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公爵令嬢は、聖獣公爵に愛される  作者: ハナショウブ
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聖獣ホルケウ

静かな部屋にルークの足音だけが響く。

部屋に入ってすぐには変わったことが起こらず、とりあえず部屋の中央にある台座まで歩いてみた。

歩くたびに抱えている花束からいろいろな香りが鼻をくすぐる。

色とりどりの花は豪華に見えて、ライラの聖獣に会えることを祈る期待が込められている表れだと思った。

ルークが当主として認めてもらえることを彼女も願ってくれている。それに応えるためにも聖獣には姿を見せてもらわなければいけない。

「聖獣ホルケウ」

台座までたどり着くと聖獣に呼び掛けるように上を向いて名を呼んだ。

しかし白い狼の姿が視界に入ることはない。

花を持って聖獣の間に行くことを決めた後も、ルークは本を読んで聖獣に関する資料を集めてみたが、結果は良くなかった。

父よりも年齢が上のイクルスは、父が当主の儀式を行った時に執事をしていたので話を聞いてみた。だが、よくわからないという返事だった。儀式の日は覚えているが、いつの間にか儀式が終わっていたという。その話だと儀式は簡単なもののように思うが、聖獣の間で何が起こっていたのかわからない以上気を緩めることはできない。

台座の淵に花束を置いてもう一度上を向く。

聖獣がどうやって姿を現すのかもわからない。

「俺は、クリスタラーゼの当主として認めてもらえないのだろうか」

ルークの声に反応するものはいない。姿を見せてくれないのは儀式として成り立っていないからなのか、ルークが当主としてこの地を治めることを許してくれていないからなのか。

姿を見せてもらえなければ意思の疎通もできない。当主となれば聖獣との意思の疎通も可能になるという。ルークにその力はまだないので当主と認められた証もない。

「当主になれなければ、守りたいものが守れなくなる」

聖獣公爵としてこの地を治めていたクリスタラーゼは聖獣から見放されれば当然この豊かな土地を手放すしかない。

そうなれば国からも公爵としての爵位もはく奪されるだろう。聖獣と契約できる特別な血筋として公爵を与えられていたのだから当然の結末だ。そうなればこれまで一生懸命公爵家のために奮闘していたライラの努力は無駄になる。

彼女を守ってあげることができなくなる。

ルークがいない間に傷ついた彼女を守りたいと思っている。義母に疎まれ居場所を失いかけていたルークにまっすぐに接してくれるライラはいつの間にか心の支えになっていた。

彼女の笑顔が失われるのは嫌だ。

当主として認められなかったとしてもライラは許してくれそうだが、ルーク自身が許せないだろう。

「ホルケウ。俺の声は届いているのか」

聖獣の間にルークの声だけが響く。

「若輩者の俺では頼りにならないか」

こんなに早く父を失いクリスタラーゼを背負うことになるとは思わなかった。成人したばかりのルークでは聖獣も頼りないと考えているのかもしれない。

「・・・また、来ます」

ここでずっと待っていても聖獣が現れないような気がした。

期待して待っているライラや城で働く者たちにはがっかりさせてしまうだろうが、これが現実だ。

もしかすると儀式自体が間違っているのかもしれない。もう一度調べ直して再挑戦するしかないだろう。

一礼してからルークは台座に背を向けた。

花束はそのままにしておく。花が好きだと思われる聖獣への置き土産だ。

枯れる前にもう一度取りに来ればいいだろうと思い歩き出したルークだったが、数歩進んだところで異変に気がついた。

背中に何かの気配を感じたのだ。

はっとして振り返ると、真っ白な毛並みが視界に広がる。そこには大きな白い狼が腰を降ろして座る体制でルークを見下ろしていた。

「・・・ホルケウ」

その口にはルークが抱えてきた花束が咥えられていた。

ルークの声にわずかに尾が揺れる。

何がきっかけだったのかわからない。だが聖獣が姿を見せてくれた。

ここから先、どう動けばいいのかわからずルークは固まってしまう。当主として認めてもらうためにはどうすればいいのだろう。

必死に頭を働かせてみたが、答えが出なかった。

『聖獣に聞いてみればいいのよ』

ライラの言葉が浮かんできた。

「ホルケウ、俺をクリスタラーゼの当主として認めてくれるのか」

わからないなら聖獣に問いかけるしかない。

だが、聖獣は花束を加えたままじっとルークを見つめてくるだけだった。

反応がないのはまだ認めていないという証拠のような気がする。当主として認めるなにかを示せと言われているようにも思えた。

大きな聖獣が台座に乗ってこちらを見ていると、なんだか見くだされているようにも感じられた。

そこでルークは気が付いた。

ホルケウとルークは対等ではないのだ。聖獣に許されることでこの土地をクリスタラーゼ領として治めることができる。領民を住まわせて豊かな土地で作物を育てることが可能となり、収穫できたことを聖獣に感謝して過ごすことがクリスタラーゼでは当たり前になっている。

ルークは当主として認められたとしても聖獣よりも立場は下なのだ。

そう考えて立っていた体勢から片膝をついて頭を下げた。

貴族としての立場なら公爵家当主が頭を下げるのは王家に連なる者たちだけ。下位の貴族に簡単に頭を下げてはいけない。幼い頃から叩き込まれていたが、これは人間側のルールだ。聖獣には関係ない。

この場は聖獣がすべてなのだ。

黙って頭を下げていると、耳元でカサカサと音がした。

葉擦れのような音に顔を上げた瞬間、様々な色が視界を塞いだ。

同時にいろいろな花の香りが鼻腔に流れ込んでくる。

「うっ・・・」

急激な色と匂いに身を退くと、聖獣が目の前にいて加えていた花束をルークの顔に押し付けていた。

視線が合うと悪戯が成功したように瞳が笑ったような気がする。

どんな意味があったのかわからず戸惑っていると、頭の奥に声が聞こえた。

『花を選べ』

「え?」

『それが当主としてのお前の花となる』

意味がわからなかった。それでも花を選ぶことが当主として必要なことだということはわかった。

目の前に押し付けるように見える花たちはライラが色々な花を選んでくれたおかげで種類が豊富だ。聖獣祭に近いこともあって、庭師も気合を入れて育ててくれているのが窺える。

その中から名前のわからない白い花を抜き取った。

大振りの花を咲かせる中で小ぶりな花をいくつも付けている。

他の花を引き立たせる脇役のようにも見えたが、その花があるからこそ大振りの花たちがより美しく見えるような気がした。

まるで陰で一生懸命クリスタラーゼを支えようとしてくれていたライラを思い出させる。

白い花は彼女の金髪にも綺麗に映えるだろう。

そんなことを思って抜き取ったのだが、聖獣を見上げれば満足そうな視線とぶつかった。

『それがお前の花となる。我に会いたい時はその花を持ってきなさい』

「俺の、花」

ホルケウは花を好む。聖獣に会いたければその代の当主の花を身に着けることが必要なのだ。

当主として相応しいか問うための儀式は、その花を選ぶ儀式でもあった。

ライラを思い出して手にしてしまったが、これがルーク=クリスタラーゼが当主である代の花となった。

『この地を治める者として務めを果たせ』

その言葉が頭の奥で響いたのを最後に聖獣がこつ然と姿を消した。

咥えていた花束もなくなっていて、ルークが手にしている白い花だけが残された。


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