第66話:魔法学校へ
妙な不安はあるが、それでも時間と言うものは止まってくれない。
あっという間の出発日。
一か月間のお別れを嫌がって手を放してくれなかったリップちゃんに、お土産のお菓子を買ってまた帰ってくるからと言って泣く泣く西門へと向かった。
すると俺で最後だったのか、学園都市に向かう隊商とマリーン。そして見送りのウィーネが集まっていた。
「すまん、俺が最後だったか」
「ん。大丈夫。出発までに時間はまだある」
「ガルルルル……!」
マリーンの背後からこちらを睨んでいる番犬は無視して、今回お世話になる隊商のリーダーに挨拶に向かう。
気前のよさそうなおじさんで、あの『魔女』が護衛をしてくれるのだからと嬉しそうな様子だった。
「もちろん、兄ちゃんにも期待してるぜ!」
「ええ、ありがとうございます」
ガハハハ! と俺の背中を叩くおじさんに笑みを向けて挨拶を済ませた俺は、そそくさとマリーンたちの元へと戻る。
その道中で、他の冒険者達と目が合った。
プロプトホーフの曳く馬車の数はそれほど多くはないようだが、それでも護衛する冒険者は俺とマリーンの他にもいる。
どうもとこちらから軽く会釈すれば、仏頂面ではあるが同じように会釈を返してくれた。
「(最近は、前ほど酷くは言われてないようだしな……)」
この街に来た当初は、登録した年齢やらマリーンとの関係やらで色々と陰口が多かった俺だが、ここ最近はその陰口もだいぶと減っているように感じている。
原因としては、星3つになったことや街に居たくないという理由だったが周辺村落への遠征依頼を受けまくったこと。そして王都での騒ぎに関して悪魔を相手に戦った話がボーリスのギルド内に広がっていることも要因だろう。
後者はアホが勝手にやっていたことだが、どうやらいいこともあったようだ。
おかげで、ある程度俺の悪い噂は鳴りを潜めている。
だが一番大きいのは、ギルド内でマリーン以外の『白亜の剣』の面々と懇意にしてもらっている件だろうか。
これによって『あいつ、もしかしてめちゃくちゃ仲良いんじゃね?』と話題になり、やっかみはともかくマリーンを利用しているという噂はあまり聞かなくはなっている。
「(……いやいやいや、ダメじゃん。少なくとも、表の俺として目指す『一般的な冒険者』像じゃねぇ……!)」
どこの世界に国でもトップレベルの冒険者と仲が良い低ランクの冒険者がいるというのか。
少なくとも『一般的』ではないだろう。
びーくーる、だ。大丈夫だ落ち着け。
俺の目的は、あくまでも剣士の俺が目立つことじゃない。魔法使いの俺が目立ち、その噂話を聞くこと。
ヨシッ
「確認完了!」
パシッ、と両頬を軽く叩く。
すると、そんな俺の様子を見ていたマリーンが俺の傍に寄り、首を傾げて見上げて来る。
「何の確認?」
「おっと、マリーンか。なに、忘れ物はないかと思ってな」
誤魔化す様にそう言うと、マリーンは自身の荷物を確認する。
そしてまた俺を見上げると、いつものジト目のまま力強く頷いた。
「大丈夫。ボクが貸す」
「え!? し、師匠、それはだめです! そんなことしたら何をされるか……!」
「……? 何かするの?」
ウィーネの言葉に再び首を傾げたマリーン。
俺はマリーンの肩にポンッ、と手を乗せると、俺を睨んでいる番犬に優しい目を向けた。
「単純にウィーネさんの想像が豊かなだけだ。師匠なら、温かい目で見守ってあげるといいぞ」
「そう? わかった」
ウィーネには聞こえないよう、小さな声でマリーンへと伝えておく。
しかしまぁ、頭ピンクなことで。流石思春期。想像力が豊かである。
「な、何ですかその目はぁ!?」
「いやぁ……何も?」
「へ、変なこと師匠に吹き込んだら許しませんからね!?」
ウィーネの言葉に、俺はそっぽを向きながら改めて荷物の確認作業を行う。
出発寸前まで、「師匠に手を出したら許しませんからね!?」と番犬の如く吠えられることになるのだった。
そんなことするわけがないだろうに。
◇
ボーリスから学園都市までは凡そ一週間程度かかるらしい。
意外なことに王都までと同じくらいだった。
王都経由で行くともう少しかかるらしいが、今回の隊商は直接学園都市に向かってくれるそうだ。
「学園都市は王都南部にある。魔法が中心の都市。その規模は王都の魔法区以上」
