真相
『やっと、花嫁を連れて来たな』
「え・・・」
聖獣と視線が合うとそんな声が不意に聞こえてきた。
それはホルケウが花嫁としてライラを連れてくることを知っていたような言い方に聞こえる。
まさかと思っていると、声が再び響く。
『10年待ったのだから、その娘以外は認めない』
何の話をしているのだろう。10年と言えば父が再婚してライラが家族の一員になった年ではないか。
あの時からホルケウはルークの花嫁を定めていたとでもいうのだろうか。
そんな心の声に反応するように聖獣の嬉しそうな気配が伝わってくる。
本当にライラがここへ来た時にルークの将来の花嫁に定めていたと言っているようだ。
理解できてしまうと、全身が一気に熱くなるような気がした。
ライラを見れば彼女は聖獣との会話を邪魔してはいけないと気を遣っているようで黙ってこちらの様子を窺っているだけだ。不思議そうに見つめられるが、自分の顔を赤くなっているかもしれないと思ってすぐに視線をそらしてしまう。
どうしてライラだったのか、頭にその疑問が浮かぶと、それに応えるようにホルケウの声が響く。
『お前が気に入っていたから』
明らかな動揺が駆けていった。表情に出なかったことを褒めてやりたい。
確かにルークはライラと初めて会った時、綺麗な女の子だと思った。だがそこに恋愛感情はなかった。
すぐに王都の学園に行くことになったためライラとの接点もあまりなかった。その中で彼女と接していくうちにいつの間にか心が惹かれていった。ホルケウはすべてを見透かしていたのか、予知が出来るとは聞いたことがない。
『だからここに留めることを決めた』
その言葉に違和感があった。ルークがライラを気に入り、ホルケウが将来の花嫁に定めていたからこそライラがクリスタラーゼに居られるようになったと言っているようだ。
そこに彼女の母親の存在がないのだ。
父の再婚相手として認められていたはずなのだが、そうではないように感じられる。
ライラとの結婚を認めてもらうための儀式を調べていた時に感じていたルークの違和感の正体が、今わかるような気がした。その答えをホルケウは持っている。
ルークの疑問が伝わったのか、ホルケウは尾を振ってから返事をしてきた。
『あれを認めた覚えはない。先代当主の花嫁は1人だけ。そしてお前の花嫁も1人だけ』
一瞬呼吸をすることを忘れてその事実にどう対応したらいいのか混乱した。
後妻として公爵夫人に収まったライラの母親は聖獣に認められていなかった。当主夫人ではなかったのだ。
父はどうしてそのことを見抜けなかったのだろう。
聖獣と意思の疎通ができるはずの前公爵なら、認められているのかわかったはずだ。
新しい疑問がどんどん出てくると、それに反応するようにホルケウの声が響いてきた。
『あれは道を外れた。もう応える必要がなかった』
聖獣との意思の疎通はホルケウが許さなければどれだけ当主が求めても反応してもらえない。後妻としてライラの母親を連れてきた時点で、ホルケウは前公爵を見放してしまっていた。
父は聖獣が何の反応も示さなかったことを反対されなかったと判断したのだろう。後妻を迎えることは前例がなかったため、父の勝手な判断でライラの母親はクリスタラーゼ公爵夫人になってしまったということになる。
謎が解けると同時に、今の内容をライラに伝えるべきか迷った。
ライラは10年も前からルークの花嫁として定められていて、彼女の母親は公爵夫人として居座っていたが、聖獣に認められていなかった偽物だった。
横を見れば彼女が首を傾げてルークを見守っている。
ルークとホルケウの会話は彼女には伝わっていない。ちゃんとルークが言葉にして伝えないといけないのだ。
迷いはあったが、やはり話しておくべきだろうと思った。すべてを伝えればきっとショックを受けるだろう。それを支えてやるのもルークの役目だ。彼女は聖獣に認められた当主夫人であり、ルークの妻なのだから。
立ち上がって手を差し出せば、何の迷いもなく手を重ねられる。
立ち上がったライラは少しだけ不安そうにしながらルークの名を呼んだ。それに応えようとした時、突然白い塊がライラに迫ると彼女の体から頭までぺろりと舐められていた。
バランスを崩したので支えてやると、最初何が起きたのかわからなかったようで自分の体を見下ろしていた。
「随分と気に入られたな」
10年も待たせていた分の祝福のつもりだったのだろう。ホルケウは満足そうな雰囲気だ。
「な、舐め・・・」
状況は理解できたようだが、言葉が出てこなかったらしい。
あたふたしているライラも可愛らしいとは思うが、もうそろそろ儀式がどうなったのか説明するべきだろう。
ライラがルークの花嫁として認められ、正式なクリスタラーゼ公爵夫人になったことを伝えると、実感がわかなったようで少し不安そうな顔をする。
それをわかってもらうつもりで抱き上げる。正式に夫婦になったことを心から喜んで告げれば、ライラはまだその場に留まっているホルケウを見上げた。それで実感がわいてきたのだろう。嬉しそうに口元が緩んだのがわかった。
床に降ろしてやれば、彼女は背伸びをしてルークにキスをしてくれた。
驚きはしたが、ライラなりに夫婦になった証でもあったようだ。
積極的になってくれたことを嬉しく思いながら、いつまでもここに居るわけにもいかない。
儀式は終わっている。ホルケウに視線を向けた時には、その白い巨体はもうどこにもなかった。
「戻ろう。きっとみんな待っている」
「そうね。着替えもした方が良さそう」
よだれまみれのライラは着替えが必須だ。手を差し出せば自然と重なる手。
何の遠慮もいらないのだと実感しながら、これからは夫婦としてクリスタラーゼを繁栄させていくことを心の中で誓うのだった。




