第820話
「んん………………」
午前6時30分。
本来ならばリンフィアかラビに叩き起こされる時間なのだが、役職上そうもいかなくなったため、仕方なく起きてミレアの部屋にいた。
もちろん、朝食を済ませ、身支度を整えた後だ。
「さて………」
指先に小さく魔力を集め、光を灯す。
最近開発した新魔法。
目覚めの悪い俺でもすんなりと起きられる魔法………にする予定だったが、人にかける魔法であり、正直それ自体が難しい魔法なので、伝授はしていない。
魔法具運用も厳しそうだ。
それ故に、特に名前もつけていないが、効果は見ればわかる。
「起こすか」
光を額に当て、魔法を発動。
すると、
「!」
パチっと目を覚まし、朝特有の倦怠感も見せずにミレアは立ち上がった。
「………おはようございます、ケン君」
「よう、目覚めはどうだ?」
「やはり凄いですね、この魔法。身体が軽いです」
グーパーと手を開閉させて感覚を確かめる。
やはり実感できないのは惜しい。
先の戦争以降、さらに魔法に関する知恵が広がった気がする。
ただ、人に教えて広められるものはないのが勿体無い。
まぁ、それはそれとして諦めるが。
「効果の分、結構難解になっちまった粗悪品だ。意識覚醒の光魔法がもともと存在する分、作るには相性の悪い魔法だったんだよなぁ」
そう、これは朝目覚めるためだけに作ったインスタントな魔法だ。
意識を操作し、睡眠状態から自然に覚醒させ、通常の状態に持っていく。
その過程で睡眠の質に影響させないように調整が必要だったため、少し難解になってしまった。
「まぁ、いいや。朝飯は特にダイニングで取るわけじゃねーんだろ?」
「はい。いつも朝はメイド達と取るか………」
言いかけたタイミングでノックが鳴る。
音魔法の結界を解除し、返事をすると、
「お嬢様っ!! ご飯の時か………ん……………あれ? 早い?」
恐らく、目が覚めきる時間を狙ってやってきたのだろう。
流石というべきか。
しかし俺が魔法を使ったせいで若干遅れてしまったらしい。
「おはよう、シェリア」
「おはようございます、シェリアさん」
「あ、おはようございます………じゃなくて、お嬢様、起きる時間変えたのですか!?」
「ああ、それは…………」
かくかくしかじか。
うんぬんかんぬん。
以下略。
「えー! すごい便利だねっ!! はっ!! でもそれじゃあせめて私がお嬢様を起こすという計画がパーだねっ!!」
元気いっぱいに欲望をぶちまけるシェリア。
羞恥心を持とうか。
人として。
「うーんまぁいいか。とりあえず、朝ごはんですよ、お嬢様!! どちらで召し上がられますかっ?」
「今日はここで食べようと思うの。どうせ来るのでしょう? だったら持ってきなさい」
「ありがとうございますっ! じゃあいこっか、ワイズくん!」
「はい」
朝からパワフルな気に当てられるまま、俺は朝食を取りに向かうのであった。
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「………あれ? 今日の朝ごはん、いつもより美味しい………うん、美味しいっ!! なんで!?」
騒ぎ始めるシェリアだが、他の面々にとっては慣れた食事だ。
ミレアの食事に関しては、向こうで食べたものを食べさせたいという適当な理由をつけて、シェフにレシピを送りつけていた。
プロなだけあって、情報さえ教えればあとはもう完璧だ。
流石に手際はいい。
「昨日のうちにワイズのレシピをシェフに伝えていたの。そうしたら、感激したシェフが全員分これにすると言い出して、急遽朝食が変わったんですって」
「そうなんですか!? はぁああああ………いいなぁ、ワイズくんがいたらいつもご飯が美味しいんですよね? 羨ましいです。ねぇ、ラビちゃん」
「おう! ししょうのごはんはすんごいうまいんだぞ!!」
実はいま、部屋には俺とシェリアに加え、ラビも混ざって食事をしていた。
こいつは個室ではなく、シェリアのいる宿舎で寝泊まりしているので、ついでに呼ばれていたようだ。
「あ、そういえばおじょうさまは、きょうなにするんだ?」
一応位が上のミレアにも安定のタメ口のラビ。
一応、見た目は幼女なので、敬語を使わない設定でいくと自分で決めたらしい。
なんと羨ましいことか。
ささやかな抵抗をするべく、こんなことをしていいのかと尋ねてみたが、ルールの軽いこの屋敷では、子供だから仕方ないで済まされてしまった。
ちくしょう。
「うーん、今日は久しぶりに領地内の街を歩こうかなと思っています。ラビちゃんはどうします?」
「ざんねんながらワタシはおてつだいをせにゃならんのだ。ししょうがいくならそれでいいんじゃないか?」
「………何か少し引っかかる言い方ですが、まぁ確かにワイズがいれば事足りますね」
チラッとこちらを見るミレア。
心配せずともついて行くつもりだ。
「ちぇー、いいなぁワイズくん。私だってお嬢様とお買い物したいのにっ!!」
「我慢なさい。非番の日であれば付き合ってあげるから」
ぱぁっと表情を明るくするシェリア。
単純な奴だ。
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「はい、そのように」
男は通信魔法具を切り、再び指令を確認する。
羊皮紙に書かれた似顔絵を目に焼き付け、内容を叩き込む。
失敗は許されない。
この黒髪の男を、なんとしても——————
そう堅く誓い、羊皮紙の似顔絵を再び目に刻む。
そこに描かれているのは、“ワイズ” に扮したヒジリケンの顔であった。