「まぁ、都市丸々一つが魔法関係ならそうなるわな」
夜番としてマリーンと焚火を囲みながら時間を過ごしながら、俺は学園都市についての話をマリーンから聞いていた。
夜番はパーティごとに組んでやることになっている。
今回俺はマリーンとの一時的なパーティという扱いになっているため、こうして一緒の時間に焚火を囲んでいるのだった。
「学園都市はすごい。きっとトーリも気に入る」
「そりゃいい。時間があったら案内してもらってもいいか? 魔法学校の時に行った店とか興味がある」
「ん。きっとトーリも気に入るお菓子がある」
「……マリーンらしいと言えばそうか。お土産買いたいから、依頼終わりに一緒に行こうぜ」
「……んっ。楽しみにしてる」
ジト目ながらソワソワと揺れているのを見るに、余程楽しみなのだろう。
流石甘党である。学生時代の思い出のお菓子でもあるのだろうか。
そこまで考えて、俺はふと気になったマリーンの魔法学校時代について聞いてみることにした。
以前ヴィーヴルヴァイゼンの話を聞いた時にマリーンのことも少し聞いたが、こういうのは本人の口から聞いた方がいいという物。
「なぁ、マリーン。マリーンはどういう経緯で魔法学校に入ったんだ?」
「ボク?」
此方を向いたマリーンに、俺はそうだと頷いた。
ヴィーヴルヴァイゼンの奴は村の人たちの期待に応えて宮廷魔法使いになるために、などと言っていたがマリーンはどうなのか。
あいつから伝え聞いていたマリーンの実力からすれば、成績トップで宮廷魔法使いになることは難しくなかったはずだ。
けれども、彼女は冒険者になる道を選んだ。
「聞いた話じゃ、魔法学校じゃトップだったんだろ? 宮廷魔法使いにならずに冒険者になったのは、何か理由があるのかと思ってな」
「……ん。そうだね」
マリーンの視線が焚火に向けられる。
暫くそのまま動かず黙ったままの彼女の反応を見て、俺はもしかしたら言いづらいことを質問してしまったのではないかと内心で少し焦った。
「……もしかして、聞いたらまずかったか? ならごめん、別の話を――」
「大丈夫。トーリなら、ボクはいい」
再びマリーンに声をかけると、マリーンの目が俺を見た。
焚火に照らされた彼女の顔は、いつもの無表情ではなく、柔らかい笑みを浮かべていた。
「ボク、拾われた」
「拾われた……?」
「ん。覚えてるのは、雨が降るスラム街」
そこでお腹が空いて倒れてた、と遠い昔を思い出す様に彼女は満天の星空を見上げる。
「そう、なのか……」
「大丈夫。今のボクは幸せだから。それも全部、アイシャが拾ってくれたおかげ」
「アイシャさんが……?」
俺の言葉に、マリーンが「ん」と頷いた。
――あなた、私と一緒に冒険しましょう! 私達ならきっと素晴らしい仲間になりますわ!
幼かったマリーンに、当時のアイシャさんはそう言ったらしい。
「……ボクの大事な思い出。何も知らない、何者でもないボクを、アイシャがボクにしてくれた」
大切な思い出を語るマリーンの表情は、変わらず柔らかいまま。
いつもよりも饒舌なのは、それが彼女にとって本当に大事な記憶だからなのだろう。
そんな彼女の様子を見て、俺は「そうか」と少し嬉しくなって焚火に視線を向ける。
「ボクはアイシャの仲間。魔法が使えるってわかっても、そこは変わらない。アイシャと一緒に冒険者になることは決めてた」
「じゃあ、魔法学校に入ったのも?」
「ん。アイシャと冒険者になるため。冒険者になるなら、力がいる。だから、ボクは強くなった」
手に構えた杖の先端から、先端が尖った水の塊が上空に向けて射出される。
すると、上空で何かを貫いたのか、貫かれたモノが近くに落ちた。
どうやら、上空を通った魔物を仕留めたらしい。
上空にソナーでも飛ばしていたのだろう。
いつの間に3次元的に探知をするようになったのか。
「……今の状況じゃ血抜きもできないし、もったいないけど埋めておこうか」
「ん。『土喰』」
墜落した魔物の周囲の地面が動き、魔物の体をまるで生き物のように土の中へと取り込んでいく。
焚火から離れた暗がりの中であるため、どこか恐ろしくも感じる光景だ。
もっとも、魔法を使った本人はそんな風には感じていないようだが。
「どうかした?」
「いや、何でもない。とりあえず、マリーンが魔法学校に入った理由についてはよくわかったよ」
