ex02-17 嫌疑
「……シューだったわね。あいつの顔を見た途端にカトレアは気絶したわ」
俺の考えが纏まるよりも先に、ティンクがボソリと漏らす。
確かに、俺の記憶も同じだ。
それは間違いないんだけれど……。
もしそれが事実なら、シューが過去の誘拐事件の犯人って事になるんだぞ。
「ち、ちょっと待て! シューとカトレアはもうずっと顔見知りだろ。もしその誘拐事件に関わってたならとっくに気づいてるはずだろ!」
「ふむ。お主達の事情は分からぬが、事件から月日が経つうちにその女子が知らず知らずと当時の記憶に蓋をしておったのかもしれん。人は得てして嫌な記憶を忘れさろうとするものじゃからな」
「その記憶が、薬をきっかけに蘇った訳ね。再会したのも最近の事だから、顔が変わってて気付かなくても不思議はないわね」
俺の訴えも虚しく、ティンクと絶叫の小瓶さんの間でどんどんとシューに嫌疑が向けられて行く。
「まてまて! シューは確かに素行の良い奴じゃないけど、さすがに誘拐だなんて……」
2人の会話を遮るように話に割って入るが、目を吊り上げたティンクに返り討ちにされる。
「あんたね! 初めてあの男に会ったとき、どんな目に遭わされたか忘れた訳じゃないわよね? まぁ店の常連を悪く思いたく無い気持ちは分かるけど。――いくら改心したっていっても“元盗賊”よ」
……そう。
ティンクの言うとおり。
コンビエーニュの森で出会う前のシューについて、何処で何をしてきたのか俺達は何も知らなかった。
返す言葉も見つからず、思わず黙り込む。
「まぁ、ここまでの話は全て仮定でしかない。幸いその男と主らは面識があるんじゃろ? 直接会いに行って話を聞けば分かる事もあるじゃろうて」
俺たちの間を心配してくれたのか、そうとだけ言い残しすと絶叫の小瓶さんは淡い光の中へと姿を消してしまった。
素材の量からすると、相当ギリギリまで粘って話を聞いてくれてたのか。
もしかしたら彼女なりに自分のアイテムが起こした問題に責任を感じてくれていたのかもしれない。
「……とにかく、一度シューの家に行ってみましょ。話はそれからよ」
「……だな」
店は臨時休業とし、シューの家へと向かった。
―――
「……おっかしいなぁー。確かこの辺だって聞いてたんだけどな」
前に本人から聞いた話によると、シューの家は街の東側で間違いないはず。
そんなに大きな街でも無いし、付近で聞き込みすればすぐに見つかると思ったんだけど……。
道行く人に何人も声をかけるものの、シューの事を知ってる人が中々見つからない。
王都ならともかく、こんな田舎じゃ他所から移り住んだ人間はかなり目立つ。
シューも最近街に越してきたんだから、普通に暮らしてれば噂話の一つや二つ絶対にあるはずなんだけど……。
――かれこれ1時間近く聴き込みをして、ようやくそれらしき情報にたどり着いた。
と言っても、シューの事を知っている……という訳ではなく、そんな風貌の人が出入りしてるのを何度か見かけたという程度の話。
あいつどんだけ近所付き合いしてないんだよ!?
話に聞い通り、人気の無い小道を抜けていく。
薄暗い路地の奥。
空き家ばかりが建ち並ぶ旧居住区に、目的の家はひっそりと佇んでいた。
……シューには悪いが、知らなければ人の住んでる家だとは気づかないかもしれない。
玄関ドアに近づいて様子を伺うが、人の気配はしない。
窓からこっそり中を覗いてみても……薄暗くて中の様子は分からない。
本当にここで合ってんのか?
ティンクと顔を見合わせ、同時に首を傾げる。
……まぁ、ここで迷ってても仕方がない。
辺りを見渡して人影が無い事を確認。
物陰に隠れて、持ってきた“例のポーション”を路地に撒く。
――これで準備はよし。
改めて玄関前に立つと、一呼吸置いてドアをノックする。
……返事は無し。
少し待ってみるが、変わらず人の気配は無い。
……留守か?
もう一度ドアをノックしようと拳を上げたところで――
「――誰だ」
家の中から声が聞こえてきた。
くぐもってはいるが間違いなくシューの声だ。
居たのかよ!?
全く人の気配がしなかっただけに返って驚いてしまう。
「俺だ、マグナス。ティンクも一緒だ」
「お前ら……!? ちょっと待て」
ガチャガチャと鍵を外す音が聞こえてくる。
こんな真昼間だってのに鍵をかけてたのか……?
さっきの返事も随分と警戒した様子だったし……確かにあまり治安の良さそうな場所ではないけれど、何をそんなに警戒してるんだ……?
ドアが開き、中からシューが顔を出す。
驚きと疑問の入り混じったような表情で俺たちを見るシュー。
「お前ら、どうした? ってかよくここが分かったな」
「あぁ、さんざん聞いて回ってどうにか。お前、近所付き合いちゃんと出来てんのか?」
「おいおい、……急に押しかけてきといて中々の言いようだな」
「確かにそりゃそうだ。悪い」
「――まぁいいさ。せっかく訪ねてきたんだ。上がれよ」
そう言ってシューは俺達を招き入れてくれた。




