第821話
時は先日に遡る。
ケンがミレーユからミレアのトラウマについての話を聞いている頃、ファリスはといえば、お供につけたリンフィアやニールをとある場所に向かわせ、自分はロゼルカ邸の地下に侵入していた。
「ふぅ………………悪いなラーク。屋敷は勝手に調べさせてもらうぞ」
薄暗い地下の奥底にあった、灯りひとつないこじんまりとした部屋。
あまりに生活感のない殺風景な部屋なのだが、人がいた形跡という意味では、あるにはあった。
「魔力の残痕………」
僅かに残った魔力の跡。
人間の中ではかなり敏感なファリスは、本当に僅かなこの跡を目敏く見逃さなかった。
(魔法具だから個人の特定は無理か………まぁ、慣れてるミレアの魔力でもない限りあまり特定は出来ないんだがな………あ?)
と同時に声を漏らしたファリスは、妙に生暖かい風を感じた。
「お」
風だ。
確実に何かある。
しかし、正確な位置がわからない。
そこでファリスは、魔法を使うことにした。
「ホント、あいつが来てくれて助かったな」
そう言いながら、魔力を掌に集中させ、そっと壁に手を当てる。
瞬間、ふわっ………と。
何かが肌を通り抜ける感覚と共に、魔力が解放された。
ケンから教わった音魔法。
【エコーロケーション】
本来、魔法により発した音波によって敵の位置を探る索敵魔法だが、威力を弱めれば、そこに空洞があるのかどうかわかるという程度の探知が可能となる。
これを繰り返し使うことで、
「………………………………………!!」
見つけた。
ここだ。
ここに空洞がある。
「よーし、重要なのはこっから——————」
途端に、滝汗が溢れ出す。
「——————ッッッッッ!!」
本能が、何かを考える前に全神経を戦闘態勢へと移行させ、速やかに、滑らかに、かつ豪快に魔力を全身に通し始めた。
が、間に合わない。
背後いるであろうそれはすでに接近を完了させ、魔力を充填させている。
故に、こちら充填済みである魔法具を使って——————
「ハズレだ」
空振り。
大きな隙を作ってしまう。
そして——————
「ぁ、な………爺ッ————————————」
——————————————————————————————
「へぇ、なかなか広いな」
「そうですね」
一応お忍び? なのだろうか。
貴族が街をうろちょろするのもどうかと思ったミレアは、いつもの縦ロールからローテールにして深めに帽子をかぶっていた。
「お前もう髪型それでいいんじゃないのか?」
「ふふ、こちらの方が楽です。似合っていますか?」
「おう」
ポカンとするミレア。
褒めらるとは思わなかったと言いたげな顔だ。
失礼な。
俺をなんだと思ってる。
「………」
なんか言えよ。
「………というか、ご機嫌ですね」
「当たり前だろうが。仮とはいえ素でいることが許されてるんだぜ? 後は髪さえ戻せたらなぁ」
「流石にバレるから止めなさい」
まぁ黒髪は不満だが、これからはいつでも買い物に付き合ってやろうと思った。
うん、それがいい。
「まぁ、時間はあるからゆっくりしようぜ」
「帰りたくないだけでしょう」
「あたりー」
そんな様子でダラダラと話しながら、俺たちは街を回り始めるのだった。
——————————————————————————————
「………動いた」
とあるスキルを通して、対象を追尾する。
実力的に、生身での尾行は発見される恐れがあるので、こうせざるを得ない状況であった。
見た目からでもわかる。
のほほんとしてはいるが、いっさいの隙がない。
一人でいるということは、護衛一人で事足りるという事なのだろうが、それがハッタリでないと断言できる。
幸い、今回の予定は監視のみ。
ならば見つかることはないだろう。
「暴かせてもらうぞ………お前の正体を」
——————————————————————————————
「………………」
「どうしたんですか? 急に黙り込んで」
俺はじーっとミレアの顔を見ていた。
見逃しかと思ったが、やはりものの見事に人間だ。
エルフの血を引いていることは全くわからない。
「………いや、お前やっぱ人間にしか見えないからなぁ。あ、そうだ。セラフィナはお前のこと気づいてなかったのか?」
セラフィナ。
ルナラージャで出会った、亜人奴隷を中心に結成された反乱軍に属するエルフ。
俺たちがルナラージャで最初に立ち寄った、ヤーフェルで出会った。
そこからしばらく旅をしていたのだが、戦争でははっきり言って矢面に立って主戦力と戦わせられるほどの戦闘力ではなかったため、国境付近の防衛を任せておいた。
戦後軽く顔を見に行って以来会っていないが、初めて会ってからそこまでの間で一度もミレアがエルフだと聞いたことは無かった。
「ああ………いえ、怪しまれていたんですけど、はっきりとそうだと私から言いました。戦後の話にはなるんですけど」
「へぇ、やっぱりなんとなくでも気がつきはするのか」
全くわからん。
魔力の質だろうか。
もしかしたら妖精特有の何かがあるのかもしれない。
「………ん?」
ふと、反射的に、遠くの方で発生した魔力に反応した。
何かが起こっている。
「どうしたんですか?」
「何か起こってやがるな………ここから南西のずっと向こうだ」
「………言われてみれば確かに………少し心配です。見に行っても?」
「おう」
俺とミレアは裏路地に入り、光魔法で軽く迷彩を纏いながら屋根づたいに現場へと向かった。
新しく魔力反応が次々発生している。
一体何事だろうか。




