06-02 狙われた賢者の石
「はーー涼しい!」
カトレア達が帰った後、ひんやりした空気に包まれる店内で大きく背伸びをするティンク。
「あぁ。やっぱコレこそ人類が生み出した最高の発明だなぁ」
俺の言葉を聞くや否や、慌てて氷柱の前に立ち両手を広げるティンク。
「……何してんの?」
「私が貰ったんだから! 使わせて欲しいならお金払ってよ!」
そうは言っても、狭い店内。
稼働させれば部屋中万遍なく冷える。
「じゃ、いいや。どーしても暑くてしかたなかったらお金払うけど。まぁ、お前がそこまで耐えれるかどうか知らないけどな」
どうやらティンクの方が暑さに弱いみたいだし、ほっといても必然的に付けるだろう。
――俺の勝ちだ。
「むぅーー! 何とかしてこっちだけ冷やしてやるから!」
机のレイアウトを変えたり、一所懸命に手で仰いでみたり色々と試行錯誤するティンク。
ヤレヤレと思いつつ無視して店のカウンターに戻る。
とはいえ接客業としてこの設備は嬉しい。ティンクの交友関係には感謝だな。
せめて補充用の魔力剤やメンテナンス費はこっちで待とう。
――それにしても。
随分と町に馴染んできたよな、ティンク。
当初は何だかあまり目立たないようにしてたみたいだけれど、元々の明るい性格とほっといても目を引くその容姿で、いつのまにか美人なカフェ店員として近所では有名人だ。
俺自身も、コイツがアイテムだって忘れてしまってる時がある。
それだけに、時々ふと思う。
――こいつもいつかは消えちゃうんだよな……って。
……いやいや、元々ただの居候。
魔力が切れるまでの付き合い。
俺とティンクはただそれだけの間柄だ。
―――
その日の夕方の事。
氷柱のメンテナンス費用をこちらで持つという事でティンクと和解し、各々仕事をしていると再び外から賑やかしい声が聞こえてくる。
『お頭! 辞めときましょうよ。またあいつらが居たら何されるか』
『うるせぇ! 大恩あるマグナスの旦那に黙って堂々とモリノの草が踏めるかってんだ!』
今度は何だ……? と思ってると、玄関のドアがノックされ、1人の男が入ってくる。
「マグナスの旦那! お久しぶりです!」
そう言って仰々しくお辞儀をする男。
「……? な、お前! いつぞやのゴロツキじゃねぇか!? まさか性懲りも無くまた襲撃に来たのか!?」
防犯用に置いてあるロングソードさんのポーションを慌てて手に取り身構える。
「ち、ちょっと待ってくだせぇ! 襲撃なんてとんでもねぇ。このゴーダス、以前見逃して貰った恩を忘れるほど恩知らずじゃありませんぜ! モリノに戻ってくる事にしたんで旦那に挨拶に来たんでさぁ!」
「あ、挨拶!?」
どうにも話が見えないが、とりあえず暴れる気は無いようなので一旦落ち着いて話を聞く事にした。
……
カウンターに腰掛け、出された試作中のアイスティーを飲む男。名前はゴーダスと言うらしい。
あ。ちなみに、店の外で待機していた部下達は解散して貰った。人相の悪い大勢の男達に店の前でたむろされたんじゃそれこそどんな噂が立つか分かったもんじゃない。
「――それで、キロスが失脚したって噂を聞いてモリノに戻ってきた、と」
ゴーダスから聞いた大まかな話をまとめる。
「へい! しかも聞いた所によるとあのキロスを牢屋にぶち込んだのはマグナスの旦那だって言うじゃねぇですか! こりゃ直接会ってお礼の一つも伝えねぇとバチが当たると思って慌てて来たんですわ」
成る程。
それで“旦那”とか言い出した訳か。
「まぁ、別に仕事上の成り行きでそうなっただけで、特に意図してやった訳じゃないんだけど……」
話に区切りがついた所で、ティンクの入れてくれたアイスティーに口をつける。
さっぱりとした飲み口で、キレの良い茶葉の旨味がパッと広がる。
――さすがティンク。
これなら直ぐに人気が出るだろう。
「で、モリノから逃げてた間はどこで何してたんだ?」
「えぇ。つい先日まで隣国の“ノウム共和国”に滞在してたんですわ」
「へぇ、ノウムか」
――ノウム共和国。
モリノ王国の北に位置する都市国家。
秀でた建築技術と地下資源を有しており、煉瓦造りで統一された美しい街並みが特徴と聞いている。
一方で、地形的には盆地の底に存在し、一年を通して深い霧に覆われるミステリアスな都市でもある。
……そういえば錬金術発祥の地って言われてるんだったっけか。
「ノウムで心機一転カタギでやっていこうと、手下達と仕事を探したんですが……キロスの野郎! 俺らを見逃してくれた懐の深い旦那とは大違いで、わざわざ“黒翼の飛龍”の連中まで使って妨害してきたんですぜ。お陰でまともに商売も出来なかったんでさ」
黒翼の飛龍……。
最近モリノでも噂になってる冒険者集団か。
ノウムでの苦労話を色々と聞かされるうちに、アウトローにはアウトローなりの苦労があるんだなぁと少しばかり同情した。
「――そういえば旦那、ノウムの街で気になる噂を耳にしたんですが」
飲み終わったグラスを机に置き、ゴーダスが思い出したように手を叩く。
「気になる噂?」
「えぇ。――“賢者の石”っていうアイテムはご存知ですかね。錬金術師に関する伝説級のアイテムらしいんですが」
「そりゃまあ。てか、錬金術師なら誰でも知ってるさ」
「そんなに有名なんですかい? で、その“賢者の石”が発見されたって噂が、最近になってノウムで広がったんですよ」
さも重要な情報を伝えるように声を潜めて話すゴーダス。
他に客も居ないので意味は無いが、彼なりの演出なんだろう。
「へぇ……。それ系の話、そう言えば久々だな」
「あ、あら? 思ったよりリアクション薄いですね。錬金術師なら喉から手が出る程欲しいアイテムだと聞いたんですが」
「――どうせ偽物よ」
さも話に興味のない様子で、氷柱の前で涼んでいたティンクが声を上げる。
「だろうな。賢者の石の噂は定期的に上がるからな。未だに誰も本物を見た事無い上に、発見すれば世界的な栄誉と地位を手に入れられるんだから、この手の騒動は定期的にあるんだよ」
ゴーダスには悪いけれど、錬金術師界隈ではもはやありふれた事件な訳だ。
「お2人さん、ちょっとまってくだせぇ。――凄いのはこっからです」
俺たちの冷めた態度は想定済みだったかのように、得意げに話し出すゴーダス。
「あっしも最初はただのありふれた噂だと思ったんですよ。ところが、それが今やその話を聞かない日は無い程のにノウムの街で注目を浴びてるんでさ!」
「へぇ。そりゃまた何で?」
「実は……ある有名な泥棒が、その賢者の石を盗み出すと持ち主の金持ち宛に予告状を出したんです」
「……泥棒?」




