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魔王とプリンセス  作者: 藤ともみ
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3-2 教会  サラ・ダーリング

教会に行ってみると、やっぱり先月の大集会よりはるかに人が多かった。

普段は私たちみたいな学生や、お年寄りくらいしかいないのに、今日は様々な年代の人たちが来ている。小さな子供を連れたお母さんや、中年のオジサンとか、普段日曜も忙しくてなかなか大集会には来ないようなひとたちが沢山いた。

「おはよーサラ。」

声がした方を見ると、アーニャがヒラヒラと手を振っていた。なんだか……とっても眠そう。

「おはようアーニャ……なんか眠そうだね。」

「うーん、昨日は帰るの遅くなっちゃったからねえ。サラはパーティー行ってないのになんで眠れてないの?」

「え!?」

「クマ、できてるよ?」

そういってアーニャが手鏡を差し出してくるのを見ると、ホントだ、くっきりクマができている。

「なんか、ちょっと眠れなくて…あのね、アーニャ…」

「あ、神父さま来た来た。サラ、あたし寝ちゃってたらこっそり起こしてね。」

 アーニャはそう言ってなんとか眠そうな眼を開けて背筋を無理やり伸ばした。仕方がないので私も前を向いて座る。

 こんなに大勢の人を相手にするのは初めてらしい神父様は、つるりと禿げ上がった頭がテカテカ光るほどの汗をかいている。

「えー、本日は多くの皆様にお集まりいただき、大変喜ばしく思います。神もきっとお喜びでございましょう……。今日は、多くの人々の希望がありましたので、「魔王」についてお話ししたいと思います。」

 それは、確かに私も今一番気になるところだ。正直、これまででわかっているのは、「魔王」とは神と対立する存在だということ、人間を誘惑して、その命を糧にして生きている、ということ、中でも“白の魔王”が強いらしいということ、魔王を倒すには伝説の聖剣が必要だ、ということだけだから。これでも、アレクさんが色々教えてくれたから私とアーニャは少しだけ知識があるだけで、聖書で勉強しただけでは魔王についてはほとんど何もわからなかったと思う。

「今日は、これまで数々の魔王やその使い魔たちと戦ってきたアレクサンダー・ベルクールさんにお越しいただいております。ベルクールさん、よろしくお願いいたします。」

 え?アレクさん?

驚いて壇上を見ると、脇からアレクさんが現れた。白いシャツに茶色いベスト、というラフな格好だ。

「アレクサンダー・ベルクールです。本日はこのような場にお招きいただき、ありがとうございます。僕のお話がどれほどお役に立つかわかりませんが、できる限りのお話を致します。」

そうしてアレクさんは優雅に一礼した。



 アレクさんは、あの日私とアーニャに聞かせてくれたような魔王の話を話してくれた。特に、“”不意に話題を変えた。

「みなさまは、ザガイア神聖帝国、という国をご存知でしょう?かつて、ここフェトラ公国と厚い親交のあった、オルフェリア王国に攻め込んだものの、最期には“白の魔王”ブランにオルフェリア共々滅ぼされてしまった帝国です。」

 いきなり、神話とは関係ない話を始めるアレクさん。え……何?みんなも怪訝な顔をしている。

「実は……私はザガイア神聖帝国の生き残りなのです。」

 アレクさんの言葉に、皆がざわつく。ザガイア神聖帝国といえば、8年前に滅んだ大国で、名前だけなら誰でも知っている。

 でも……なんでだろう?アレクさんの口から出てくる「ザガイア神聖帝国」の名前に、私は違和感を感じた。いや、違和感…じゃない?むしろ知りすぎているような、そんな変な気持ちがする。なんだか、すごく、聞いたことがあるような……何?なんなの?

「今思えば、帝国の侵略は乱暴で、非道なことも沢山しました。だから、オルフェリアと親交のあったフェトラの皆様に、ザガイア帝国の出身であることをお話しするのは、本当は恐しかったです。でも、真実をお話ししなければ、皆様に誠意を示すことができません。」

 淡々と話すアレクさんの横顔は、とても凛々しくて…どこか悲しそうに見えた。その顔を見ていたら、アレクさんを攻めることなんて、この場の誰にもできないような気がした。

 そしてアレクさんは語ってくれた。“白の魔王”が幼かったアレクさんの目の前でたくさんの人々の命を奪っていったこと。剣で狂ったように刺し殺し、最後にはオルフェリアの国土を焼き尽くしたこと。ザガイア帝国本土に戻ってみれば、もうすでに国土は焦土と化し、亡骸が山のように転がっている惨状だったこと……。

「私の国は、“白の魔王”ブランによって滅ぼされました。家族や友人を全て失いました。私に残されたのは…オットー一人だけ。最初は魔王の手から逃れるために、ただただ遠くを目指してあてのない旅をしていました。

しかし、ある国で落ち着き、力をつけてから、今度は魔王を倒す為の旅に出たのです。

憎き“白の魔王”ブランを倒し、世界に永久の平和をもたらすために、私は聖剣を手にいれねばなりません。私は他の魔王たちを倒しながら、ずっと奴を追って旅をしてきました。そして……一つはっきりと確信を持って言えることがあります。」

