ex02-19 信じたい気持ち
シューの家を訪れてから数日……。
相変わらずカトレアとは連絡が付かないし、その他にこれといった進展もない。
俺たちとしても気が気ではないが、どうする事も出来ずただ時間だけが過ぎていく日々だったが――
事態は突然動き出した。
朝、店前でいつも通り開店の準備をしていると、まだ人気もまばらな道を馬車が駆け抜けてくるのが見えた。
あの馬車、確かファンフォシル家のじゃ――
慌てて店の中のティンクに声を掛ける。
ティンクが店から駆け出して来るのとほぼ同時に、停止した馬車から慌てた様子で人影が降りてきた。
出てきたのはカトレア――ではなく、ファンフォシル家の老執事。
「おはよう御座います。朝早くからお騒がせし申し訳ありません」
俺に向かって丁寧に頭を下げる老執事。
「いえ、丁度店を開ける所だったので。――どうかされましたか?」
どうかされましたかって……自分で言っといて何だけれど、カトレアの事で何かあったに違いないだろう。
もしかしたら良くない知らせかもしれないと、心臓の鼓動が早まるのが分かる。
「実は、当主様より急ぎの要件を仕りまして。――お2人にこちらを」
懐から取り出した手紙を手渡される。
ファンフォシル家の印璽が押された封筒。
中から手紙を取り出すと、ティンクもくっついて横から覗き込んでくる。
手紙はカトレアの丁寧な直筆で簡潔にまとめられていた。
内容は次の通りだ。
『先日の件では心配をかけてごめんなさい。あれから色々と悩んだのだけれど、どうしても2人に聞いて欲しい話があります。どうか2人だけで屋敷までお越しくださいませんか』
ティンクと顔を見合わせて同時に頷く。
「あれ以来当主様は部屋に篭りっぱなしで何かを深く悩んでおいでました。私からもお願い致します。どうかお屋敷までお越し頂けませんでしょうか」
そう言って老執事は深々と頭を下げる。
「勿論です! お屋敷まで乗せて行って貰えますか?」
「はい、勿論! さぁ、こちらへどうぞ!」
老執事に連れられ、ファンフォシル家の馬車に乗り屋敷を目指す。
――
屋敷に到着すると、直ぐにカトレアの部屋に案内された。
老執事が部屋のドアをノックする。
「――当主様、マグナス様とティンク様をお連れしました」
「……ありがとう。入って貰って」
中からカトレアの声がして、老執事がドアを開ける。
部屋の中へ俺たちを案内すると、老執事は軽くお辞儀をしてそのまま部屋を後にした。
「2人とも、こんな朝早くから呼び出してごめんね」
椅子から立ち上がり笑顔で出迎えてくれるカトレア。
その顔は酷く疲れているように見える。
「――カトレア! ちょっとあんた大丈夫なの!? ちゃんとご飯食べてる?」
心配したように、もしくは少し怒ったようにカトレアに歩み寄るティンク。
「ティンク……ごめん、大丈夫だよ」
改めて力なく微笑むカトレア。
「全っ然大丈夫に見えないんだけど。……もう。――で、そこまで悩んでやっと相談くれる気になったの?」
腕組みをしてじっとカトレアを見つめるティンク。
まるで仲の良い姉に叱られる妹のように気まずそうな顔で目を逸らすカトレアだが、観念したのか大きく1つ頷く。
「これは私の問題だから……ティンクやマグナスさんを巻き込んで良いのかずっと迷ってて……」
「何言ってんだよ。元は俺の錬成したアイテムのせいでもあるんだし。俺達で出来る事なら何でも相談にのるさ!」
今にも泣き出しそうなカトレアに向かい大きく頷く。
少し落ち着いたのか、大きく深呼吸してカトレアは話し始めた。
「ティンクには前に話した事あると思うけど……私小さな頃に誘拐された事があって」
「えぇ、聞いてるわよ。悪いとは思ったけど、今回の件にも関係しそうだからマグナスにも話してあるわ」
「あんまり人に話したく無かったみたいだけど、ごめんな」
「いえ、いいんです。マグナスさんなら」
カトレアは謝る俺に向かって首を振る。
「それで、その事件の犯人について――思い出した事があるんです」
「“絶叫の小瓶”の影響で?」
「はい。それまでもたまに夢でぼんやりと思い出す事はあったのですが、今回は鮮明に見えたんです。――監禁された小屋の中で、顔をすっぽりと覆う兜を被った鎧の騎士を見たんです。ランタンに照らされたその兜は……左目の部分が欠けていました。その隙間から覗く瞳は――珍しい紫紺でした」
欠けた兜に、紫紺の瞳。
それに左の額に傷か。
ここまでくれば言わずもがな思い浮かべる人物は1人……。
「それであの時シューを見て悲鳴を上げたのね」
人がどう切り出そうか迷ってる事を、何の遠慮もなくティンクが言い放つ。
まぁこれがこいつの良い所でもあるんだけども。
その言葉に一瞬戸惑いつつも、目を瞑り唇を噛み締めてカトレアが頷く。
……成る程、事態はだいたい理解した。
しつこい求婚相手の目を欺くだけのはずが、ずっとトラウマになっていた誘拐事件の犯人を見つけてしまった訳だ。
けれど、これはどうしたモンかな……。
ここまでの話を元に騎士団に調査を依頼したとして、錬金術のアイテムで見た過去の光景というのにどれだけの証拠能力があるのか――いや、おそらく証拠にはなり得ないだろう。
世の中的な錬金術の信頼度が云々以前に、“絶叫の小瓶”が見せるのはあくまでも使用者のトラウマだ。
本人がどう感じどう捉えたかが重要であり、必ずしも事実であるとは限らない。
証拠としてはかなり無理があるわけだ。
「……話は分かった。けど、残念だけど絶叫の小瓶で見た過去の記憶だけでシューを逮捕させるのは難しいと思う」
カトレアをあまり落胆させないよう、気を遣いながら話しかける。
「ち、違うんです!」
予想とは反し、慌てた様子で顔を上げて俺を見るカトレア。
「ハァー。あんたバカなの?」
ティンクは額に手を当てて呆れたように頭を振る。
「単にシューを逮捕したいだけならこんなに悩む訳ないでしょ」
「……へ? 違うのか?」
フルフルと首を振るカトレア。
「はい。確かに私が記憶の中で見たのはシューさんです。けれど、シューさんがそんな事するだなんて私信じられなくて」
「私もそう思うわ。あいつダラシない所あるけど、根は悪い奴じゃないわよ。そもそもあの面倒臭がりが誘拐だなんて手の込んだ事出来るとも思えないし」
カトレアとティンク、2人から軽蔑の眼差しを向けられる。
「ち、ちょっと待て。そりゃ俺だってシューがそんな事するとは思えないけど……」
そこまで言って口を紡ぐ。
そうは言うけどな――あいつが初対面で俺達にした事忘れたのかよ。
思わずティンクを見るが、2人共シューを疑うつもりは無いようだ。
「ハァー……分かったよ。とりあえずシューに話を聞きに行こう。俺たちも一緒に行くから」
「は、はい!」
そう返事を返すカトレアは、少し元気を取り戻したようだった。




