07-09 夜明けのブルー・モーメント
甲高い金属音が館中に鳴り響く。
目の前で起きた、予想だにしていなかった事態に驚き、思わず口がポカンと開く。
シスターが振り下ろした巨大な十字架。
麻の服ちゃんが叩き潰される寸前、その前に立ちはだかったのは――シルバーソードさんだった!
俺だけではなく、その場にいた全員が思わず目を見開く。
「……し、シルバーソードのお姉ちゃん?」
へたり込みながら呆然とする麻の服ちゃん。
そんな麻の服ちゃんには振り向かず、じっとシスターを見つめたまま声を荒げるシルバーソードさん。
「――な、なんなんですか! みんな揃いも揃って! こんなの! こんなの見せられて……私は誇り高き“シルバーソード”ですよ! それはちょっと怖がりな所もありますけれど……でも」
ブンブンと首を振ってキッと目を見開く。
「目の前で仲間を失う恐怖に比べたら、アンデッドが何だって言うんですか!!」
そう言ってシスターの十字架を受け止めていた剣を素早く翻し、カウンターの一撃を放つ!
その剣捌きは――まさに歴戦の騎士の剣技!
さすがロングソードさんの後輩。
ロングソードさんの言葉が頭の中で蘇る――
『実力ではそこいらのアンデッドになど後れを取るはずも無いのだが――』
相手はアンデッドじゃなくて“聖水”なのがやや気になるけど……。
とにかく、吹っ切れたシルバーソードさんは――めちゃくちゃに強かった。
パワーで攻めるシスターの攻撃を軽々といなし、的確にカウンターを入れ続ける。
ロングソードさんの相手を圧倒する攻撃的な剣技とはまた違い、相手の動きを制し冷静かつ的確に最適な一手を放つような闘い方。
致命傷は避けつつ徐々にシスターの機動力を奪っていく。
“補助アイテム”と“武器”。
シスターがいくら異常な強さだとはいえ、その差を遺憾無く見せつけるシルバーソードさん。
足に何発目かの斬撃を受け、シスターがぐらりと膝をつく。
その眼前に立ちはだかるシルバーソードさん。
「観念しなさい悪霊! シスターに乗り移ったのがあなたの運の尽きです」
そう言って剣を構え直す。
「おのれ……おのれ小娘ぇ! 先程まで震え上がっておったものを! 何を突然生意気なぁぁぁ!!」
目を真っ赤に血走らせ、この世の物とは思えないよじれた声で雄叫びを上げるシスター。
しかし、そんな気迫にはお構いなしに、あっけらかんとしてシルバーソードさんが答える。
「……だって、よく考えたら別にグロくないですし。見た目シスターだから」
あ、成程。
グロいのがダメなのね。そう言えば最初っから言ってたかも。
「さあ、行きますよ! ――断ち切れ悪夢の終わり! 醒めぬ夢は無いと知れ!」
シルバーソードさんが剣を掲げると、雲間から刺す満月の光のように澄んだ光が辺りを照らす。
太陽のような眩い輝きではなく、肌を刺す冬の寒風のように凛としてそれでいて神聖な光。
「お、おのれぇぇ!!」
光に照らされ、袖で目を覆って狼狽えるシスター。
その隙にシルバーソードさんが一気に距離を詰め、斬りかかる!!
――けれど、すんでの所でシスターがそれをかわす!
そのまま剣が床に突き刺さる。
は、外した!?
「――な、何い!? 何だこれは!?」
よじれた声が雄叫びを上げる。
「捕らえました!」
見ると、床に刺さった剣はシスターから伸びる影を貫き床に磔にしている!
