04-11 人を好きになるという事
地下室から這い出すと、転がるように走って玄関へ!
外へ逃げようとドアノブをガチャガチャと回すが……開かない!?
クソ! 鍵が掛けられてる!
そうこうしていると、ナーニャさんの声が聞こえてくる。
「マグナスちゃん。こんな時間に何処へ行く気? 危ないからダ・メ・ヨ」
(危ねぇのはアンタだよ!!)
そんな事を思いながら振り返ると、巨大な鎌を手にしたまま地下室から出てくるナーニャさんの姿が……
「ヒィーィ!!」
思わず悲鳴を上げてしまう。
このままじゃヤバい!!
追い詰められる寸前、迫るナーニャさんの脇を走り抜けて2階へと駆け上がる。
後を追って階段の手摺りに手をかけるナーニャさん。ヤバイ、階段はここしか無いんだから確実に追い込まれる!!
選択肢も無く、1番近くにあった客室に逃げこみ、中からドアに鍵を賭ける。
直ぐにガチャガチャとドアノブを回す音がする。
「マグナスちゃん、ダメよ。出てきなさい」
激しくドアを叩く音。
参った。
まさか……ナーニャさんがサキュバスだったとは!
でも、聞いてたのと違うぞ!!
なんかもっとこう甘いくてハッピーなやつを想像してたのに――どう見ても精力だけじゃなくて根こそぎいこうとしてるよな!?
ドアを叩く音が段々と強くなってくる。
あの巨大な鎌でぶち破られたらひとたまりもないだろう。
何か、何か無いか!?
周りを見渡すけれど、簡素な部屋の中には武器になりそうな物は何も無い。
ふらっと部屋を出ただけだったので、ポーションは全て寝室に置いてきてしまっている。
正に絶体絶命!!
その時――
「こっちよ!!」
何処からとも無く若い女性の声が聞こえた。
何だか聞き覚えのある声だ。
「早く!」
窓の方?
窓に駆け寄り外を覗くと――そこに居たのはティンク!?
ランタンを手に持ったティンクが外からこっちを見上げている。
「お前何でここに!?」
「助けに来たのよ! 早くここに飛び降りて!!」
そう言って、干し草を積んだ荷車を窓の下まで運んで来る。
窓枠に足を掛けてみたものの、地面までの距離に少しビビる。
天井が高い作りになってる小屋なので、2階とは言えそれなりの高さがある。
「何してるの!? 急いで!」
「わ、分かってるよ!」
急かすティンクに返事をすると、ドアの外からナーニャさんの声がする。
「マグナスちゃん、ダメよ! 早くドアを開けて」
このまま部屋に留まったところでもっと怖い目に遭うだけだ。
――意を決して窓から飛び降りる!!
一瞬フワッとして内臓が浮かび上がるような感覚に襲われた後、直ぐに柔らかい干し草に全身包まれる。
埋もれて上手く這い出さずに居ると、ティンクが俺の手を引いて起き上がらせてくれた。
「何があったの? 突然悲鳴が聞こえてきたけど!?」
「説明は後だ! “授乳欲の錬金術師”――あいつはヤバイ!」
ティンクの手を握ったまま、全速力で小屋から逃げる。
―――
全力疾走で深夜の草原を駆け抜ける。
我ながら中々無い光景だと思う。
近くに大きな岩場を見つけて、その陰にティンクと身を寄せ合って隠れる。
肩で息をしながら、岩陰からそっと来た道の方を覗き込む。
ナーニャさんの姿は無い。
「……よかった、どうにか撒けたみたいだな」
安堵と寝起き全力疾走の疲弊からどっさりとその場に崩れ落ちる。
「無事でよかった」
「助かったぜ。お前が来てくれなかったら今頃解体されてサキュバスの朝食に……」
お礼を言いつつふと横を見ると、俺の事をじっと見つめるティンク。
毎日見慣れたはずの顔なのに――月明かりに照らされたその顔がなんとも色っぽく感じる。
そういえば……錬成してからこの方、毎日顔を合わせてたから丸一日会わなかったのは今日が初めてか?
とは言えたった1日会わなかったくらいで何だって……
自問自答しながら、改めてティンクの顔を見る。
陶器のように白くスベスベでシミ1つない綺麗な肌。
その白とは対照的に、燃え盛る竈の炎のように情熱的な紅い髪。髪と同じ色の瞳を讃えるその目は、少し釣り目がちでキツイ印象もあるが、天真爛漫な子猫のような愛くるしさに溢れている。
改めて近くで見て思う。
こんな美人、そうそう居ない。
……こんな時だってのについ見惚れてしまう。
「……どうしたの?」
「いや、なんて言うか……」
ティンクにじっと見つめ返され、照れ臭くて思わず下を向く。
――!
突然、両手をギュッと握ってくるティンク。
「――いいよ。あなたがそうしたいなら」
慌てて顔を上げると、ティンクが目を閉じてじっとこちらへ顔を向けている。
え……
なに?
いいの?
そう言えば昔じいちゃんが言ってたな。
据え膳食わぬは男の恥!
――とは言え!?
どうすりゃいいんだ!?
イイって、どこまでイイの? え、全部イイの?
兄さん! 俺どうすればいいか分からないよ! だってまだ16歳の男の子なんだもん!
突然訪れた一世一代の大チャンスにドギマギしていると、ティンクが追い討ちをかけてくる。
「私、欲しいな。――あなたの赤ちゃん」
――!!?
ティンクの口から出た言葉に驚き……ふと我に返る。
「お前……ティンクじゃないな」
「え? な、何言ってるの!?」
――
前に、夕飯を食べながら何となくティンクと話した事がある。
きっかけはなんだったか思い出せないが、いわゆる恋バナってやつだ。
ティンクに「どんな男がタイプなのか」って聞いたら、あいつはこう言った。
「恋とか……そういうのは、いいかな。……だって、寂しいだけだもん」
アイテムに寿命という概念は無いらしい。
錬成し直せばいつでも同じ姿で現れる。歳も取らない。
当然、子孫を残すという概念も無い。
もし人間の事を好きになってしまうと、待っているのは……自分だけが歳をとらず色褪せないまま独り取り残される運命。
周りはどんどん色を失っていく。
大好きな人も、一緒に過ごした風景さえも。
そんな寂しい想いはしたくない。
とても悲しそうに呟く顔に、俺は何も返事が出来なかった。




