第1093話
「族長、ご報告が」
膝をつきながらそう言っているのは、先程ケン達の前で族長からの命を読み上げた老妖精。
先程の事を報告するべく、族長の私室にやって来た。
そこにある、天幕ののついたやたら大きな寝具。
その上に、座ってはいるが人間よりもだいぶ大きなシルエットが映っていた。
そう、族長だ。
「例の婿候補か。どうであった?」
野太く、重い声が響く。
声そのものも重いが、言葉の節々に妙な威圧感が込められていた。
扉の前に立っている兵士の顔がわずかに強張る。
しかし、慣れていると言わんばかりに落ち着いた老人は、そのまま平然と報告を続けた。
「お嬢様の仰っていた通り、人間の男にございます。我々が設置した魔術防壁を難なく通り抜けて来られたので、恐らくは魔法使いかと」
ほう、と族長は関心を示しつつ、少し前のめりになった。
「それは優秀だな。しかし人間か………………」
「やはり、混血は認められませぬか?」
「いや、いい。受け継ぐことこそが重要なのだ。して、名は何と………?」
たしか、と言いながら少しうろ覚えな老妖精は思い出すのにほんの少し時間を要した。
そして、わずかに間を空けて答えた。
「………ああ、ヒジリケン殿、と仰られておりました。お嬢様の様子からして、名はケン殿と思われます」
「姓が先………ふむ、珍しいな。まぁそれはさて置き、準備は整ったか?」
「はい、手筈は整っております」
「うむ、ご苦労。ルージュリアには悪いが、半端な者に族長の父を務めてもらうわけにはいかんからな」
族長は、ケン達が結婚する気が毛頭ないと言う事を知らないので、当然婿候補としてこれからじっくりと品定めするつもりになっていた。
が、
「ただ、アレだけ結婚を拒否していた娘が突然手のひらを返したんだ。何か企んでいるとも限らん。2人の動向には目を光らせておけ」
それでも父親というべきところか、引っかかるところはあるようであった。
しかし、
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「なるほど、警戒してると」
「ええ。私の性格の悪さは父譲りでして、似た者同士と言いましょうか、恐らく裏があると考えているでしょう」
流石は娘というわけである。
父親の考えていることはある程度理解していた。
確かに、今いる公園の中にいる数人は、こちらに意識を向けている。
気になっていると言うよりは観察しているような妙な注意深さを感じる。
それ故に、対策も練ってあるのだが、
「………それにしてもわざとらし過ぎだろ」
外にある庭のベンチで、これ見よがしに手を握ってくる。
ロケーション自体は結構いい所だ。
今日のように日差しの強い日は、水生の植物達の冷涼な雰囲気がなかなかに心地良く感じる。
ただ、これまで誰にもされた事がないくらいべったりとくっついてくるので、いかんせん妙に居心地が悪い。
監視の目があり、夫婦になろうとしていると見せかけたいのは分かるが、好きでもない相手と人前で手を繋ぐのは結構キツイ。
「笑顔を崩してはいけませんわ。ほらスマイル」
そう言われたので、俺はわりと自然な笑みを浮かべた。
「あら、意外と演技がお得意なのかしら?」
「生憎器用過ぎて大抵のことはこなせるタチなんでね」
「演技なのは認めるんですのね」
おっと、俺としたことがうっかりしていた。
「こんな美人にくっつかれて喜ぶべきなのでは?」
「残念だったな、不思議なことで俺の周りには美人が多かったりする………………ん?」
そうやって “いちゃついて” いると、先程会った王候補の男がこちらを睨んでいた。
「うわー………もっすごい睨んでんな」
流石に、突然現れた俺が面白くないのだろうか。
まぁ、気持ちは理解できなくもない。
特に王候補なら、何か考えがあって結婚をしようとしたのかもしれない。
そう思っていると、
「………………なるほど。そう言うことですか」
ルージュリアが、酷く忌々しげにそう呟いた。
何だろうかと思ったら、今度はその男がこちらに歩いてきた。
間違いなく、こちらに向かって来ている。
「おいおい………」
逃げるのは性に合わないので、そのままベンチに座っていると、とうとう目の前までやって来て、こちらを見下ろしていた。
親の仇とでも言わんばかりの目つきだ。
今にも襲いかかって来そうな——————
「——————!?」
ブォン!! と、空気が震える音は、耳のすぐ横で聞こえた。
チラリと目を向けると、そこには魔力で硬化させた棒が見えていた。
完全なる悪意の一撃。
しかし、それでは終わらない。
上体を横に倒したことで、体勢が崩れてしまっていた。
つまり、“敵” にとっての好機。
そこを狙って魔法が放たれそうになるが、
「させるか、よッ!!」
「っ!?」
事前に神の知恵を発動させておいた俺は、即座に術式を破壊。
そのまま体勢を整えつつ、一旦距離をとった。
「おいおいおい………………逆恨みにしても物騒だろ………」
目的不明の “元” 夫候補。
敵意こそあるものの、攻撃の威力的に殺そうとしているとは思えない。
それに、こいつも妙なのだが、それ以上に一切干渉して来ない周りもだいぶおかしい。
一体、何が起きているのだろうか。




