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ex02-21 過去の精算

 ――そんな、2人の背後で……賊の1人が突然パタリと倒れる。

 思わず一同が音の方を振り向く。



「……まったく。当主としての自覚が全然なってねぇな」


 ――聞き覚えのある声。



「けれど、そんな当主様だから誰一人として見放さないで仕えてくれてんだろ? なぁ、ジイさん」


 そこに立っていたのは、シューだった。



 その顔を見て、思わず安堵のため息が出る。


「来るのが遅いわよ!」


 ティンクも文句を言いつつ、その顔は安心し切っていた。


「はぁ? せっかく助けに来てやったのに随分な言い草だな」


 不服そうな顔で文句を垂れ、俺達に食ってかかろうとするシュー。

 取り囲む賊の姿なんてまるで見ていないといった様子だ。



『何だお前は!?』

『構わん! まとめて殺せ!』


 武器も構えず油断仕切ったシューに、数人の男達が一斉に飛び掛かって行く。


 けれど、俺たちの誰からも『危ない』『逃げろ』なんて言葉は出なかった。


 大丈夫だ。

 この男は――めちゃくちゃ強い。




 正に瞬殺。


 抜刀の金切り音を響かせた刹那――

 薄暗い小道に差し込んだ日の光が、シューのロングソードに反射し銀色の輝きを放つ。


 虚空に閃光の軌跡を残しつつ、流線を描きながら滑るように地を駆ける。


 その剣技は正に神速。


 10人以上居た賊を殲滅するのに10秒も掛からなかった。



 文字通り、あっという間に敵を殲滅し残ったのは指揮を取っていた仮面の男ただ1人。


 突然の事に反応できずただ呆然と立ち尽くす仮面の男。

 その眼前に立ちはだかると、シューは静かに口を開く。


「――あれから10数年。随分と探したぜ」


 男に向かい一歩踏み出すシュー。


 男はハッと我に返り逃走の隙を探し辺りを見回すが、常軌を逸したこの剣の達人から逃げ出す術など最早無かった。


 シューが素早く剣を振ると、男の仮面が真っ二つに切り裂かれ地面へ落ちる。



「クッ……!」


 顔を押さえ後ずさる男。


「えっ! 貴方……!」


 男の顔を見たカトレアが驚きの声を上げる。



 仮面の下から現れたその素顔は――


 シャムロック家、ヘンブリーのお付きの老執事だった。



「あんただったか。何で今更カトレアにちょっかい出そうとした?」


 剣を構えたまま冷たい目で老執事を見下ろすシュー。

 観念したのか、老執事はゆっくりと話し出す。



「……過去の精算ですよ。盗賊業を引退してこの職に就きそれなりに平和にやっておったんです。まぁあのバカ息子に殺意が湧く事は度々ありますが金払いも良く老後は安泰と思っておった矢先の事……」


 ふぅ、とため息を吐き座り直す老執事。


「チュラ島で偶然カトレア様をお見かけしましてね。過去に唯一失敗した仕事――それを思い出したんです」


 そう言って、カトレアに視線を向ける。

 怯えて後ずさるカトレアの肩をティンクが優しく抱きしめる。


「モリノを離れ、静かに暮らしつつもずっと気掛かりでした。もしあの時の少女が私の顔を覚えていたら……貴族の娘の誘拐未遂ですからね。モリノ騎士団がサンガクまで追ってくる可能性は充分にあるでしょう。なので貴女を監視する必要があったのですよ。……あのバカ息子を利用するのは簡単でした。ファンフォシル家に入り込み、貴女が私の顔を覚えているようならば隙を見て暗殺する。ただそれだけの簡単な仕事のはずだったのですが……まさかこれ程までに厄介な取り巻きが居ようとは」


 再び深いため息をつく老執事。



「――それじゃあ貴方は、私を始末するためだけに、ここに居る皆んなを巻き込んだって言うのですか!?」


 話を聞いていたカトレアが彼に向かって歩み出る。

 慌ててティンクが止めようとするが、その手をそっと振り払う。


 老執事の前に立ち、彼の目をじっと見つめる。


「……貴女ももう子供ではないでしょう。いい加減に自覚しなされ。立場ある人間というのはそういうものです。人の命の重さは一様ではないのですよ」



 ――パンッ!

 カトレアの放った平手打ちが老執事の頬を打つ。



「私は名誉あるモリノ貴族、ファンフォシル家の当主です! 人々の生活を護り、皆を導く事こそが貴族の役割! だから、関係のない皆んなを巻き込んだ貴方を私は許しません!」


 カトレアの言うそれは、古くからモリノの貴族の心得として言われてきた事。


 金儲けや権力争いに明け暮れる今の貴族達の間では聞かなくなって随分と久しい理想論だった。



「ほほ。この時勢に未だそんな理想論を唱える貴族がおりましたか。富める者はより富み、我らのような貧民は盗賊に成り下がり地べたを這いつくばって生きる他無いというのに――虫唾が走る!!」



 一瞬の隙をつき、老執事は飛び上がるように立ち上がりカトレアに飛びかかろうとする!


 シューが慌てて剣を構えるが――それよりも早く、カトレアが手元に隠し持っていた小瓶を老執事に向けて投げ付けた。


 瓶が割れ中の液体が飛び散る。


「クッ、クソがっ! 何だこの液体は!」


 頭から液体を浴び狼狽える老執事。


 その隙にシューが間に割って入る。


 薬が口に入ったのかペッペッと唾を吐きながら、老執事は顔を上げるが……その顔はみるみると青ざめていく。


 そしてシューの顔を見るなり――



「――お、思い出したぞ!! その紫紺の瞳。貴様、あの時の――!!」


 断末魔の絶叫を上げかけた所で、シューに思いっきり殴り飛ばされそのまま地面に突っ伏し気を失ってしまった。


 そうか、さっきの薬。残ってた“絶叫の小瓶”だったのか。



「……さてと。これで片付いたな。おい爺さんとカトレア。騎士団を呼んできてくれ。ここは俺とこいつらで見とくから」


 シューがカトレア達に声を掛ける。


「わ、分かりました。お嬢様……当主様、参りましょう」


「は、はい」


 ワタワタと馬車へ向かうカトレアと老執事。

 その後ろ姿に、シューが呼びかける。


「……なぁ、それ。呼びにくいんならお嬢様でいいんじゃねえか? 当主様とはいえ、あんたにとっちゃ小さい頃から観てきた可愛い孫みたいなもんだろ?」


「……何を仰りますか。ご冗談が過ぎますぞ……騎士様」


 そうとだけ言い残すと、カトレアを馬車に乗せ老執事は走り出して行った。

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