8-1ハルフォード家の食卓
ハルフォード家の朝食の席は熱気に包まれていた。
ハルフォード家の祖、アルバート・ハルフォードが久々にその武勇と知略を奮うのだ。しかも、聖剣の英雄を助け、残虐なる白の魔王を倒すという、なんとも名誉な話である。
ハルフォード家の名は歴史に残るだろうと、元帥の息子である現当主は得意げだった
自分が戦うわけでもないのに何言ってんのと娘のアーニャはかなり覚めた目で見ていたが、アーニャの母、兄、祖母は父に同調して祖父を誉めそやしてハルフォード家の栄光を口々にした。
当の祖父だけは、その称賛に対して、終始うんざりしたような表情だったので、アーニャは少しほっとした
「だいたいあのルーク・ダーリングという人物は胡散臭い奴だと思っておったんだ」
主は満足そうに腹を撫でながら言う。
この男は、若く美貌と知性、それに武術の心得を備えた、そして自分になびくことないルーク・ダーリングが苦手だった
「無口で無愛敬で…何を考えているかわからない奴だった。」
「確かに教会のお祈りにも全く顔を出しませんでしたからねぇ。今思えば、神の天罰を恐れていたにちがいない」
長男も父に同調する。
母と祖母はあからさまな批判はしないながらも二人の意見にうなずいている
「でもあの方は絵を見ていたわ」
アーニャ自身は小さく呟いただけのつもりだったのが、食卓に思いの外響いた
「…何を言うんだアーニャ」
「公爵家のパーティーで、ダーリング様は宗教画をじっと見つめていらっしゃったわ。何人ものご令嬢や贅沢な料理には目もくれずに。そんな人が、本当に神に敵対する魔王なのかしら」
こうなってしまうと引っ込みがつかないアーニャは捲し立てた
「おいおいアーニャ、何を言うんだ。魔王に味方する気か!?おじいさまが討伐する者が魔王じゃないと言うなら…それはおじいさまを侮辱することと一緒だぞ!?」
針金のような体を大袈裟に乗り出して、ツバを飛ばしながら兄は言う。ヒステリックな、叫び声に近い声。
でもアーニャは兄のことはちっとも怖くなかった
「おじいさま…おじいさまは本当にダーリング様が魔王だなんて信じられるのですか…?」
「…なんの罪も無いものをわしが好んで殺そうとしているというのか、アーニャよ」
元帥は鷹のように鋭い目で孫娘を捕らえた。
「そんな…私はおじいさまを尊敬しています…ただ私はどうしても信じられないのです」
「いい加減になさいアーニャ、おじいさまの士気を下げるようなことを言うものじゃないわ」
母がたしなめるが
「わしの精神はそれほどやわではないわ愚か者」
元帥が静かに言うと一堂はしんと静かになった。
「アーニャ、納得できないのならわしがよく説明してやろう。部屋に来なさい。落ち着いて話をしよう」
「でもアナタ時間が…」
「すぐに終わる。さぁ来なさいアーニャ」
有無を言わせぬ調子で食卓を立つ元帥にアーニャは従うしかなかった。
残った他の家族は、アーニャが朝の素晴らしい気分を台無しにしたことに腹を立てながらも、元帥を見送りに行く準備をするために、席をたち始めた