「――夜明けです! 夜の黒を洗う青藍の光――ブルー・モーメント!!」
剣が一層の輝きを放ち、世界が深い青へと染まっていく。
夜を追い立てる朝焼けのように、鮮やかに闇を払う光――正に朝の訪れだ。
「な、何だこの光は!!? バカな! こんな小娘にこの私がぁぁ――っ!!」
光に飲まれるように姿は霧散し姿を消した――
……後から聞いたけれど、これはシルバーソードの固有スキルの1つ。その中でも最上位の技だそうだ。
この剣を数十年使い込んでやっとこそ習得出来るかどうかの大技らしいけど――あっさり使いこなすあたり、さすがアイテムさんだ。
―――
――それから数日後の夜。
閉店後の店でお茶を飲むシュー。
「そういえばお前ら。こないだ何か変な依頼受けたんだって? コズメズ密林の屋敷がどうとかこうとか」
「あぁ。相当大変な思いしたのに、依頼人とパッタリ連絡が取れなくて」
「ホント冗談じゃないわよ! もしかして詐欺!?」
机を叩いて怒りを露わにするティンク。
「何だよ、随分とお怒りじゃねぇか」
――シューに事の顛末を説明する。
「は? 冗談だよな?」
「いや、冗談のような本当の話だ。俺もまさか聖水からゴリゴリの……」
「いや、そこじゃねぇって。お前のいう依頼人……キキーナ夫人って……とっくに亡くなってるぞ?」
「……へ?」
「シャバキオ家の怪奇、知らないのか? ある日突然気が狂ったキキーナ夫人が、コズメズの館で家族全員を惨殺した事件。その後夫人自身も自らの手で首を掻き切り自殺してる。噂では、夫人が手に入れた妙な絵画が呪われてたって話だけれど――」
「え? じゃあ俺達が取ってきたのって」
街の道具屋で買った有難いお札でグルグル巻きにして店の隅に置いてある、例の絵に目をやる。
――その時、窓も開いていないのに室内に冷たい空気が吹き込んでくる。
その途端、部屋の照明が一斉に消えた!
「――余計な事を知らなければよいものを」
声が聞こえた気がして振り返ると、玄関ドアを背にキキーナ夫人が立っていた。
はためく黒いヴェールの下は――目が暗闇に眩んでおり、まるで動く骸骨だ。
「ひ、ひぃいいい! 出たーー!!」
その場に居た全員が悲鳴を上げる!
「まぁいい。お前達全員道連れに……」
――パリン
「……ん? なんだ?」
キキーナ夫人の足元で割れる瓶。
俺が投げた“聖水”のポーションだ。
程なくして、地響きにも似た揺れが店の床をガタガタと揺らす。
「――お ま え かぁ! この騒動の根源は!!」
まるで地獄の底から姿を表す魔王のように、光の中から這い出てくるシスター。
「え、え?」
狼狽えるキキーナ夫人。
事件の後、正気を取り戻したシスターは俺たちに平謝りだった。
別にシスターのせいじゃないからと一同説明したのだが、まさに血の涙を流す勢いで悔やんでいた。
そんな事件の首謀者が目の前に居るんだから、まぁその怒りの程は度し難い。
「ここで会ったがひゃくねんめぇぇぇ!」
シスターが放つ豪鬼のごとき覇気にあてられ、キキーナ婦人が咄嗟の反撃に出る。
「ぎゃぁぁぁーー! で、デッドリー・パペット!」
婦人が魔法を唱えると店内が闇に包まれ、明らかに天井よりも巨大な髑髏が姿を現した。その手から伸びた銀の糸がまるで生き物のように次々とシスターに絡みつく。
闇の上級魔法“デッドリー・パペット”
魔力の糸はピアノ線よりも強度があり一度絡め取られたが最後。足掻けば血肉は裂け、臆すれば生きたまま永遠に操り人形にされる。
……はずなのだが。シスターは糸など気にもとめず十字架を振りかぶる。
隆々と軋む筋肉に振り回され、ピアノ線どころか蜘蛛の巣よりもあっけなく引きちぎられる魔力の糸。
神聖な聖水に闇魔法が効くはずもなかったか。 ――いや、違うな。そんな話じゃない。単に強度が足りないんだ。この人(?)はピアノ線くらいじゃ止まらない。
「歯ぁ食いしばれぇ!! 一欠片も残さず浄化してやるわぁぁぁ!!」
有無を言わさず炸裂する慈愛の一撃。
響き渡る断末魔。
――どうやらうちの店、心霊系の依頼はお手の物になりそうだ。
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