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魔王とプリンセス  作者: 藤ともみ
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3-1 昨日のできごと   サラ・ダーリング

 うーん……やっぱり、気になる。

 昨日、あの謎の部屋を探索して、不気味な子供と出会って腰が抜けてしまった私は、夕食の時間になっても下に降りてこない私を心配したメイドさんたちに助けられた。そのあとメイドさんたちやマルコにあの部屋のことをさりげなく訊いてみても、なんだかはぐらかされてばかりでどうにもハッキリしない。

それからベッドに入っても眠れず、深夜に兄さんとセリアが帰ってきたらしいことが分かった。

 どうやら、夜中の二時ごろに、そっと帰ってきたみたいで。二人が私の部屋をそっとのぞく野を、寝ているフリをしてやり過ごしたつもり。たぶん、バレてはいないと、思う。


 あの部屋は一体何なんだろう。あの暖かい絵を描いたL・Mと兄さんはどういう関係?

 何より、一枚も肖像画が残らないと言われていた女学校の創設者ライラ……まあ絵には「ライラへ」とだけ書かれていたから。メリーノ氏じゃないライラかもしれないけど……の、絵が家にあるのか。

 そして、突然現れた、青い髪の不気味な子供……あの一日で起こったことが頭の中をぐるぐるめぐって、まったく眠れなかった。

 今日、学校が休みで良かった…。

 あくびを噛み殺して、いつもより遅めの朝食をとる。なんとか兄さんから詳しい話を聞けないものか、私は色々と訊いてみたのだった。

「昨日のパーティーはどうだった?」

「まあまあだ。」

「アーク公爵のパーティーだから、きっと有名人もいっぱい来たんだろうね?」

「どうだったかな……あまり見ていないからわからない。」

「もう、兄さんったら…。」

「しかし、相変わらず公爵家にある絵画のコレクションは素晴らしかったな。」

 絵画、ときいてあの部屋の絵を思い出してドキリとする。

「……兄さんって絵、好きだよね~…好きな画家は誰なの?」

 そうだな……と呟いて兄はすらすらと著名な芸術家の名前を2、3人挙げる。でも、L・Mというイニシャルに当て嵌る人は誰もいない。

「……素晴らしい絵を見ていると幸福な気持ちになるな。自分には描けない分、その技量に驚く。」

 公爵家で見た素晴らしい絵を見て思い出したのか、兄はふっと柔らかく微笑む。こんな表情はめったに見られないのでちょっと驚いてしまう。

「でも、どうして家では飾らないの?買わないの?」

「……いや……。」

 あ、言葉濁した。

「……そういえば、昔、人にもらった絵があったな。」

「え!見たい見たい!」

 自分でもわざとらしくならないように気をつけながら、はしゃいだ声を出す。

「もらったは良いが、私はその絵が好みでは無かった。だからずっとしまったままだな……一体どこにしまったのやら。」

「……その絵をくれた人って、どんな人だったの?」

 L・Mって、一体誰……?

「さあ……優しい、青年だったんだろうな。もう二度と会うことも無いと思うが。」

そう言うと眼を伏せて、カップのコーヒーを見つめる兄。こうなるともうつっこんだことは話してくれないので、私は話題を変えた。

「そ、そっかあ……あ、ねえ!昨日はアーニャもパーティー行くって言ってたんだけど、会った?」

「ハルフォードのお嬢さんなら、会った。相変わらず元気な子だな。」

「そうだよね……ところで、一つ聞きたいんだけど…兄さんはライラ・メリーノ先生に会ったことってあるの?」

 一瞬、兄の動きがピタっと止まった、ように見えた。

「……どうして、そんなことを?」

 え?これは……動揺してるのかな

「学校の自由研究でね、アーニャと二人で創設者のメリーノ先生について調べたいと思ってるの。メリーノ先生がフェトラに来たのって、二十……」

 と、ここまで言いかけて私は気が付いた。そう、メリーノ女史がフェトラにやってきたのが20年前。メイプル校長と一緒に学校を作ったのはその5年後である、15年前。学校の歴史としては浅いけど、人間にとってはけっこうな年月なんだ……。

 兄さんは今、二十八歳。ライラ・メリーノはもし生きていれば校長と同じ年だとすると、四十歳くらいだろうか。…接点、あるのかなあ……。

「……ま、兄さん子供だったかもしれないけどさ、もしメリーノ先生のことで知っていることがあったら教えてよ」

「……さあ、よくは知らない。だが、あの時代に女性の教育の重要性を説いたことは素晴らしいと思う。賢い女性だったのだろう。」

 しまった……今のはちょっと失敗だったなあ…。変だと思われたかも。

「そんなことよりもサラ、大事な話がある。聞いてくれるか。」

「え?なに?」

 改まった態度にギクリとする。あの部屋に行ったこと、やっぱりバレたの……?マルコは内緒にしてくれるって言ってくれたけど……。

「サラ、もうアレク殿には会うな。」

「へ?」

 アレクさん?なんでアレクさんの話がここで出てくるの?

「彼は、笑顔で取り繕っているが、やっていることは武器商売だ。どんなに美しい装飾が施されていても、生き物を傷つける道具であることに間違いはない。」

「え?…えええ?」

 突然のことで何がなんだかよくわからない。アレクさんが武器商人?なんでいきなりそんな話になってるの?

「……お前はまだ何も知らないようだから先に言っておくが、彼は昨日のパーティーで私に対魔王用の銃を勧めてきた。彼の軍が技術先進国と契約して作る代物だそうだ。彼はそれらを一般人に売り捌こうとしている。そんな危ない人物をお前に近づけるわけにはいかない。」

「えー何それ……いきなりそんなこと言われたって信じられないよ……。アレクさん、そんなに悪い人だとは思えないけど……。」

「悪い青年ではない。ただ、考えが甘いだけだ。」

 なんだか釈然としないけど、兄さんの表情が妙に真剣なので、取り敢えずこの場は黙っておくことにした。兄さんは冷静そうに見えて思い込みが激しいところもあるから、何かアレクさんのことを誤解しているんだろう……。今度偶然会えたらアレクさんに話を聞いてみればいいや。

 私はコーヒーを飲み干して、すっくと立ち上がった。

「…今日は、学校は休みじゃないのか?」

「うん、ちょっと……教会に行ってきます。」

 学校の近くにある教会で、毎週土曜日に神父様のお話を聴く集会が行われる。まあ毎週行く人なんて居ないけど、月に一度の大集会だけには、行くようにしている。

「兄さんは、今日の大集会も行かないつもり?」

「私は忙しいんだよ。」

「まあ、みんなそんなに熱心に通っているわけでもないけどさ……たまには教会にも顔出してよ。学校の先生たちもあまりいい顔しないよ。」

と、偉そうに言ってみるけど、実際は私も教会で眠ってしまうことが多い。特に今日は、ミサが始まったトタンに眠ってしまいそう。

「うん……、悪いな。」

 兄さんは教会がどうも好きではないらしい。年に一度、年末年始の祭典くらいにしか出席しようとしない。まあ確かに面白いものではないし、みんなもそこまで熱心な気持ちでは通っていなかった……最近までは。

 青の魔王の手下が私とアーニャを襲って、それをアレクさんが助けてくれる、という事件が起こってから、週一の集会に通い始める人も急に増えた。神父様のお話中に居眠りする人も居なくなった。今日はアレクさんがこの街にきてからはじめての大集会だけど、きっと先月より人は増えていると思う。

「途中からでもいいから、行けそうだったら行った方が良いと思うよ……じゃあ、いってきます。」

 私は兄さんを残して、教会へと向かった。


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