14.エピローグ~未来に向かって~
「俺さ、最近、変な夢を見るんだよ」
そう切り出したのは、隼人だった。
今日は僕の旅立ちの日、駅まで見送ると言った両親には、名残り惜しくなるからやめてと言って断っていたが、代わりに隼人が駅まで駆けつけてきてくれたのだった。
「変な夢って?」
僕は、駅のベンチの隣に座っている隼人の横顔に向かって訊いた。
「いやぁ、それがな、前に俺が見た男の子の幽霊が、夢に出てくるんだよ。ほら、あの丘の上の公園の近くで見たって、話しただろ」
「あぁ、その男の子なら……」
こうちゃんのことを言いかけてやめた。今ここで話し始めたところで、電車が来るまでにすべてを話すことはできないと思ったから。
「毎晩、俺の夢の中に出てきて、俺とかくれんぼをしようと言い出すんだよ」
「へぇ、かくれんぼかぁ………」
どこかで体験した光景だったが、そのことには触れずに、僕は耳を傾け続ける。
「それでさ、俺が気を利かせて遊んであげるんだけどよ、いつもどこかに消えてしまって、いくら探しても見つけられないんだ。それで、俺が途方に暮れているときに、その夢は終わるんだけどよ。なんだか、気持ちが悪くてな」
そう、眉をひそめて話す隼人。僕は、ホームの時計に目を遣った。僕が乗る予定の急行電車がやってくるまでには、まだ少し時間がありそうだった。
これまで、隼人にはたくさん助けてもらった。だから、せめてもの恩返しのつもりで、隼人にどんなことを言ってあげたらいいのかに悩んだ。
とっさに思い浮かんだのは、隼人が四月から通う大学のこと。
「隼人って、教育学部に行くんだよね」
「えっ、あぁ、そうだけど……たまたま推薦枠で受かっただけだけどな。でも、それがどうかしたのか?」
「いや、隼人は、子供に好かれているんだなと思ってさ」
「えっ、何を言い出すんだよ、急に……」
隼人の口ぶりでは、好いてくれているのが幽霊だと言いたげに聞こえたが、僕はあえてそのことに触れずに続ける。
「僕さ、内気な性格だったから、小学生のときも、なかなかクラスのみんなと馴染めなかったんだ。でも、そんなときに、先生が遊びに誘ってくれていたら、僕はもっとみんなと仲良くなれたような気がするんだ。ほら、一緒に遊んでくれた先生のことは、大人になってからも印象に残っているって言うじゃない」
当たり前のように話していたが、実はこれは母から聞いたことだった。母は、僕との会話の中で、今の若い先生たちが羨ましいと言った。どうしてかと訊くと、休み時間になったら、子供たちと夢中で校庭を走りまわっているからだという。自分が若い頃は、勉強を教えることばかりに意識がいってしまって、子供たちと遊んだ経験がなかった。教育界全体がそういう風潮だったのかも知れないが、子供たちと楽しい時間を過ごすことによって、もっと子供たち一人ひとりのことを理解できたんじゃないかと、自省の念に駆られながら話していたのだ。
「まぁ、それはそうだよな。俺も、子供の頃はよく先生と、サッカーをして遊んでいたけど、苦手だった勉強のことは覚えていなくても、先生と遊んだことは今でもはっきりと覚えているもんな」
「隼人は、夢の中でも子供と遊ぶくらいだから、本当に先生に向いているかも知れないよ」
隼人には冗談に聞こえたかも知れないが、僕の正直な気持ちからだった。
「あぁ、そうかなぁ……。亮太にそう言ってもらえると、俺、なんだかわからないけど、大学で頑張ってみようと思えるよ」
照れ笑いする隼人の姿を見ていたら、なんだか僕の心の中にも、ふつふつと勇気が湧いてくるようだった。隼人のことだから、これからも色々なことにチャレンジしながら、隼人らしく生きていくだろう。この先のことはわからないけれど、僕も自分にできることを見つけて、頑張ってみようと思う。不器用でもいい。笑われたって構わない。そうやって一生懸命過ごしていたら、かつての体育祭のときのリレーのように、自ずと結果がついてくるはず。隼人から、そう教えてもらったのだから……。
やがて、急行電車の到着を知らせる自動アナウンスがホームに流れる。僕は、不意に寂しさに襲われて身震いした。だけど、「よしっ」と声に出して自分を奮い立たせる。
「いつでも帰って来いよ。また一緒に、ボウリングに行って、あの丘の上から夜景を眺めような」
「うん、ここは、僕たちが生まれ育った町だもんね。必ず戻ってくるよ」
心の中で、「そのときは、ひとまわり大きくなって帰ってくるから」と言いながら……。
僕たちの目の前に、シルバーの車体にオレンジと青のラインが入った電車が到着した。
僕は無言のまま、電車に乗り込んで扉のそばに立つ。
「元気でな」
「あぁ、隼人もね」
そのタイミングで、空気音を漏らしながら扉が閉まった。
やがて、電車は軽いモーター音を響かせながら、ホームを離れていく。流れゆく町の景色に、手を振る隼人の残像を重ねてみる。
電車が進むにつれて、見慣れた丘が姿を現した。丘の上に建ち並ぶ住宅街のシルエット、春の優しい光を浴びて、さんさんと輝いていた。ふと、あの丘の上で出会った子供のことを思い浮かべてみる。白のトレーナーにベージュのズボンを穿いたこうちゃんは、今もあそこの公園で遊んでいるだろうか。
電車の扉の窓に、ほんの一瞬、何かが留まった。タンポポの綿毛だった。まるで、僕を見送るために飛んできてくれたそれは、やがて風に吹かれて、見慣れた景色の中へと消えていった。
「こうちゃん、ありがとう。僕、頑張ってくるね」
流れる景色に向かってそう呟くと、僕はゆっくりと空いている席に向かった。




