かに視線がずれるとホルケウがルークを見下ろす。

それは僅かな時間だった。

「え・・・」

お互いの視線が合ったのか、ルークが少し驚きを含んだ声を上げた。

気になって見上げたままだった視線を横に向けた。

ルークも同じように見上げた格好のまま明らかに驚いた顔をしていた。

聖獣はクリスタラーゼの当主と認めた者と意思の疎通ができる。表情を変えたルークは今まさに聖獣から何かの言葉を告げられているのだろう。

ここで邪魔はできない。そう思って静かに見守っていると、見上げていたルークがライラを見た。

不思議とその頬が赤らんでいるようにも見える。

どうしたのだろうと首を傾げると、すぐに視線が聖獣へと戻ってしまった。

ルークとホルケウはライラには聞こえない会話を続けているようだ。

当主夫人として認められるためにはこんなに時間がかかるのか。

少し不安を覚えてきた頃、ルークが立ち上がった。手を差し出されたので重ねると立たされる。

「ルーク?」

ライラが夫人として認められたのか気になって問いかけると、不意に頬に風を感じた。

振り返るよりも先にざらざらとした感触が体の下から上へと押し上げられた。急激な威圧にバランスを崩しそうになるとルークがすぐに支えてくれる。

それと同時に駆け上がった感触の後にぬるりとした感触が残った。

何が起きたのかわからなかったライラは自分の体を確認して、自分のドレスが濡れていることに気が付いた。

「随分と気に入られたな」

支えていたルークが苦笑するように呟く。

目の前にはどこか満足そうな表情をしているホルケウの顔があった。

「な、舐め・・・」

なんとなく状況がわかったのだが、驚きで言葉に詰まる。

「舐められたな」

ルークが代わりに言ってくれた。

こんなことは本には書いていなかった。これは認められたことでいいのだろうか。

ルークは気に入られたといっていたが、はたして正解なのか。

口をパクパクさせていると、ルークは口元に笑みを見せた。

「ホルケウはライラを認めたよ。これで正式にライラ=クリスタラーゼは当主夫人となった」

それはクリスタラーゼ公爵夫人ということにもなる。ルークの妻となり2人の結婚が認められたのだ。

「本当に?」

もっと何か認められたのだという実感があるものだと思っていた。実際は何の変化もなく驚きだけで終わったように思う。

「大丈夫だ」

そう言うとルークは急にライラの腰を両手でつかんで、軽々とその体を持ち上げた。

急に床から足が離れてバランスを崩しそうになるが、咄嗟に彼の腕を掴んだ。そんなことを気にすることなくルークがしっかりと支えてくれているので落ちることはない。

「俺たちは正式な夫婦になった」

見上げながら言うルークの笑顔が優しい。心から喜んでいるのだとわかる。その顔を見ているとこちらまで嬉しくなるし、それと同時に彼の妻になったのだということに恥ずかしさが込み上げてきた。

持ち上げられたままでどうしたらいいのかわからないでいると、視線を感じた。

ホルケウがじっとこちらを見ていたのだ。2人の幸せを祝福してくれているのだろうか。

そうであったらいいなと思うと、ライラは自分が幸せになっていいのだと改めて思えた。

宙に浮いていた体がゆっくりと降ろされて床に足がつくと、少しほっとしてからライラはルークと一気に距離を詰めた。

「ルーク」

名前を呼べばわずかに首を傾げて彼がこちらを向く。身長差があるので背伸びをして、ライラはルークの頬に軽いキスをした。

離れると驚いた顔をした彼と目が合う。ライラから積極的な行動をしたことはなかったのだ。

「夫婦になったらこれくらいはいいかなって」

実感を持つための行動でもあった。ルークとライラでは向けている愛情の大きさはまだ違うのだろう。それでもライラもルークのことを想っているのだと彼に伝わればいい。

笑顔を向けると彼も笑ってくれた。

「儀式はこれで終わりなの?」

「そうだな」

認めてもらえたのなら儀式自体は終えたことになる。

ホルケウに視線を向けると、そこには台座だけがあるのみだった。

いつの間にか姿を消した。

出てきた時もわからなかったが、消える時もわからない。

「戻ろう。きっとみんな待っている」

「そうね。着替えもした方が良さそう」

急激なことが起こり過ぎて忘れそうになっていたが、思い切り舐められたことでドレスは濡れているし、髪も乱れてしまった。待っているはずの侍女たちが悲鳴を上げそうな気がする。

手を差し出されると、ライラは気持ちを新たにその手を取って一緒に聖獣の間を後にするのだった。


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