4-4 おもてなし
アレクはルークとサラに導かれるままにダーリング邸へとたどり着いた。
「ここが・・・・・ダーリングさんのお屋敷ですか・・・」
それは、黒っぽい石造りの、三階建ての屋敷だった。大きいが、フェトラ公国で有力な貴族の屋敷にしては、地味な印象だとアレクは思った。以前訪れたハルフォード邸はもっと豪奢な屋敷だった。
「さあ、上がりたまえ」
「お邪魔いたします。」
中に入れば、公爵家のパーティーにもいた女性・・・セリアが出迎えた。その後ろには、メイドが三人付き添っているだけで、他に使用人がいる気配はない。
セリアはアレクの持つ長剣と銃を預かって、中へと誘導した。
「地味で、びっくりしましたか?」
「へ!?い、いえ、そんなことは・・・」
「良いんですよ、よく言われますから。」
そう言って、サラは屈託なく笑う。悪意のない笑顔に、アレクは恥ずかしい気持ちになった。家の大きさを値踏みするなんて、サラに申し訳ないと思った。
急な来客だというのに、料理はどれも一級品だった。急な来客だったはずなのに、なんでこんなご馳走が出るんだと思うくらい、素晴らしいご馳走ばかりだった。
コックの手作りらしいが繊細な作りのケーキまで出てきて、上等な紅茶までご馳走になった。
そのあとは、サラが色々と楽しい話を出て盛り上げようと頑張っていた。ルークは黙ってそれを聞いていて、あまり口は出さなかった。
時計が10時を回った頃になって、ルークが口を開いた。
「サラ、お前はもう寝ろ。私はベルクール殿と話がある。」
アレクはサラと思わず顔を見合わせた。
しかし、はい、と返事をして、サラは奥へと消えた。
長い黒髪がゆらゆらと揺れていた。
「サラ・・・綺麗な娘だろう?私が手塩にかけて育ててきた自慢の妹だ。」
「ええ・・・素敵なお嬢さんですね。」
「そろそろ食べごろかと思っている。」
「・・・は?」
何かを聞き間違えたのだと、アレクは思った。
「申し訳ありません、ちょっとよく聞こえなかったのですが・・・」
「我々にとっては、美しく清純な乙女の躰は何よりの馳走なのだ。今日振舞われた料理の何よりもな。」
アレクは今度こそ驚いて、この屋敷の主人の顔を見た。すると、先ほどまでの澄んだ青い瞳が、血のような真っ赤な色に変わっていた。
『よくぞ参ったな、アレクサンダー・ベルクール・・・ザガイア帝国の末裔よ。』
「貴方…いや、お前は…!」
アレクは非常用に懐に入れていた銃を構えた。
ルークの艶やかだった黒髪はみるみるうちに白く変わり、服も、黒を基調としたものから真っ白な服にマントへと変わっていった。そして、紅い瞳。全体から異様な雰囲気を発していて、アレクは目眩を覚えた。
これまで数々の魔物や魔王と闘ってきたアレクにはわかる。この男からとんでもない濃さの瘴気が発せられている。
『驚いたぞ。あの国の人間どもはみな殺してやったと思っていたのに、生き残りがいたとは。』
「お前が・・・あの時の“白の魔王”なのかっ!」
『いかにも。私は8年前にあの戦場であの娘を拾い、育ててきたのだ。・・・いずれ食って、今より強大な力を手に入れる為に・・・』
「くそっ・・・絶対に・・・お前だけは絶対に許さない!」
アレクは小銃の引き金を引いて、魔王の眉間に弾丸を打ち込んだ・・・・と思った。
しかし、“白の魔王”はたやすく弾丸を右手に受け止めると、興味なさげに指先で弾をぐにゃりと潰して、地面に投げ捨てた。
やはりこの男は化物だ・・・魔物なら一撃で倒せる弾丸が、この男には全く効かない。
『本気でそう思うのなら、早く私と勝負しに来たらどうなんだ?・・・ああ、聖剣が無ければ怖くては勝てないとわかっているのか。もっとも、聖剣を手に入れてからでは何もかも手遅れかもしれんがな』
ククク・・・ハハハハハハハハハハ!
魔王の高笑いがアレクの頭の中で鳴り響く。アレクはその紅い瞳を見ているだけでクラクラとして、立っているのも苦しかった。
『言っておくが、この家は私が人間のふりをしている時の仮の住まいだ。もう一度ここにのこのこやって来ても、サラを奪うことなどできん。」
「ぐ・・・貴様・・・」
『本気で私を倒したいのなら、お前一人で来い。気が向けば、お前を本物の我が城へと導いてやる。』
”白の魔王”ブランは優雅な動作ですっと右手を上に掲げた。その手に白い煙が集まり、細長い形になったかと思うと、それは銀色の剣に変わった。
剣を握った魔王の右手がゆっくりと下に降りて、そして剣の切っ先はアレクへと向けられる。
アレクはもう立つこともできず、地面にへたり込んで動くことさえできなかった。
『今のお前では私に勝てない。もちろん、最新式の銃を抱えた兵隊を何百人連れてきても同じことだ。消え失せろ。』
ああ、死ぬ・・・とアレクはぼんやりと思った。
しかし、最期の悪あがきで、アレクは精一杯叫んだ。
「絶対に・・・お前のことは絶対に僕が倒す!聖剣を手に入れて、必ずお前を殺してやる!」
魔王は何も言わなかった
魔王の剣の先から、まばゆい光が放たれて、アレクは目を開けていられなくなり・・・そのまま気を失った・・・・・・。
気がつくと、アレクは宿のベッドに横たわっていた。
「あ、気づいたか!?」
「アレクさん、どうしちまったんだよ、酒呑んだわけでもなさそうなのに、どうして草原なんかでブッ倒れてたんですかい?」
男たちがノンビリと声をかける。
アレクは混乱した。自分は、夢を見ていたのだろうか?あの白の魔王は、幻だったのか?
「アレク様、少々ハメをおはずしになられたようですね・・・草原で倒れていらしたところを、ダーリング家のルーク様が、わざわざ運ぶのを手伝ってくださったのですよ?」
「ダーリング、殿が・・・?」
「そうそう、これをアレク様に渡すようにと仰せつかりました。」
そう言って、オットーは小さな布袋をアレクに手渡した。
アレクは袋の中身を見て戦慄した。袋の中には、グニャグニャに曲げられた、小銃用の弾丸が入っていた。
慌てて小銃を確かめると、確かに弾が一つ無くなっている・・・では、やはりさっきの出来事は・・・
「それから、またアレク様が来てくださるのを楽しみにしていらっしゃると仰っておりました。なんでも、ゆっくり一対一で向き合いたいとか・・・アレク様?」
若い主人の顔がどんどん険しくなってくるのをオットーは不審に思った。そして、よく見るとアレクの体が小刻みに震えているのだった。
「アレク様・・・、どうなさったのです?」
「オットー・・・」
アレクの顔は真っ青だった。
「あいつだ・・・あいつが“白の魔王”だったんだ・・・」
「は?」
「あのルーク・ダーリングこそが、僕たちの国を奪った“白の魔王”だったんだよ!どうして今まで気がつかなかったんだろう・・・!」
悔しそうに頭を抱えるアレクの姿にオットーは尋常でないものを感じた。
「オットー、明日、サラさんをこの宿に連れてこい。なんなら無理矢理でも構わない!」
「アレク様、少し落ち着かれては・・・」
「落ち着いていられるか!一刻も早くサラさんをあの男から引き離さないと・・・サラさんが危ない!」