やっぱりすごいわ、と言葉を零せばマリーンの体が嬉しそうに左右にゆらりと揺れる。
もういつもの無表情に戻っているが、その柔らかい雰囲気はそのままだった。
「今度は、トーリの番」
「俺か?」
「ん。トーリの昔の話、聞きたい」
「……そうだな。いたって普通の昔話だな」
どこにでもいる普通の、だからこそ普通ではないことに憧れた、童心が長く続いた男の話。
あの頃は「俺ならもっと」というよくわからない自信はあれども、「そんなこと俺にできるわけがない」という諦めで何もできなかったものだ。
流石に前世云々と言った話はできないので、村で生まれて、ある程度経ってからボーリスで冒険者になったという嘘を話した。
それでもマリーンは興味深そうに聞いてくれたが。
やがて俺とマリーンは、夜番の交代の時間となり各々のテントへと戻って眠りについた。
そしてボーリスを出発してから六日目の昼過ぎ。
盗賊も魔物も出なかったことで少し予定よりも早く到着した俺たちは、隊商や護衛についていた冒険者たちと別れて魔法学校へと向かった。
「おお……どこを見てもローブだらけだな。魔法区みたいだ」
「ん。でも入場制限はない。魔法使いじゃない人もいる」
「みたいだな。でも流石学園都市。ちらほらと制服の子供がいるな」
マリーンと並んで歩く学園都市の街並みは今まで見たボーリスや王都とも異なり、制服らしき装いをした少年少女の姿をよく見かける。
白を基調として青と金色の柄が入った制服。そして左肩から肘までを覆う青のペリース。男子はズボンで女子はスカート姿だ。
なかなかに派手な見た目であるため、街中であっても結構目立っている。
「マリーンもあの制服を着てたのか?」
「ん。トーリ、見たい?」
「……返答に困るな、それは」
首を傾げて俺を見上げる瞳に、思わず気まずくなった俺は目を逸らした。
「……わかった」
「待て、何をわかったんだ?」
「ついた」
「唐突に流れを斬る……おお、でっけぇ……」
ここ、とマリーンが立ち止まって見上げたのは、それはそれは大きく立派な建物だった。
いや、建物だけではない。
恐らくだが、この建物の背後にはかなりの敷地があると見た。
現に、建物を囲う壁が視界の端から端まで続いている。
「これが魔法学校……」
「入る」
迷いなく歩を進めるマリーンに少し遅れる形で入場する。
俺一人であれば、本当に入ってもいいのかかなり躊躇するところだっただろう。
「マリーン、フェイル先生の教室はどこにあるんだ? そこで待ち合わせてるんだろう?」
「ん。でも、あの人のことだから、研究室にはいないと思う」
「……ん? 何でそんなこと――」
「その通りだとも! よくわかっているじゃないかマリーン」
どういうことなのかマリーンに尋ねようとしたところで、突如俺たち二人の間に割り込むように入ってきた白いローブを纏った人影。
その人影はやけにハイになったテンションで「久しぶりだねぇ!」とマリーンにくっつくと、そのままベタベタとマリーンの体に触れていった。
「……ふむ、やはり成長したね! どうかな、採血した方がいいんじゃないかな!」
「……フェイル先生。眼鏡付けた?」
「おや、気づいたかい? ふふっ……最近作ったのさ!」
腰ほどまである綺麗な金髪に、黄金のような瞳。丸い眼鏡も特徴だろう。
しかしなによりも目立つのは、髪から覗く普通の人とは思えないほどの長い耳。
マリーンがフェイル先生と呼んだその女性を見た俺は、思わず頭に浮かんだその言葉を口にした。
「……エルフ?」
「お? 君がマリーンの言ってた子だね? 君の言う通り、私はエルフだとも!」
マリーンから離れた彼女は、そのまま鼻と鼻がくっつきそうになるくらいの距離まで顔を寄せて来る。
驚いて一歩下がったが、その分だけまた詰められた。
「ふむふむ……なるほどなるほど……君がねぇ……」
「……あの」
「ま、細かい話は後にしよう! まずは自己紹介だ!」
勢いよく俺から離れたその女性は、どこか不機嫌そうなマリーンも無視して俺たち二人の前に立つ。
そして「では改めて!」と笑みを浮かべた。
「私が今回の君たちの依頼主、フェイル・モルガルだ。これから一か月の間、よろしく頼むよ!」
そう言って彼女はクイッ、と眼鏡の位置を整えるのだった。




