09-04 純白の港町イリエ
――出発の前日。
カトレアお嬢様が旅の日程を伝えに店を訪れてくれた。
「明日はまず馬車でソーゲンに向かいます。そこから南に抜けて港町のイリエへ。そこで一泊して、翌朝船に乗ります。船でもう一泊すると、翌朝にはチュラ島に到着! という流れです」
冊子を見せながら順を追って説明するお嬢様。
「……あ、そう言えば。もう1人一緒に行く方は決まりました?」
「あー、それなんだけど……」
ティンクと話し合った結果、お嬢様には“マクスウェル”の錬金術の事を話しておこうという事になった。
さすがにこれだけの長期間一緒に旅するとなると隠しきれないだろうしな。
……
「――という訳なんだ」
論より証拠。
実際に見せた方が手っ取り早いということで、目の前で万能薬のポーションを使ってみせた。
「ごめんなさいね、黙っていて。悪気は無かったのだけれど……敢えて驚かせる必要も無いかと思って」
俺と一緒に謝ってくれる万能薬さん。
「い、いえ。驚きはしましたけど、別に気にはしていません。ただ、何というか凄すぎて……錬金術ってこんなに超常的な物なんですか?」
「いや、うちが特別変わってるだけだよ。多分」
幸い、『世の中には不思議な事もあるもんだ』くらいの感覚で、ありのままを受け止めてくれたカトレアお嬢様。
同行者の件も了解が取れた事だし――後は明日の出発を待つのみとなった!
―――
街道を爽快に駆ける馬車。
流石お嬢様が用意してくれた馬車だけあってスピードも乗り心地も段違いだ。
「ところでカトレアお嬢様――」
話しかけようとしたところ、片手を上げてお嬢様に遮られる。
「あ、マグナスさん! マグナスさんも良ければ“カトレア”と呼んでください。いちいち“お嬢様”は言いにくいでしょう。ティンクもだいぶ前からそうですし」
いや、ティンクは馴れ馴れしいというか、元からそういう性格かもしれないけど……
「いやー、流石に街随一の貴族のお嬢様を呼び捨てという訳には……」
「いいじゃない! カトレアがそう言ってくれてるんだし。あんたは細かい事気にし過ぎなのよ」
俺と向かい合いお嬢様の隣に座るティンクが身を乗り出して抗議してくる。
「はい! 私もその方が親しい気がして嬉しいですし」
そう言ってニッコリと笑うお嬢――カトレア。
大貴族だっていうのに、それを鼻にかけることもなく街の人達にも分け隔てなく接する。
本当に良い人だ。
「それじゃ、俺のこともマグナスでいいから!」
「――! そ、そんな、いけません! 殿方を名前で呼び捨てにするなんて。そ、それは何というか特別な間柄になった男女だけに許された事で……」
突然顔を赤らめるカトレア。
彼女、父親によって半ば軟禁状態にされていた期間が長かったものだから、友情とか色恋沙汰にはめっぽう疎いらしい。
「あ、でもマグナスさんがそういう間柄をお望みという事でしたら、私個人としては別に嫌という訳では……」
そう言ってさらに頬を赤らめるカトレア。
「い、いや、その辺はお任せするよ。お互いやり易い感じでいこう」
何となく厄介な事になりそうな予感がして、とりあえず無難に返しておく。
「……そうですか。ところで、お話はなんでしたか?」
少しガッカリしつつ話を元に戻すカトレア。
「あぁ。向こうに着いてからの予定を聞きたくて」
「あ、そうでしたね。道すがらお話しようと思ってたのでした。私はセレモニー等で先方の重役と会食などありますが、皆さんは基本的に自由にして頂いて大丈夫ですよ。治安も良い国なので街を散策してみると良いと思います。私も昔に一度行ったことがあるだけですが、独特の文化で楽しい所ですよ」
「へぇー! 美味しいものも沢山ありそうだし、楽しみね!」
「あ、でも日焼けには気をつけてくださいね。モリノの日差しとは比べ物になりませんから。向こうに着いたらまず日傘を買いましょう」
そんな話をしながら、馬車の旅は続く。
―――――
馬車は快調に道を飛ばし、夕方頃にはソーゲン領イリエの街へと到着した。
港町と聞いて、俺は勝手に寂れた感じの小さな漁村をイメージしてたんだけれど――想像と現実のあまりの違いに驚きを隠しきれない。
高低差のある山肌沿いの街は、建物も道路も真っ白な石造りで統一され、モリノの王都やロンドともまた違った洗礼された都会の形相を成している。
家々の玄関先や店舗の店先には、真っ白な街とは対照的な色とりどりの花々が飾られていてそのコントラストがとても綺麗だ。
じきに空が夕焼けに染まり始めると、街全体が鮮やかなオレンジ色に照らされる。
それと同時にポツポツと街灯が燈り始め、優しい明かりに照らされる街は幻想的な雰囲気が漂い始める。
「わー! 素敵な街!!」
丘の上から街を見下ろして歓喜の声を上げるティンク。
「ここでは一泊して明日の出港を待つだけだし、まだ時間もあるから少し見て回ろうよ!」
楽しそうにティンクと話すカトレア。
「いいわね! 行く! ほらマグナスも早く!」
馬車での長時間移動なんてなんのその。
見た事もない景色に心躍らせ、暮れ行く街の散策を始める。




