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魔王とプリンセス  作者: 藤ともみ
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7-5 残酷な魔王


 冷たい石塔の中で、白の魔王ブランは一人で夜空を眺めていた。

 寒い冬の空には美しい星が瞬いている。ふっと息をつくと、白い煙になって空へと消えていった。

「ブラン様、ただいま戻りました。」

 足音も立てずに、セリアがブランの部屋に入ってきた。ブランは振り向くことなく、背後のセリアに声をかける

「フェトラ公国の様子はどうだ。」

「聖剣の英雄…アレクサンダー・ベルクールは明日にもこの城に攻め入ってくるようです。」

「そうか…思ったより早かったな。サラに飲ませた薬の効果は十分に持つのだろうな。」

「はい、一般の睡眠薬に、更に眠りの魔法をかけましたから……あと四日は大丈夫なはずです。」

「そうか、それでいい。サラが目覚めるまでに、全てを終わらせなければならないな。」

「でも…本当に良かったのですか?公爵様のせっかくの申し出をお断りして。」

「いいんだ。あの方にこれ以上迷惑をかけられない。」

 セリアはため息をついた。わかっていたことではあるが、ブランは自分を犠牲にしすぎだ。

 彼を救いたいという数少ない人の声に、聞く耳を持つつもりは無いのだ。

 ブランは一息つくと、不意に話題を変えた。

「マルコもメアリもクリスもロッテも……本当に今までよくやってくれたな。彼らならもうどこの屋敷に行っても立派に働いていけるだろう。」

「ええ……でも、みんな泣いていました。どうして最後まで一緒にいさせてくださらないのかと。」

「当然だろう。彼らは普通の人間だ。魔王ごときの最期にまで付き合ってやる必要は無いだろう。……ブラウがメアリにかけた幻覚はうまくいっていたか?」

「ええ、恐ろしいほどに本物らしい幻覚でした。人々には…もちろんアレクサンダーも含めて、本当に大怪我をしているように見えたことでしょう。」

 淡々と語るセリア。不意に、ブランは初めて振り向いて、セリアに向き直った。

「セリア…お前本当に皆と一緒に出て行かなくて良かったのか。今ならまだ間に合うぞ。」

「そんな残酷なことを仰らないでください。泣いてすがったメアリやマルコを無理に逃がした上に、私にまで出て行けと仰るのですか。」

「しかし…ここに残っていれば、お前はきっと死んでしまう……それに、もし生き残ったとしても、魔王の眷属ということで、ベルクールに殺されることは間違いないだろう。そうなる前に、今フェトラ公国に逃げれば、公爵がきっとお前を保護してくれる。普通の人間として幸せに暮らすこともできるんだぞ。」

「私には家族も友人もおりません。フェトラに逃げて暮らしたところでどうせ一人ぽっちです。……私の幸せは、あなたにお仕えすることだけ。どうか、最期までお供をさせてください。」

 セリアは祈るように、膝まづいて深々と頭を下げた。まるで髪に祈る修道女のように。


昨夜、氷のように冷たい広間にルーク・ダーリングとセリア、そして料理人のマルコ、3人の女中がいた。サラが眠ってしまってからというもの、塔の中は驚く程に静まり返っていた。

「国中では、アレクサンダー・ベルクールが聖剣を手に入れたと専らの噂ですね。」

「ダーリング様が魔王だなんて、みんなが信じたとは思えませんけど……でも、聖剣の英雄の前では、誰も反対意見を言える者などいなかったようですわ。」

「ああ……彼がついにやってくれたようだな。」

 悲痛な表情のセリアや女中3人、マルコに比べて“白の魔王”……彼は白い髪の魔王の姿で皆に向き合っていた……は、どこか清々しいような、ほっとしたような表情をしていた。

「名残惜しいが、君たちともお別れだな。」

「では、頼みましたよ皆さん。」

 セリアは、マルコと女中たちに、金貨のどっさり詰まった袋を手渡した。

「本当にいいんですかいセリア様、こんな大金……」

「ええ。あなたがたは本当によく働いてくださいましたから。」

「今まで良くしていただきましたのに……こんな形でお別れだなんて。」

「でも、最後の最後にこんな辛いことをお命じになるなんて、あんまりにも残酷ですわ。」

「逃げるだけのあなたたちはまだいいでしょ!あたしなんて……ダーリング様が残酷な魔王だなんて嘘をつかなければならないのよ!」

「いいから、言うとおりになさい。あなたたちの最期の仕事です。」

 セリアが厳しい声で告げると、皆はシュンとなって、渋々黙った。

 そんな皆に、白の魔王はふっと微笑んで言った。

「みんな、今まで世話になったな。ありがとう、本当に助かったよ。君たちなら、どこの屋敷に雇われても立派にやっていけるだろう。これから先は自由に暮らせばいい。ただし、私は殺人鬼の残酷な魔王だと噂と広めること。この城で楽しかった想い出は外で一切口にしないことだけを約束してくれ。」

「旦那様……。」

女中と料理人はうつむいた。

「セリア、先に公爵家に行ってこい。メアリ、大役だが任せたぞ。青の魔王は恐いだろうが、少しだけ我慢してくれ。」

「はい…ダーリング様のご命令とあれば…」

 メアリは泣きながらも、礼儀正しく主人にお辞儀をした。

 

「感動の場面のところ、失礼するよ君たち。」

 突然、ドアの方から少年の声が聞こえた。セリアとブランが振り向くと、いつの間にかドアを開けて青の魔王、ブラウが立っていた。

「青の魔王様……どうしてこんな所に。」

 セリアの問には答えず、青の魔王は白の魔王に向かって話しかける。

「邪魔してごめんよブラン。だけど、早く君に会いたくて。ついにあの小僧が来るらしいね。」

「お前には関係ないことだ、青の魔王。」

「ひっどいなあ。心配して来てあげたのに。あの女中に幻覚までかけてあげたんだから少しくらいお礼を言ってくれてもいいんじゃないの?しかし、サクッと剣で斬りつけてやれば簡単なのに、わざわざ幻覚をかけてやるなんて、本当にまどろっこしいことが好きなんだね君は。」

 青の魔王は、やれやれと言ったように肩をすくめる。

「…幻術をかけてくれたことには礼を言おう、青の魔王。だが、明日の聖剣の英雄との闘いには邪魔を入れないでくれ。」

「本当に気をつけなよ。あの小僧は剣の力を借りて本気で君を殺すつもりなんだから。」

 青い髪の少年は、それだけを言うとさっさと背を向ける。

 が、ドアノブに手をかけたところで、そうそう、と思いついたように振り向いた。

「まさかとは思うけど、わざと手を抜いて闘って都合よく死んでやろうなんて思っていないだろうねえ?君。手を抜いたりしたら、僕は許さないよ。簡単に死ぬなんて許さない。君は僕の大事なオモチャなんだから。」

 そう言うと、青の魔王は子供らしい外見に似つかわしくない、ヒステリックな高笑いをしながら、部屋を出ていった。



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