8-7 二人の天使
「ふーん、やっぱ結構強いんだなアイツ」
「そりゃあ、彼女だって元々は僕らと同じ仲間なんだし、これくらいはしてもらわないとねー」
「ちがうちがう、俺はあの小僧に感心してるの。よく黒の魔王の力を引き出してるなあと思ってよ。出会ってそんなに日もたってねえのにな。」
「それ、ただ流されやすいだけなんじゃないのー」
塔の上空から、双眼鏡をのぞき込む、翼の生えた二人の少年……ブラウとロットーがノンビリと言葉を交わす。
「流されやすいのは、お前のお気に入りのブランも一緒だろ。」
「まあね。そう言えば彼、まだ出てこないのかな。」
「あー、またライラの絵でも見てウジウジしてんじゃねえのか、あの意気地なし。」
「ブランのことそんな風に言わないでよねえ。」
そう言いながら、二人は双眼鏡の角度を少し傾けた。
白の魔王ブランは、剣を磨いていた。
刃の輝きを確かめてから鞘に収めると、壁に立てかけた絵を見つめた。栗色の髪をたらし、青い瞳をした女性の姿が描かれている。
白の魔王はしばらくその絵を見つめると、意を決したように、その絵を伏せた。
「……な?俺の言った通りだろ。」
ロットーは鼻で笑う。
「……ちゃんと伏せたじゃないか。」
ブラウは負け惜しみのように、そう言った。
「そんなことよりそろそろ時間だ。僕はもう行くね。」
「ああ、わかった。」
二人の少年は、双眼鏡をしまって、向き合う。二人は胸元から鎖のついた十字を取り出し、上に掲げ、声を合わせて高らかに宣言した。
「全ては創造主の思し召しのままに!」
間一髪、アレクの剣の突きを交わしたセリアは、金色の剣で応戦する。
キイィィン……と、剣同士が打ち合う金属音が響く。セリアは受け止めた剣が非常に重く感じたことに驚いた。
セリアは右手に力を込めた。鎧に覆われた彼女の右腕が、メキメキと音を立てて、爬虫類のような、鱗に覆われた腕に変形していく。その異形にアレク、ハルフォード、オットーは驚いた。
アレクがひるんだ隙に、セリアはアレクの剣をなぎ払う。人間離れしたその力に、アレクは吹き飛ばされた。石壁に少年の体がめりこんだ。
「アレク様!」
「ベルクール殿!」
オットーとハルフォードは思わずアレクの元へと駆け寄った。
しかし、二人の心配に反して、アレクはすぐに起き上がった。パラパラ…と、石の欠片が床に落ちる。彼の傷が、黒い痣のようなものにみるみる覆われていく。かと思うと、その痣は消え、覆われていたはずの傷は跡形もなくなっていた。
再び剣を振り上げようとするアレクの両肩をつかんで、オットーは主を止めた。
「アレク様……今のは一体何です?」
「お前には関係ない。オットー、下がっていろ。」
「あの黒い痣……私には、神聖な力には思えません。アレク様、何か邪悪な力に侵されているのでは?」
「うるさい、下がれオットー。」
「アレク様、これ以上は危険です、どうかおやめください!」
「うるさいと言っているだろう!」
アレクはオットーの腹を蹴り上げた。オットーは呻き、よろよろと倒れる。ハルフォード元帥が驚いてオットーに駆け寄った。
その間に。
アレクはセリアに向かって、一気に走り出し、間合いを詰めた。悲鳴にも似た喚き声をあげて、セリアに飛びかかる。
予想以上の素早さにセリアは一瞬ひるんだが、片翼を羽ばたかせて飛び上がり、アレクの攻撃を回避する。
アレクは着地すると、セリアを見上げる。アレクは剣を握る両手に力を込める。何かぶつぶつつぶやいたかと思うと、一気にセリアに向かって飛び上がった。
黒い気体がアレクの脚を包んでいる。
二人は空中で激しい剣の欧州を始めた。
「オットー殿……あれは本当に聖剣なのだろうか……?わしにはおぞましい魔剣にしか見えん………。」
「私にも、わからなくなってきました……あの剣は一体……。」
将軍と元帥は呆然として、二人の闘いを見つめる。
キイイイン、と響く金属音。二人は剣を交わしたまま、しばしにらみ合う。
「あなた、その剣は一体なんなんです?」
『我はこの世で最強の魔剣だ。この力で貴様の主を倒してくれる。』
「なっ……!?」
アレクの声ではない。中年男性の、低く甘いような声音だった。
「そんなことっ……させません!」
セリアは腕に力を込め、アレクの剣をなぎ払おうとする。が、その時剣から一瞬黒い気体が放出され、アレクの顔を覆ったかと思うと、アレクの顔が別人の姿に変わった。
黒髪に青い瞳の、どこかあどけない青年がいた。セリアにとって、それは懐かしい顔であった。
『ねえ、なんでこんなことするんだよ?』
「なっ……!ルーク……さま……?」
『こんなの酷いよ、ねえ、セリア!やめてよ!』
「あ、あ……!」
セリアの腕の力が弱まる。
その隙をついて、アレクは黒い剣で勢いよくセリアの剣を押し返した。
「きゃあっ!」
地面に落下し、叩きつけられるセリア。彼女の金色の剣も、くるくると宙に舞って、地面に突き刺さった。
「ここまでだな、化物。」
きれいに着地したアレクは剣をセリアの喉元に突きつけた。
セリアは諦めたように眼を閉じる。その時、いきなり部屋に光が差し込んできた。四人が思わず、その光の方向を見る。
「待て、アレクサンダー・ベルクール。」
光の中から、白髪に白い服、紅い瞳の長身の人物が現れた。
「聖剣の英雄の相手はこの私だ。」
白の魔王は、細身の剣を構えた。




