7-4 魔剣と英雄と赤の魔王
宿へと帰り、アレクが剣を身体から外すと、聖剣…の姿になりすましている黒の魔王は、アレクに囁きかけてくる。
『明日になればこの事件は広まり、君の魔王討伐を支持するものが殆どとなるだろう。いよいよだな、アレク。』
アレクは魔剣の言葉に、満足そうに頷いた。
「ああ、まさかこんなにうまくいくなんて……偶然って重なるものなんだな。ここまで来たら、もう運命だと信じるしかないよ。」
アレクの声音は落ち着いていて柔らかく、まるで自分の家族に話しかけているようだった。
側近のオットーにすら見せない気安さがある。実際聖剣を手に入れてから一日、アレクはオットーと殆ど口をきいていなかった。
「でもシュバルツ…僕は一人で戦えと言われたんだ。なんでさっき、ハルフォードの援軍を断らなかったんだ?」
『もちろん実際に戦うのは君一人だとも。ただ、君の勇姿を直に見ておく人間は多い方がいいんじゃないかと思ってね。』
先程、ハルフォード元帥と会話をしていたのは、アレク本人では無かった。元帥の援軍を断ろうとしたところを、黒の魔王はアレクの口を借りて受け入れたのである。たった一日の間に、魔王はこんなことまでできるようになっていた。しかしアレクには、危機感を感じることはできなかった。魔剣はまるで優しい父親のように自分を励まし、応援してくれる。その心地よさにすっかりアレクは酔ってしまっていた。
『あとは、私と君との力を合わせて、残虐なる白の魔王を倒せば、晴れて君は英雄だ。この上ない名誉を手に入れることだろう。きっと因われの姫君も、君に感謝して好意を寄せるだろうね。』
「別に、僕はサラさんとどうこうするつもりなど…ただ、一刻も早く、あの恐ろしい魔王からお救いしたいだけだ。」
『しかし、そのサラという娘と結ばれることは、君の名誉のためには決して悪くない話だと思うがね。』
「それはどういう…?」
アレクが尋ねかけた時、背後からいきなり声がした。
「でもよー、まだお前のこと疑ってる奴もいるみたいだぜー」
「……!?」
アレクが驚いて振り返ると、目の前に逆さまになった赤毛の少年の顔があった。金色の瞳と、目が合った。
見れば、赤毛の少年…ロットーは天井に足をつけて立っていた。やはり人間ではない。
少年は、天井を軽く蹴ると、宙返りをして、アレクの目の前に降り立った。
「ロットー…とか言ったか、君とは組むつもりは無いと言ったはずだ…」
「別に。俺は俺のやりたいようにやってるだけだよ。そんなことより、あのハルフォードとかいうジジイと公爵は臭いぞ。どーすんだよシュバルツ。」
ロットーは公爵と元帥がルーク・ダーリングの味方であることをあっさり見抜いていた。
「臭いってどういうことだ……?」
「あの二人は本気で白の魔王を殺す気は無さそうだってことだよ。むしろ、助けたいと思ってるみてえだな。ジジイが援軍を申し込んでるのだって、本当は隙を見てお前から奴を助けたいんだろ…」
「なんで白の魔王なんかの味方を…」
『案ずるな二人とも。』
魔剣は静かに囁いた。
「一体どうするんだ?シュバルツ……」
『なに。どうする必要も無いさ。奴は野蛮な化物だ。ここまで来ればあとは奴の化けの皮が剥がれるのを待っていればいい。時間もそんなにかからないだろう…だからアレク、君は何も心配せずにもうおやすみ。明日に備えて力を蓄えておかなくては。』
そう魔剣が言うと、柄の宝石から妖しい光があふれ、アレクを包む。
その光に魅入られたアレクは、そのままがっくりと寝てしまった。
ロットーがひょいひょいと左手を動かすと、アレクの身体は宙に浮き、ベッドへと運ばれていく。アレクを寝かせ、ご丁寧に毛布まで魔法でかけてやると、ロットーはシュバルツに向き直った。
「たった一日の間に随分お前に懐いてるみてえだなあ、アイツ。もっと警戒心の強いやつかと思ってたぜ。」
『彼は自尊心が強い反面、とても傷つきやすいんだ。そしていつも愛に飢えている。その隙を突かれてしまえば、ひとたまりも無いよ。』
「なるほどねえ、さすが幾千もの魂をその身にひめている大魔王サマだ。エグいことするよなあ。」
ロットーはおもしろそうにクククと笑った。
「で?まさか本当に何もしないわけじゃねえんだろ?」
『簡単なことだ。決定的な打撃を与えてやらなくては、人間は本当に危機感を感じられない生き物だ。か弱い女性が大怪我、というだけでは民衆の怒りを煽ることは実は難しい。』
「つまり?」
『白の魔王の犠牲者が必要だ。ただの怪我人じゃない……哀れな死体が、ね。』
魔剣の低い声に、ロットーは、やっぱお前エグいわ、と、つぶやいた。