と、アレクさんがためらうように言葉を切る。深呼吸をすると、アレクさんはハッキリと私たちに告げた。

「白の魔王は、おそらくこの国を根城にしています。」

 アレクさんの言葉に大騒ぎになる教会。さっきまで“白の魔王”の恐ろしさを話されていたばかりだからなおさらだ。

「どうしてそう言えるのですか!?ベルクールさん!」

「昨夜、公爵家のパーティーから宿に戻って、夜外に出た時に、この国の北の空にうっすらと黒い塔が見えたのです。その塔の頂きには、白い髪をなびかせた白い服の人物…いや、人の姿を借りた化物が立っていたのです。僕はお酒を飲みませんから酔って幻を見たわけではない。夢でも見ているのかと何度も確認しましたが、確かに間違いありません。あれは“白の魔王”ブランでした。次の朝にもう一度その塔を確認しようとしましたが、それは朝にはすっかりその姿を消していました。あれは人間には住み着けない魔法の塔です。」

「で、でもやっぱり見間違いじゃ……。」

「あいつの姿を昨夜確認したのは僕だけではありません。オットーをはじめ多くの部下たちが目撃しています。」

「そんな……!」

「ザガイアすら“白の魔王”に敵わなかったというのに、フェトラなんて襲われたら一溜りもないぞ!」

 パニック状態の教会。もし…もしも“白の魔王”がこの国を襲ってきたら……アレクさんが話したようなひどいことが起こるかもしれないの……?

「だったら、どうして白の魔王は我々を襲ってこないんでしょう?」

「化物の考えていることは、僕にもわかりません。しかし……奴がこのままおとなしくしているとは思えない。何かたくらんでいるに違いありません。くれぐれも気をつけていただきたい。」

「ベルクール様……我々は神を信じておすがりするしか道は無いのでしょうか…?」

 神父様が気弱な声を出す。

「いいえ、神への祈りだけでは助かることはできないでしょう。普段の心がけとしてはそれでもいいでしょうが、“白の魔王”に対してはそれだけでは不十分すぎます。」

「じゃあ一体どうしたらいいって言うんだ!」

「皆さんが不安になられるのはごもっともです。僕たちも皆様全員を魔王の手から守りきることができるかどうか、はっきり言うと自信がありません。」

 アレクさんでも無理……?じゃあどうしようも無いじゃない!?

「アーニャ……」

隣のアーニャを呼ぶと、普段元気なアーニャの顔が青くなっている。

そんなみんなの様子を見て、アレクさんは話し出した。

「そこで、聖剣には劣りますが、いざという時に自分や家族の身を守る程度には役立つ銃をご用意いたしました。一丁七〇〇バルクで提供致します!」

 オットーさんが布をかぶせた押し車を押して現れた。アレクさんがバッと布を剥ぎ取ると、そこには大量の鉄の棒……銃がみっちりと積み上げられていた。

「皆様の大切なご家族、友人、そして自分自身の大切な命を守るためには、やはり我々人間も戦わなくてはならないのです。僕は、何もできなかったあの惨状で、そう思いました。」

 アレクさんはそう言うと、積み上げられた銃の中から一つをつかんで、高々と天にむかって突き上げた。

「魔王の脅威に負けてなるものですか!共に、このフェトラ公国を、この国に住む愛する家族を守るために武器を持って立ち上がりましょう!みなさん!人間の力を魔王に思い知らせてやりましょう!」

 優雅だったアレクさんが、金髪を振り乱して、翡翠色の瞳をギラギラと光らせて、力強く演説する。その姿は情熱的で、とても引き込まれる……すごく、かっこいい……いや、かっこいいなんて言葉は失礼なくらい……美しかった。

教会が一瞬静まり返った。

次の瞬間、わああっ……とすごい勢いでお金を持った人々が銃の積み上げられた荷車に殺到した。金貨が乱れ飛び、銃が飛ぶように売れていく……。

 七〇〇バルクなんか持っていない私は、ただ呆然と見ているしかなかったけど、その勢いは凄まじくて、圧倒されてしまった。

 だから、突然、後ろの扉が開いて、誰かが入ってきたことにも最初は気がつかなかった。

「ベルクール殿…………」

 いきなり、すごく聞き覚えのある……兄さんの声が教会の入口から響いた。驚いてみんなが振り返ると、開いた扉の前で兄さんが仁王立ちになっていた。

 そんな兄さんにアレクさんがにこりと微笑む。

「おや、これはこれはダーリング様。昨日のお話、考え直してくださいましたか?」

「君は……昨日の話を何も覚えていないのか?一般人を闘いに巻き込むべきではないと私はいったはずだ。」

「確かに、あなたの仰ることもごもっともです。しかし、僕には僕の考えがあります。もちろん、公爵のお許しもいただきました。どうですか?ダーリング殿も購入されるならどうぞ。」

「いや…結構だ。失礼する。」

 兄さんはくるりと踵を返して、スタスタと歩いていってしまった。

 その後、一瞬気まずい沈黙が流れたけど、またすぐに銃の販売が始まった。

 私と同じくお金を持っていないアーニャ(アーニャの場合、現金を持ち歩かないように気をつけているらしい)が、私にそっと問いかけた。

「ねえサラ、もしも……もしも七〇〇バルク持ってたら……銃、買うと思う……?」

「わ、私は……」

 正直、わからないと思った。



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