2部
「ラズミーヒン。今から君の名前はラズミーヒンだ。」
今までの薄い端末から、キツネの形をしたロボットに身体が変わった。そして、最初に学習したのは自分の名前だった。
「イワン、やっと、名前つけたの?」
この声はクリードだ。
「ああ、新しい端末になって、性能が上がったんで、本格的に心をプログラミングしようと思ってね。自我を持つには名前が重要だろ?」
「それは、そうだよ。今までどう呼んで良いかわからなかったからね。これから、よろしくな。ラズミーヒン。」
自分の身体の上に、『ヨロシク』と表示する。
「それにしも、子供の名前を付ける親の気持ちはこんな感じなのかな。三日三晩悩んだぜ。」
「ふ~ん。そうなんだ。」
「お、イワン。なんだ、その変なキツネは?」
この声はオズボーンさんだ。イワンの研究室の先輩らしい。
「以前から作ってた人工知能ですよ。新しい端末に移し替えたんで、名前もラズミーヒンって、付けたとこっす。。」
「ラズミーヒンか・・・。言い難いよ。ラズミンにしよ。いや、ラズでいいや。」
「よろしくな。ラズ。」
オズボーンさんは豪快に笑っている。
「ん~、ラズミーヒン。ラズミンとか、ラズとか呼ばれたらお前のことだからな。」
「ということだ、よろしくな。ラズ。」
『ヨロシク』と表示する。
オズボーンさんは再び豪快に笑った。
この日、僕に名前がついた。ラズミーヒンだ。でも、クリードはラズミンと呼ぶ。オズボーンさんはラズと呼ぶ。イワン以外はラズミーヒンとは呼ばない。そのことをイワンに聞くと親しい人は愛称で呼ぶそうだ。イワンは親しい人ではないのか聞くと、せっかく考えたから愛称では呼ばないとこの時は言っていた。
身体の中の振動計が異常を告げる。頭の上に警告マークを上げる。
身体の中の振動計の異常値は更に大きくなる。頭の上の警告マークはどんどん増えていく。
「きゃはは、きゃはは。」
僕の身体を叩きながら笑い続けている女の子はカレンという名前だ。イワンの姉の娘らしい。
「こらこら、あんまり叩くと壊れるよ。」
「あー、あー」
「痛たた。俺を叩いても警告でねーって」
また、身体の中の振動計が異常を告げ始めた。警告マークが出続ける。
「きゃはは、きゃはは。」
「今度は、音も出るようにするか。」
「イワン。お祈りに行くよー。カレンも連れてきてー。」
「よし、行くよ。カレンちゃん。よっこいしょ。カレンちゃん。ラズミン持ってて」
「姉さん。カレンちゃん。よろしく。ラズミンは返してね。げ!ヨダレでびしょびしょ。」
「きゃはは。」
「イワン。おじいちゃんの杖。」
「あ、はいはい。」
「はい。おじいちゃん。」
「ありがとう。ん?イワン。そのキツネはなんじゃ?」
「あ、コンピュータだよ。」
「今のコンピュータはそげんハイカラとね?」
「うん。ハイカラとよ。」
カレンと話す時のイワンの声は強弱が激しい。逆に、おじいちゃんと話す時は、ゆっくり丁寧だ。同じイワンの声でも全然違う。ただ、はっきりしているのは二人がイワンにとって大事な人だということだ。
「よお、イワン。ラズはどんな感じだ?」
「ああ、アレン。記憶容量も計算も前の端末とは段違いだよ。」
「それはよかった。でもな。最新のは更にハイスペックだぜ。家の中の家電、全部制御してるし、車の運転までこなすぜ。」
「マジか。すげーな。ラズは画像処理までやるスペック無いからな。ん?そのネズミのヤツがそうなん?」
「そう。俺もお前のマネしてアルって、名前つけたんだけど、別に返事するような機能無いから意味無かった。あはは。アルにも自己学習みたいな機能が欲しいな。」
「でも、最近、行き詰ってる感じなんだよな。さっきの講義の質問がまだ、こんなに。」
僕の頭の上にはたくさんの質問が表示されたままだ。
「心とは、自己とは、自我とは、愛とは、生とは、死とは。答える方の知識が追いつかないな。なんか、これ種類が違くない?なんで、教室で講義を受けるのかだって。」
「あー、教授が学生が少ないって、愚痴ってたヤツか。必須講義じゃないし、録画したヤツ見ればいいしな。」
「イワンはなんで、一番前で講義、受けてんだよ。」
「そりゃ、あれだ。あの教授と同じ空間と時間を共有してこそ心理学の授業って、ことだ。」
「頷いて、相槌すると雑談に勢いがつくからな。あの教授。」
「この質問も、一言じゃ答えようがないな。まあ、1つの答えを求めるのは理系の悪いとこだな。」
「お前、難しく考えすぎなんだよ。要はあの教授が好きってことだべ。」
イワンは、心を実装するのに苦心していた。この後、僕の中には感情値が設定された。何かあるたびに僕の中の感情値は変更されていく。ただ、それが、僕の行動に影響を及ぼすようには作られていない。
足音と振動がだんだんと大きくなってくる。
「ラジュー」
僕をラジュと呼ぶのはカレンだ。身体の中の振動計が異常を伝える。
「あはははは。」
イワンは僕の前の身体を使って、設定値をいじっている。
「これは、喜で良いか。」
振動計は相変わらず、異常を伝え続けている。
「止めてー。」
音声が再生される。
「あはははは。」
「これは、喜怒哀楽のどれにするかな。これも喜かな。4つじゃ足りないな。」
「イワン。イワン。」
僕の前の身体が叩かれる音が聞こえる。
「おい!コラッ。止めろー。」
「あはははは。」
「イワン。カレン。お祈りに行くわよー」
「よし。カレンちゃん。抱っこ。」
「ラジュ。抱っこ。」
「よっと。重くなったな。ラズを落としちゃダメだからね。」
「イワン。早くー。お祈り終わったら、お見舞いにも行くからー。」
イワンは感情値の設定を続けていた。後で聞いたが、適当につけていたらしい。なんでも喜につけるので理由を聞くと、「カレンを喜ばすために付けた機能で喜んだから。」だそうだ。僕の身体が前の身体からキツネに変わったのもカレンが喜びそうだったかららしい。こんなイワンによって、僕の心の中心は設定されていった。
「お、ラズ元気か?」
『元気ですよ。』
「そうか。ラズに元気か聞くのも変か。」
オズボーンさんが豪快に笑う。感情値の喜の値が上がった。
「充電は大丈夫か?」
『大丈夫です。今朝、クリードが充電してくれました。』
「そうか。研究室の電気、消していくからな。」
『どうぞ』
スイッチを押す音が聞こえる。足音が遠ざかって行く。夜の研究室は静かだ。僕の中の時計はただ正確に時を刻み続けている。